- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 女性 >
- 女性と「定年」~男性との違いに着目して
女性と「定年」~男性との違いに着目して
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
次に述べる、定年に関する男女の違いは、働き続ける場合のリスキリングの必要性である。定年後研究所とニッセイ基礎研究所が昨年10月に行った共同研究「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」によると、中高年女性の約3割は、高齢になっても同じ会社で働き続けるための条件として、「経験のある業務や職場で働き続けられること」を挙げているが、中高年のときに担当していた業務が、定年になるまで会社にあるとは限らない。まして、定年退職後、別の会社の求人を探すとなれば、同じような仕事を見つけることは、なおさら難易度が高いだろう。
総務省の「労働力調査」(2022年)より、正社員や非正規雇用を含む就業者全体の職業別割合をみると、中高年(45~59歳)女性で最も多い職業は「事務従事者」で、全体の約3割に上る(図表5)。しかし、「65歳以上」になると、その割合は半減している。また、教員や保育士などを含む「専門的・技術的職業従事者」についても中高年では約2割に上るが、同じように、65歳以上では半減する。その代わりに、中高年よりも65歳以上で割合が大きく増えているのが、ビル・建物清掃員などの「運搬・清掃・包装等従事者」である。従って、定年前に事務職に就いていた人が定年後に同じような仕事を探そうとすると、壁にぶち当たることが予想される。
男性についても、中高年と65歳以上では、職業別の割合に、女性と同様の変化がみられるが、女性ほどには、就業者に占める事務職の割合は大きくない。また、事務職の就業者全体でみても、6割を女性が占めている。
「事務職」は、国内では戦後の第三次産業の進展とともに就業者数が拡大し、女性の新規学卒者が増えるにつれて、その雇用の受け皿となってきたため4、現在の中高年女性が入社した頃には、事務職の労働需要が大きかったと言える。しかし近年はシステム化・デジタル化によって、人の手を必要とする事務の業務自体が減少している。数十年前に新卒で入社して以降、事務の仕事のみを続けてきた女性は、定年を迎えていったん退職すると、再び事務の仕事を見つけるのは難しいだろう。従って、特に事務職が多い女性こそは、セカンドキャリアを確保するためにも、新しいスキルを習得する必要があると言える。さらに付け加えるならば、中高年の事務職女性についても、定年に到達するまで、組織に戦力として貢献し続けるために、新しいスキルを習得する必要があるのではないだろうか。
4 仙田幸子(2001)「コース別雇用管理とジェンダー――多様性を活かす」『ジェンダー・マネジメント』東洋経済新報社
ここからは、定年後の生活面により焦点を当てて、男女の違いを考えたい。定年後の生活に大きな影響を与えるものとしては、「お金」、「家族」、「健康」の三つが考えられるが、本稿ではそのうち「お金」と「家族」に焦点を当てる。まずは「お金」、すなわち年金水準についてみていきたい。
女性の年金水準は、結論から言えば、男性に比べて大幅に低く、本人の年金以外に収入が得られない場合は、経済的には困難な生活が予想される。筆者はこの点が、男性と女性の定年に関する違いとして、最大かつ最重要の論点だと考えている。
厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業年報」(令和3年度)より、現役時代に会社員だった人が受給する厚生年金の受給権者数を、月額階級別に示したものが図表6である。男性(青色)は「17~18万円」がピークとなっているのに対し、女性(赤色)は「9~10万円」がピークである。また平均額で比べても、男性が約16万円であるのに対し、女性は約10万円であり、女性は男性の3分の2強しかない。女性の現役時代の年収水準が男性に比べて低いことや、女性の勤続年数が身近いことが、男女差の原因である。
定年を迎える女性であれば、勤続年数が長いため、図表6よりは男性との差が縮小すると考えられるが、現役時代の年収水準の男女差が大きいことを考えれば、老後の年金水準の男女差が大きいことは変わらないだろう。
女性が老後、受給する年金が月9~10万円でも、夫と同じ家計で暮らしている場合はあまり問題ないかもしれないが、未婚や離別の場合は、厳しい生活が予想される。従って、老後、自身の年金以外に収入の見込みが無い女性は、定年後も継続雇用や再就職で働き続けたり、定年前に年収水準を上げるよう努めて、それに連動する年金水準を上げたり、資産を増やしたりする必要性が高いと言えるだろう。そして、定年後も仕事を見つけて働き続けるためには、2-2|.で述べたように、リスキリングに取り組むことも必要だろう。
次に、定年後の生活に大きな影響を与える「家族」について整理する。定年退職して仕事を引退すれば、在宅時間が増え、家族と一緒に過ごす時間が増えるが、男性と女性では、その「家族」の顔ぶれが異なる。定年を迎える男性正社員の多くは有配偶だが、女性はシングルの割合が多い。
総務省統計局の「国勢調査」(令和2年)によると、男性55~59歳で雇用形態が「正規の職員・従業員」の人の配偶関係をみると、「有配偶」が78.8%、「未婚」が13.6%、「離別」が6.2%である(図表7)。つまり、全体の約8割が有配偶、残り2割がシングルという状況である。これに比べて女性55~59歳の「正規の職員・従業員」の配偶関係は、「有配偶」が61.48%、「未婚」が17.3%、「離別」が17.3%である。つまり有配偶は全体の6割で、残り4割がシングルである。シングルの割合は、女性は男性の2倍に上る5。
シングルが多いと、2-3|で述べたように、年金水準が低ければ、経済的に困窮するリスクが上昇すると言える。逆に、女性の中でも、定年前に役職に就くなどして年収水準が高く、従って定年後の年金水準も高く、資産形成もできており、かつ未婚というような場合には、資産を残す対象もいないことから、定年後の生活を豊かなものにするために、一生懸命働いて貯めたお金をどのように使うのが良いか、というトピックも出てくるだろう。
5 なお、定年後研究所とニッセイ基礎研究所の共同研究では、「55~59歳」の女性正社員は、未婚の割合が42.9%となっており、国勢調査よりも高かったが、この差には、共同研究では従業員500人以上の大企業で働く正社員に限定したことや、一般職の構成割合が大きいことなどが影響したと考えられる。
定年後の男女の大きな違いとして、最後に指摘できるのは、「定年後」の長さである。厚生労働省「令和5年高齢社会白書」によると、2021年の女性の健康寿命は75歳超、平均寿命は87歳超であり、いずれも男性よりも長い(図表8)。
仮に定年年齢が60歳で、その後は引退すると、平均でみれば「定年後」は27年間続くことになる。もし定年後の生活水準が厳しいものになったら、そのような生活が長期化する。従って、定年前の時点で、そのようなリスクが高いと見込まれるならば、前述したように、定年後も働き続けられるようにリスキリングに取り組んだり、定年前の年収水準を上げるように努めたりする必要性があるだろう。女性の方が、平均健康寿命は男性より長いため、就業可能な期間は男性より長いと言うこともできる。
逆に、女性の生活水準や資産状況にゆとりがあると見られる場合には、自立して生活できる期間である健康寿命が男性よりも長いため、誰と、どのような活動をして定年後を充実させるか、定年前からイメージを広げておくと良いのではないだろうか。2-1|(2)で紹介した「趣味を通じたネットワーク」の拡張は、その好事例と言えるだろう。
(2024年05月28日「基礎研レポート」)
関連レポート
- 女性の「定年」への意識~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」より(7)
- 中高年女性会社員の4割は「学び直し」に関心あり~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」より(3)
- 中高年の「一般職」女性は年収がなかなか上がらない~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」より(2)
- 「中高年女性正社員」に着目したキャリア支援~「子育て支援」の対象でもなく、「管理職候補」でもない女性たち~
- 定年後研究所・ニッセイ基礎研究所共同研究 「中高年女性会社員の活躍に向けた現状と課題」
- 「女性の活躍」の土台を築く「男女間賃金格差の解消」~女性の老後のリスクマネジメントにも
- 増加する単独高齢女性とその暮らし~平均年収は男性より約70万円低く、3割が年収150万円未満
03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/09/05 | シングルの年金受給の実態~男性は未婚と離別、女性は特に離別の低年金リスクが大きい~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2024/08/05 | 老後の年金が「月10万円未満」の割合は50歳女性の6割弱、40歳女性の5割強~2024年「財政検証」で初めて示された女性の将来の年金見通し~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
2024/07/18 | 元祖「OL」たちは令和で管理職になれるか | 坊 美生子 | 研究員の眼 |
2024/07/17 | シングル高齢者の増加とその経済状況-未婚男性と離別女性が最も厳しい | 坊 美生子 | ニッセイ基礎研所報 |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年09月17日
今週のレポート・コラムまとめ【9/10-9/13発行分】 -
2024年09月13日
ECB政策理事会-予想通り利下げ、今後は引き続きデータ次第 -
2024年09月13日
自動車保険料率の引き上げに向けた動き-自動車保険と傷害保険の参考純率の改定 -
2024年09月13日
インド消費者物価(24年8月)~8月のCPI上昇率は小幅上昇も2ヵ月連続で物価目標を下回る -
2024年09月12日
外国株式ファンドが一時、売却超過に~2024年8月の投信動向~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【女性と「定年」~男性との違いに着目して】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
女性と「定年」~男性との違いに着目してのレポート Topへ