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介護の「生産性向上」を巡る論点と今後の展望-議論が噛み合わない原因は?現場の業務見直し努力が重要

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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9――今後の論点(2)~自治体への期待~
こうした形で、いくつかの自治体は動いてくれると思われるが、ワンストップ窓口の設置などを期待されている都道府県は普段、ダイレクトに介護行政にタッチしていない。このため、国が期待するような伴走支援を担えるかどうか、かなり微妙な面もある。
ここでも注意を払う必要があるのは形式主義のワナのように思われる。先に触れた通り、デジタル行財政改革会議に提出された厚生労働相の資料では、KPIが設定されているため、ややもすると目標を達成するための数合わせが起きる危険性がある。
しかも、自治体の取り組みを採点して予算配分を増減させる「保険者機能強化推進交付金」という仕組み36では、都道府県が生産性向上に向けた取り組みを実施すれば、受け取れる交付金が増えるようになっており、インセンティブ交付金目当ての数合わせの研修会など、形式主義の傾向に拍車を掛ける可能性がある。
こうした懸念については、定量化の行き過ぎを批判した書籍が「求められる成果が複雑なのに、簡単なものしか測定しない」「成果ではなく、インプットを測定する」と指摘37している点とも符合している。都道府県としては、事業者の経営者や現場職員、保険者の市町村と協議しつつ、実効的な支援策を展開する必要がある。
35 2024年5月10日、2月26日、2023年1月1日『シルバー新報』、2023年9月27日『大分合同新聞』を参照。
36 自治体による介護予防の取り組みを評価する「介護保険保険者努力支援交付金」と併せて、インセンティブ交付金と呼ばれることが多い。
37 Jerry.Z. Muller(2018)“The Tyranny of Metrics”[松本裕訳(2019)『測りすぎ』みすず書房p24]を参照。
10――今後の論点(3)~国への注文~
最後に、国への注文として、(1)人員基準の引き下げを巡る二律背反への対応、(2)事業所の連携強化を促す制度改正、(3)介護現場のデジタル化、DX推進、(4)報酬の簡素化、(5)報酬改定の6月施行への全面移行――といった点を示したい。
第1の点については、上記のような取り組みを通じて、少ない人員で現場が回る体制を整備できたとしても、現場は運営基準に縛られており、自由に人員を配置したり、施設構造を変えたりできない。このため、もし将来の人材不足への対応に繋げたいのであれば、論理的には人員基準に手を付けざるを得なくなる。
しかし、これは少なくともストラクチャー面で質が下がることになり、「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」という二律背反が生じることになる。この二律背反の難しさは2024年度介護報酬改定でも読み取れる。例えば、生産性向上推進体制加算の取得に際しては、利用者の満足度や超過勤務時間、職員の心理的負担など数多くのデータを取得した上で、シートに記入して報告する必要があり、「生産性向上のための要件取得が生産性を下げる結果になるのでは」と皮肉を言いたくなるほど、かなり細かく定められている。
これらは生産性向上の取り組みが介護の質低下を招かないようにする配慮、あるいは介護の質を高めていることを立証するための手立てと理解できるが、逆に言うと「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」の間でトレードオフが起こり得ることを示している。
こうしたトレードオフを解消することは至難の業だが、少なくとも人材不足への対処として、生産性向上を強調するのであれば、二律背反が起きる点を意識しつつ、ICT導入の影響や現場での定着度などを踏まえつつ、制度改正を丁寧に検討する必要がある。
生産性を向上させる方策として、事業所同士の連携強化も考えられる。2022年12月の介護保険部会意見書では、人材不足への対応策の一つとして、2022年4月から始まった「社会福祉連携推進法人」の活用も含めて、事業所経営の大規模化・協働化が挙げられている。
ここで言う社会福祉連携推進法人とは、社会福祉法人が「連携以上・統合未満」で連携する仕組みであり、現在は2023年10月現在で10法人が認定されている。これを上手く活用すれば、職員の人材育成や研修、資材購入、有事の人材交流などで協働化が図られると思われる。
しかし、どこまで有効に機能するか微妙な面もある。介護保険は元々、制度創設時から「利用者の自己選択」を掲げるとともに、株式会社やNPO(民間非営利団体)など多様な主体の参入を認めることで、競争原理を部分的に採用した38が、こうした競争は連携を妨げる方向に働く。このため、現状では協働化や連携は進みにくいと言わざるを得ない。
そこで、今後は報酬の加算要件として、他の事業所との連携や情報共有を位置付けるなど、一定程度のインセンティブを設定することが考えられる(ただし、後述する報酬体系の簡素化とのトレードオフには留意する必要がある)。
さらに、高齢者人口さえ減っている地域では、競争が難しくなりつつあり、こうした地域から協働化を促すような制度改正も想定できるし、国が自治体や業界団体、事業所などに情報を提供することで、協働化に向けた地域の関心や機運を高める努力も求められる。
38 こうした考え方を一般的に「準市場」(Quasi-market)と呼ぶ。
第3に、介護現場のデジタル化やDXの推進も求められる。この関係では、データの活用を目指す「科学的介護」が本格化し、「LIFE(Long-term care Information system For Evidence)と呼ばれるデータベースへのデータ提出→国によるデータ分析→フィードバックされた情報の活用」を促すため、「科学的介護推進体制加算」が2021年度に創設された。
しかし、現場では「フィードバックされた情報が使えない」との声が相次ぎ、「やらされLIFE」という陰口さえ聞かれている。厚生労働省としても、現場から改善の提案を受け付けたり、データベースを一新したりする努力を見せているが、空回りしている感は否めない39。
さらに、ケアマネジャーが作成するケアプランと介護サービス事業所の情報をデジタル化するため、「ケアプランデータ連携システム」が本格稼働することになっており、2024年度介護報酬改定では、データ連携システムを使う居宅介護支援事業所を対象に、ケアマネジャー1人当たりのケアプラン上限件数が45件から50件に上乗せされた。
だが、同システムに関しても、介護報酬の請求などに使えないため、現場では「既に使っている給付管理と報酬請求のためのソフトとは別に、データ連携システムに登録しなければならない」というボヤキも聞かれる。
もちろん、どの分野でも、どんな職業でも新しいシステムには慣れるまでには時間を要するので、これらの意見の全てが正しいとは思わないが、国の対応を見ていると、「データありき」「システムありき」で動いている感は否めない。現場との意見交換などを積み重ねることで、現場に使ってもらえるシステムの構築、あるいは現場の業務改善に繋がるデジタル化を進めることが求められる。
その際には、財政的支援の強化も意識する必要がありそうだ。図表1の基となった調査40では、介護ロボットを導入しない理由として、「導入費用が高額」という回答が4~6割程度で最も多かった。この点については、先に触れた通り、地域医療介護総合確保基金の拡充などの施策が展開されているが、介護事業所の多くは小規模であり、設備投資余力が大きいわけではないので、国のバックアップが求められる。
39 フィードバックに関しては、手引きが作られるなど改善も見られる。三菱総合研究所に委託された「科学的介護情報システム(LIFE)フィードバック活用の手引き」などを参照。ただ、科学的介護に関して、筆者はデータ活用の必要性を認識しつつも、その限界を当初から指摘している。詳細については、2021年9月15日拙稿「科学的介護を巡る「モヤモヤ」の原因を探る」、2019年6月25日「介護の『科学化』はどこまで可能か」を参照。
40 厚生労働省「令和3年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査(令和4年度調査)介護現場でのテクノロジー活用に関する調査研究事業報告書」を参照。
第4に、職場環境の改善に関連し、制度が極端に複雑化している危険性を指摘したい。介護現場では報酬の申請や給付管理に際して、6桁のサービスコードと呼ばれる数字が使われており、この複雑化が作業の煩雑さを招いている。
具体的には、2000年度の制度創設時、コード数は1,745件だったが、2024年度改定では2万2,842件に膨れ上がった41。この背景には「○○を実施すれば加算」「××に取り組まなければ減算」といった政策誘導が影響しており、今回の報酬改定資料も「概要」だけで200ページを超える分厚さである。
これに加算の取得要件に関する通知や「Q&A」(疑義解釈)を加えると、一つの加算を取得するだけでも多くの資料に目を通したり、かなりの書類を作成したりする必要がある。こうした業務は事業者や専門職の負担になっており、現場の生産性を下げていると考えられる42ため、国としては、報酬の簡素化を図る必要がある。
しかし、制度の複雑化は必然的に進んでおり、簡素化は「言うは易く行うは難し」と指摘せざるを得ない。具体的には、介護報酬改定の折衝に際して、財務省は予算の有効活用を目指すため、「効率化」「重点化」を求めたがる。さらに、介護給付費分科会などの場で業界団体から制度改正の要望を受け取ると、厚生労働省は基本報酬を維持しつつ、加算の要件や点数を変更することで、その要望に対応しようとすることが多い。
こうした事情の下、介護報酬制度は必然的に複雑化しており、実際に2021年度改定の概要資料から「報酬体系の簡素化」という文言が入るようになったのに、それほどサービスコードの数は減っていない43。このため、現場で使われていない加算の統廃合など、絶え間ない簡素化の努力が求められる。
41 2024年6月改定分の見通しの数字。
42 ここでは詳しく触れないが、最も懸念しなければならないのは利用者への影響である。余りに制度が複雑になると、煩雑な加算などを理解する手間暇(機会費用)が面倒になり、ケアマネジャーの説明を聞いても、その是非を利用者は判断しにくくなる。これは介護保険制度創設時に目指した「利用者の自己決定」を阻害する方向に働く。実際、生産性向上や科学的介護の加算がケアプランに盛り込まれていた場合、ケアマネジャーや事業者は利用者に対し、これらの必要性や意味合いを十分に説明できるのか不安と言わざるを得ない。報酬の複雑化による弊害については、三原岳・郡司篤晃(2015)「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』7巻1号。
43 ただし、サービスコード数のピークは2017年度の29,608項目だったので、頭打ちの状況にはなっている。
第5に、報酬改定の時期を6月に統一する必要性である。介護報酬改定は毎回、1~2月頃に国の方針が示され、4月に施行されるため、通知の読み込みやシステム改修などで現場は慌ただしい対応を余儀なくされている。これが現場の生産性を下げている面は否めない。
一方、同じ時期に概要が決まった診療報酬改定では、原則として6月改定に変更された。これはシステムの更新などの作業が一定期間に集中しないようにする配慮に基づいており、これに併せて介護報酬のうち、医療と接点が深い訪問看護などについて、改定時期が6月に変更された。
しかし、それ以外のサービスでは依然として施行時期は4月で維持されており、十分な準備期間を設ける上でも、次期改定では6月に統一することが求められる。
11――おわりに
しかし、職場環境の改善に向けた努力は介護に限らず、どの職場でも求められることである。誤解を恐れずに言うと、「機械なんかに介護はできない」といった心理的な反発は産業革命期のイギリスで起きた機械破壊運動(いわゆるラッダイト運動)に近い反応にも感じる。国のガイドラインが定めている通り、間接業務を中心に、ロボットなどのテクノロジーを導入することは職員の負担軽減に繋がる可能性があり、今回の改定で設置が義務付けられた委員会の場などを通じて、積み上げによる職場環境改善の取り組みに期待したい。
一方、どんなに現場が職場環境を改善しても、国が全国一律の人員基準で現場を縛っている以上、人材不足の根本的な解決策になり得ない。このため、どこかの段階では「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」という二律背反に直面する可能性が高く、国として難しい判断を強いられる展開も予想される。人材不足のインパクトは介護保険の大きな制約条件となっており、国や自治体、業界、現場を挙げた改善と議論が求められる。
(2024年05月23日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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