コラム
2022年11月08日

日・カタール関係とLNG争奪戦-FIFAワールドカップを機に考える

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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1――FIFAワールドカップで注目されるカタール

4年に1度開催されるFIFAワールドカップ1が近づいている。2022年11月21日から12月18日まで、中東・カタールの首都ドーハ他計5都市で実施される予定だ。

昨今カタールといえば誰しもサッカーを想像するが、世界最大級の天然ガス産出国で、日本のエネルギー安全保障上、不可欠な国であることは、一般にはあまり知られていない。足元のエネルギー危機でカタールとの関係は益々重要性を増している中、本稿では、そのカタールの概要についておさらいし、LNG2を中心とした日本との関係について考察する。
 
1 開催国のカタール(2022年10月6日付FIFAランキング50位)は、初出場となる。日本代表(同24位)[1]は、一次リーグ(E組)で、スペイン(同7位)、ドイツ(同11位)他と対戦する。
2 LNG(Liquefied Natural Gas、液化天然ガス)。気体のままパイプラインでの輸送に適さない、遠隔地への輸送に活用。天然ガスを、常圧でマイナス162℃まで冷却すると液体になり、体積が600分の1になる特性を活かし、LNG運搬船で海上輸送する。液化施設、運搬船、ガス化施設等、多額の初期投資が必要。

2――カタールの概要

(図表1)カタール地図 カタールは、ペルシャ湾南岸に位置し、アラビア半島から突き出した更に小さな半島で、面積は秋田県と同程度である。周囲をサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン等に囲まれ、地政学的にみて複雑な状況に置かれる国である(図表1)3。人口は約250万人のうち、カタール人は約12%で、残りは移民労働者が占めている。ペルシャ湾沖合に埋蔵量が世界一と言われるノースフィールドガス田を擁し、天然ガス・LNGの輸出(図表2)に依存する典型的なレンティア国家4である。1人当たりGDPは世界第8位5。外貨準備高401億米ドルを保有し、信用格付はAA-(S&P),Aa3(Moody's)、AA-(Fitch)となっている。北米や欧州で積極的に投資を展開する政府系ファンドのカタール投資庁は4,610億米ドルの運用資産を有し、その規模は世界第9位とされる6
(図表2)LNG 輸出量上位国 カタールは、周囲を大国に囲まれるというその地政学的位置づけから、一方に偏らない全方位的外交を志向してきた。このため、多くの外交カードを有しており、国の規模以上に国際政治上重要な存在感を示している。

安全保障、経済面の観点から対米関係を重視し、中東最大の米軍基地であるアル・ウデイド空軍基地を持つ。また米国にとって主要な非NATO同盟国7として、戦略上重要な位置づけにある。これが独自外交を展開できる背景でもある。周辺国からテロ組織と見做される集団とも積極的にパイプを持ち、独自の外交的立場を構築した。例えば、タリバンのドーハ事務所を開設し、タリバン政権との対話チャネルを持つ国として各国との仲介を行った。また、エジプト発祥のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団、イスラエル・ガザ地区を実効支配するハマス等への支援も行っている。カタールは、サウジアラビア等とともに湾岸協力会議8の加盟国であるにもかかわらず、これら独自外交が周辺国の不興を買い、サウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトを中心とした国々から2017年6月から約3年半にわたり、断交9された。断交中は国境が封鎖され、サウジアラビアからの輸入に頼っていた食品輸入は停止し、食料危機を迎えると予想されたが、サウジアラビアと敵対するイラン、トルコなどからの輸入で代替し、食料危機を回避した。
 
3 The World Factbook 2021. Washington, DC: Central Intelligence Agency, 2021. https://www.cia.gov/the-world-factbook/。国名は筆者による。
4 レンティア(仏語rentier、ランティエ)とは、不労所得生活者(金利・地代・配当等で暮らす人)のこと。転じて、石油・天然ガス等による収入が歳入の大半を占め、そこから国民の多くを占める公務員や国営企業の職員の人件費を賄い、教育・医療・福祉等の政府サービスが賄われる等、当該収入に依存した経済・財政システムを持つ国をレンティア国家と呼称。
5 IMF、 2021年。
6 Sovereign Wealth Fund Institute。
7 Major non-NATO Ally(MNNA)。米国法により指定される。指定国に対し装備品の譲渡など、軍事面での優遇措置を与えるもの。米国との緊密な軍事協力関係を示す象徴的意味合いもある。日本、豪州、韓国、イスラエル等18カ国。台湾も事実上のMNNA。(米国務省、国防総省ウェブサイト、2022年10月14日閲覧)
8 Cooperation Council for the Arab States of the Gulf(GCC)。湾岸協力会議または湾岸協力理事会。防衛・経済をはじめとするあらゆる分野における参加国間での調整、統合、連携を目的としている。加盟国はサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートの6カ国。
9 2017年6月、かねてカタールの独自外交や衛星テレビ局アル・ジャジーラの報道内容等に不満を募らせていたサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプト等が断交を通告、国境及び領空を封鎖した。アル・ジャジーラの閉鎖、イランとの外交関係縮小、カタールが支援するムスリム同胞団等への関係断絶等を要求。カタールはこれを拒否。長く膠着状態が続いたが2021年1月に断交は終了した。

3――日本とカタールの関係

日本とカタールは、2021年に外交関係樹立50周年を迎えた。カタールは日本の主要なLNG輸入国のひとつである。1997年に中部電力(現JERA)川越発電所(三重県)にカタールのLNGが初めて納入されて以来、資源輸入国である日本のカタールへの依存度は増え、今日では日本のLNG総輸入量の約12%がカタールのLNGが占めるに至っている10

また、エネルギー以外でも、シリアで拘束されていた邦人ジャーナリスト解放に向けた支援や、1億米ドルに上る東日本大震災支援、更にはカタール航空による新型コロナ禍や米軍のアフガニスタン撤退に伴う邦人帰国支援など、日本はカタールから様々な支援を受けてきた。

日本からもカタールに対し政府開発援助を行ってきた。国内技術者層の薄さから、研修員の受け入れや専門家の派遣を中心に技術協力が行われた。(1998年をもって終了)

更に、カタール国内のインフラ・プロジェクト(発電所、淡水化施設、天然ガス関連施設、LNG船、地下鉄等)に、日本企業が出資・参画し、それを国際協力銀行、日本貿易保険、メガバンク等本邦金融機関が官民一体で支えるなど日本主導の投融資等も積極的に展開された(図表3)。

安定的なLNG供給を必要とする日本と、国内経済の底上げに不可欠なインフラや技術力を必要とするカタールの間で互恵的な関係が保たれてきたものと言えるだろう。
(図表3)カタールのプロジェクトへの投融資等(例)
 
10 エネルギー白書2022。
11 Independent Water and Power Producer 火力発電・淡水化施設を併設したプラント。

4――カタールのLNG市場で後退する日本のプレゼンス

こうした良好な両国関係もあり、日本はカタールにとって最大級のLNG輸出国となってきた。
(図表4)カタールのLNG輸出量推移 ところが、2017年に日本はその座を中国に明け渡した(図表4)。主要輸出国の内訳をみてわかる通り、インド、韓国がほぼ横ばいで推移する中で、対日輸出が減少した。その落ち込みを補う形で中国とパキスタンへの輸出量が増えてきた。ここでも世界経済における中国の台頭が見て取れる。では、なぜ日本がここまでシェアを落としたのだろうか。
(図表5)日本のLNG輸入量推移 これには様々な背景があるが、カタールとのLNG取引の契約条件12が買い手にとって柔軟性に欠けることも作用していると考えられる。日本が、取引条件が比較的柔軟な豪州からの輸入を増加させたことに加え、パプアニューギニアからの輸入開始や米国のシェールガス由来のLNGの輸入開始13がカタールからの輸入の減少分を穴埋めした形だ(図表5)。

さて、日本の第6次エネルギー基本計画(以下、エネ基)では、2019年に37%あったLNG火力の比率を2030年には20%とする方針が打ち出されている14

この計画を引き合いに、中国や韓国をはじめとする競合国が、「日本は将来的にLNG購入量を更に減らすと言っている。その分我が国に販売してほしい」とカタールとの交渉材料に利用されているとの識者の指摘15もある。その後、日本の大口の買い手が2021年末に期限が到来した長期購入契約について一部を更新しなかったというニュースも波紋を呼んだ。日本がエネ基を進めていく中、石炭よりは少ないとはいえ、燃やせば温暖化ガスを排出するLNG16の購入を、長期的にコミットすることに躊躇っている思惑が背景にあったと言われている。
 
12 事実上転売が不可能な、「仕向地制限」(公正取引委員会によればLNG売買契約書において、LNG船の目的地である仕向地として一定の範囲の受入基地が指定されていること)や、超長期、大ボリュームの条件が課され、交渉が難しいとされる。
13 キャメロンLNG(米Sempra Energy、三井物産、三菱商事・日本郵船JV、仏TotalEnergiesが出資)、フリーポートLNG(米FreeportLNG、大阪ガス、JERA等が出資)等。従来のLNGの価格算出法(フォーミュラ)は、原油価格に連動するものだが、米国産LNGはヘンリーハブ(ルイジアナ州の天然ガス集積地で売買される天然ガス卸価格)をベースにした別の算出方式を採用している。複数の算出方式の存在は価格上昇リスクの分散効果がある。
14 もっとも、エネ基には「野心的」という文言がちりばめられ、策定した政府自身も実現のためには相当な困難を伴うことを自覚しているとの指摘がある。算出が積み上げ方式でなく、初めに温室効果ガスの削減幅ありきであったことから、帳尻合わせ的アプローチとならざるを得ず、将来粗鋼生産量等が減少するといった前提まで置いている。
15 第48回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(2021年8月4日)他。
16 熱量当たりのCO2排出量は、石炭や石油と比べて小さい(石炭:原油:天然ガス(LNG)=10:7.5:5.5) 環境省

5――世界的なエネルギー争奪戦の勃発

しかし、ここにきて日本のLNG調達に暗雲が立ち込め始めている。2022年のロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア産天然ガスに依存してきた欧州各国がロシア以外の新たな調達先を模索し、世界的なエネルギー資源の争奪戦が始まったのだ。

エネルギー資源の国際価格は高騰し、売り手としてのカタールの立場はこれまでになく強くなっている。これまで良好な関係を築いてきたとはいえ、足元でシェアを落としてきた日本に、カタールがかつてのようにLNGの供給を約束してくれるとは期待できない。事実、日本勢の交渉は難航を余儀なくされているとの報道にも接する。

こうした中で、日本はLNGの安定供給に向けて、民間企業だけではなく、政府も前面に立ってカタールと交渉をしている。経済産業省の担当官はNHKの取材17に、「ドイツやイタリア、中国、韓国もみんなカタールのLNGを獲得するべく交渉に来ているが、われわれ日本としてもそこは負けられない」と述べた。国営エネルギー会社Qatar Energyとの交渉の結果「(『対話の用意はある』という回答を引き出したが)何故に長期契約を結ばなかったのかということについて、まだ納得していない感じだった。日本だけ特別扱いするわけにはいかないということだと思う」とも明らかにした。また、2022年9月に実施された、「LNG産消会議2022」18において、カタールのエネルギー担当国務大臣は挨拶の冒頭、「正直申し上げて、もはや主要なLNG供給者でなくなった今、日本で開催されるLNG関連の会議で講演をするのは違和感がある」と述べ、LNGを巡る両国間のすきま風の存在を隠さなかった。

カタールは今後、ノースフィールドガス田の拡張を計画している。先行するノースフィールドイーストの出資者には、欧米の国際石油会社19が名を連ねる。増産分は欧州とアジアに半分ずつ輸出される計画である。
 
17 NHKウェブサイト 「LNGクライシス 日本の液化天然ガス調達はどうなる?」2022年9月2日配信(2022年9月26日閲覧)
18 経済産業省等が主催し、LNG産出国と消費国の閣僚や企業が会する国際会議。2022年で11回目。
19 仏TotalEnergies、伊Eni、米ConocoPhillips、米ExxonMobil、英Shellが、Qatar Energyと共同出資する。国際石油会社はマイナー出資であり、カタール側が主導権を持つ。
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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

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