コラム
2024年05月21日

よく目にする“風”の用語-貿易に利用したから「貿易風」?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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学術では、どの学問分野でも、さまざまな専門用語が用いられる。ある分野について勉強するということの中には、その分野の専門用語を理解するという要素が少なからず含まれている。
 
気候変動問題に関連する学問分野は幅広い。気候や気象について、気象学、海洋物理学、水文学。温室効果ガスの性質や影響などについて、地球環境学、環境動態評価研究、環境影響評価研究、そして、地域の気候変動について、地理学などが挙げられるだろう。そして、これらの学問分野でも、さまざまな専門用語が用いられている。
 
気象学の中には、気象の要素である風の名前が出てくる。風の名前も専門用語ではあるが、日々、天気予報などで目にするものの中には、一般用語として、多くの人に知られているものもある。
 
ここで、少し気になるのが、多くの人が知っている風の名前は、知っている通りなのかという点だ。今回は、よく目にする“風”の用語について、見ていこう。

◇ 台風とtyphoon

まず、日本ではよく知られている台風から見ていこう。台風は、1945年まで「颱風」という字が使われていた。1946年に当用漢字(現在は常用漢字)が定められたときに、「台風」という字に変えられたという。
 
「颱風」は、気象学者である岡田武松氏が、typhoonに合わせて、このように命名したのが始めとされる。命名される前は、「野分(のわけ)」とか「颶風(ぐふう)」などと呼ばれていた。
 
岡田氏は、長年にわたり中央気象台長を務め、「日本気象学の父」とも呼ばれている人物だ。颱風の他にも、フェーン現象に対して「風炎」の字をあてるなど、イメージしやすい気象用語を考案したことで知られている。(ちなみに、フェーン現象は、ドイツ語の föhn (アルプス山中で吹く局地風)が由来で、山を越えて吹きおろす乾いた暖かい風のことをいう。)
 
その台風だが、英語のtyphoon(タイフーン)とは内容が異なることに注意が必要だ。台風は、日本の気象庁が、最大風速34ノット(秒速約17メートル)以上の熱帯低気圧を呼び表すときに用いられる。一方、typhoonは、国際的な取り決めで、最大風速64ノット(秒速約33メートル)以上の熱帯低気圧を指す。最大風速が約1.9倍も違うわけだ。
 
typhoonは、最大風速64ノット以上85ノット(秒速約44メートル)未満の場合「強い台風」、85ノット以上105ノット(秒速約54メートル)未満の場合「非常に強い台風」、105ノット以上の場合「猛烈な台風」と呼ばれる。
 
なお、台風は、北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)または南シナ海に存在するものをいう。中国や東南アジアを旅行していて、typhoonの襲来に遭ったときには、日本の台風とは異なるものであるかもしれない。注意が必要だろう。

◇ 貿易風

貿易風は、高校の地学や地理の科目で出てくる用語だ。赤道付近にある熱帯収束帯 (赤道付近の熱帯域に形成される収束帯 (水平に2つの方向から風がぶつかる領域)) は、温度が高く熱せられた空気が上昇しやすい。その結果、1年じゅう低気圧が発達する。
 
熱帯収束帯には、上昇する空気を補うかのように、東寄りの風が吹き込んでくる。これが貿易風だ。実は熱帯収束帯で上昇した空気は、圏界面(対流圏と成層圏の境界)まで達すると、緯度30度付近まで進み、そこにある亜熱帯高圧帯で下降してくる。そして、それが、貿易風となって地表を流れる。
 
この空気の循環は、発見者であるイギリスの気象学者ジョージ・ハドレーの名前をとって、「ハドレー循環」と呼ばれている。
 
さて、この貿易風だが、15世紀に始まった大航海時代には、ヨーロッパからアメリカに大西洋を横断する航路として利用された。当時は、蒸気船などなく、風力に頼った帆船での航海が中心であったため、貿易風は重宝されたようだ。
 
そのためか、ヨーロッパとアメリカの貿易に利用された風として貿易風という用語が理解されているかもしれない。
 
しかし、実は、この風のことを表す英語trade windを貿易風と訳したことが、この用語のそもそもの始まりだったようだ。ここでtradeは、「通った跡、通る道」を指す言葉で、いまのtrackに近い意味だったという。元々は、貿易とは関係がないようだ。
 
昔は、「定風(じょうふう)」、「恒風(こうふう)」などと呼ばれ、一定の向きにいつも吹いている風を表していたという。

◇ ジェット気流

亜熱帯高圧帯から高緯度にかけて、西寄りの風が吹いている。これは、偏西風と呼ばれる。偏西風は、中緯度の上空を、地球を一周する形で、ときおり南北に蛇行しながら吹いている。
 
そのなかで、特に流れが強い部分は、「ジェット気流」と呼ばれる。これは、高度約12~15キロメートルの南北の緯度30~40度あたりにある。
 
ジェット気流は、日本から太平洋を超えてアメリカに向かう飛行機にとっては追い風となる。逆に、アメリカから日本に向かう飛行機にとっては、逆風となる。その結果、飛行時間が行きと帰りで異なる原因とされる。
 
この話のためか、ジェット気流は、ジェット機が飛ぶ気流として名づけられたとの理解がなされているかもしれない。
 
しかし、実は、ジェット気流はジェット機が飛ぶからというわけではない。そもそもジェット気流のjetは、液体やガスの噴出、噴流、強い流れを意味する。気流が強いので、ジェット気流ということになる。
 
一方、ジェット機は、空気の燃焼により噴流(ジェット)を作り、その反作用の力で推進するジェットエンジンを搭載した飛行機ということになる。ジェット気流とジェット機という2つの用語は、ジェットという言葉を通じてできた兄弟のような関係にあると言えるかもしれない。

以上、台風、貿易風、ジェット気流という風に関する用語について見ていった。このように、比較的なじみ深いと思われる専門用語でも、いわれや成り立ちに、興味深い経緯が潜んでいる場合がある。
 
今後も、面白いものがあれば、見ていくこととしたい。

(参考文献)
 
「台風の大きさと強さ」(気象庁ホームページ)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-3.html
 
「デジタル台風」(国立情報学研究所ホームページ)
http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/
 
「地球規模の気象学-大気の大循環から理解する新しい気象学」保坂直紀著(ブルーバックス B-2245, 講談社, 2023年)
 
“typhoon” “trade” “jet”(ジーニアス英和大辞典, 小西友七・南出康世編集主幹, 大修館書店)

(2024年05月21日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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