コラム
2024年04月17日

不透明感が高まる米国産LNG(液化天然ガス)輸入

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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1――はじめに

米バイデン政権による、自由貿易協定(以下、FTA)非締結国向けの米国産天然ガスの新規輸出許可の審査を一時停止するとした2024年1月26日の声明はLNG(液化天然ガス)事業者や買主、輸入国に衝撃を与えた1,2。もっとも、対象となるのは輸出許可申請中の事業であり、既に認可済の事業は対象外である。また、同盟国・地域向けの供給能力にも短期的には影響はないとされ、このことは先の日米首脳会談の際にも表明された3。とは言え、同盟国の中でもFTA非締結国が数多く存在し不透明感が燻り続けている。本稿では、なぜバイデン政権はこのような冒頭の方針を打ち出したのか、また、日本にとってどのような影響があるのかについて考察したい。
 
1 THE WHITE HOUSE FACT SHEET: Biden-Harris Administration Announces Temporary Pause on Pending Approvals of Liquefied Natural Gas Exports, JANUARY 26, 2024.
2 天然ガスを零下162℃に冷却すると液化し、体積は600分の1に縮小する為、可搬性が高まる。
3 脚注1と同資料。日米首脳会談の共同声明については後述(P.5)

2――FTA締結国と同盟国

米国の天然ガス(LNGを含む)の輸出入を規制するのは、1938年に制定された天然ガス法(Natural Gas Act)で、同法は天然ガスの輸出(入)には公益が必要であると定めている。この公益に関し、同法は、米国とFTAを締結する国への輸出は公益に合致するとみなして計画の修正や遅滞なく許可する一方で、FTA非締結国については米エネルギー省(以下、DOE)による輸出の審査と許可が必要である、と条文に明記している4。今回のバイデン政権の声明は、この後者の審査を一時的に停止するというもので、世界に大きな波紋を広げた。

日本は2020年に米国と貿易協定を締結しているが、FTA締結国ではない。また、米政府が「重要鉱物の自由貿易に重点を置く協定」と位置付ける2023年の日米重要鉱物サプライチェーン強化協定も、天然ガスの対日輸出を含む包括的な内容とはなっていない5。米国の天然ガスの主要な輸出先である欧州やアジアについても韓国を除きほとんどの国は米国とFTAを締結しておらず、天然ガスの新規輸出については審査が必要となる(図表1)。

次に、米国は同盟国を北大西洋条約機構(NATO)加盟国と主要なNATO非加盟同盟国に分け、日本は後者に位置付けている(図表1)。バイデン政権は声明で「今日の声明は短期的に同盟国へのLNG供給を継続する能力に影響を与えるものではない」としている6。あくまで短期的(in the near-term)には影響がないことに言及している。

LNG輸入が必須の同盟国に対し将来にわたって安定供給することは米国の利益、公益に資すると考えるのが自然だが、今後の脱炭素と経済成長とのせめぎ合い次第でもあろう7
【図表1】米国の自由貿易協定締結国と同盟国
 
4 日本は2020年に米国と貿易協定を締結しているが、FTAではない。米国からの最初のLNG輸入は米アラスカからであった(1969年)。シェールガス由来のLNGが初めて日本に輸入されたのは2017年1月。(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構「JOGMEC NEWS Vol. 59」, 2019年12月号」)
5 「重要鉱物のサプライチェーンの強化に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」。電気自動車のバッテリーの需要拡大が見込まれる中、米インフレ削減法の目的達成と、持続可能で強靭なサプライチェーンの構築を目指すもの。重要鉱物をコバルト、グラファイト、リチウム、マンガン、ニッケルと定義。
6 脚注1と同資料。
7 DOEの声明によると、予期せぬ国家安全保障上の緊急事態が発生した場合は、今回の許可の審査の一時停止の例外とする、としている。Department of Energy DOE to Update Public Interest Analysis to Enhance National Security, Achieve Clean Energy Goals and Continue Support for Global Allies, JANUARY 26, 2024. Accessed April 9, 2024.

3――米国産LNGと日本

【図表2】日本のLNG輸入量 日本は天然ガスをLNGという形で輸入している。米国から1969年にアラスカ産天然ガスをLNGとして輸入したのが起源である8。その後21世紀に入ってシェール革命が起き、シェールガス由来のLNGの輸出が始まった。日本は2017年に輸入を開始した。2022年の米国からのLNG輸入実績は56億m2 で、シェアは第4位(1位はオーストラリア)であった9(図表2)。
米国のLNGは、主にルイジアナ州やテキサス州といったメキシコ湾岸地域にある天然ガス液化基地からLNG運搬船で運び、パナマ運河を通過し、太平洋を走行して日本に着く10。輸送ルート上に地政学リスクが少ないことから、日本にとり米国産LNGはエネルギー安全保障面でも重要な役割を担っている。また、米国産以外のLNGは、原油価格連動で価格が算定されるのに対し、米国産LNGはヘンリーハブ(米国でのガス取引価格の指標)をベースに決まるため、価格リスクの分散というメリットもある11。更には、日米貿易収支均衡への寄与という効果もあろう。米国産LNGは仕向地の制限がないことも、仕入れたガスの再販売がしやすくなることから買手として有利である。日本にとって米国産LNGの輸入は不可欠な存在である。
 
8 当時の公害問題などを背景に東京ガス、東京電力(現JERA)が三菱商事と組み、米フィリップスからLNGを輸入。
9 Energy Institute “2023 72nd edition Statistical Review of World Energy”
10 キャメロンLNG(ルイジアナ州)、フリーポートLNG(テキサス州)等が挙げられる。
11 米ルイジアナ州にある天然ガスの集積地の名称。ここで売買される天然ガスのスポット価格はニューヨーク商品取引所の先物価格の指標とされ、米国の天然ガス指標価格の呼称でもある。

4――世界で重要性を増す米国産天然ガス

近年の米国産LNGの輸出先を見ると、欧州向けの輸出が2022年に急増している。これは、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、欧州諸国がロシア産天然ガスの輸入を見直し、代替先として米国からLNGを輸入したことによるものだ。2023年の米国のLNG輸出における日本のシェアは7%で、オランダ(14%)、フランス(11%)、英国(10%)に次いで第4位である(図表3)。

第一次政権時代に、トランプ前大統領はシェール革命による米国の原油・天然ガス増産でエネルギーセキュリティ(安全保障)からエネルギードミナンス(支配・優越)の時代が来たと宣言し、米国からの天然ガス(LNG)輸出を促進した。今や米国は世界最大の天然ガス産出国であり、最大のLNG輸出国でもある(図表4、5)。2018年に約40億立法フィートであったLNG輸出量は2023年には120億立法フィートと格段に増えている。偶然とは言え、米国のLNG増産とウクライナ特需による欧州への輸出増加がマッチし、世界における米国産天然ガスの重要性がますます高まる中で、バイデン政権による新規輸出審査の一時停止は日本や欧州に動揺を与えている。
【図表3】2021~23 年の米国のLNG輸出先/【図表4】天然ガス産出国の生産量(2022 年)
【図表5】主なLNG輸出国の輸出量推移
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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

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