コラム
2024年04月15日

「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(5)-市町村に問われる地域支援事業などの戦略的な活用

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|高齢者の課題ではなく、事業の課題を語ってしまう悪癖
第2に、高齢者や家族、住民など事業の対象者から見た目的を意識しないまま、事業を実施してしまう点です。介護保険給付の場合、「要介護認定を受けた人にサービスを提供する」という目的が明瞭ですが、地域支援事業の目的は市町村自身で設定する必要があります。

例えば、フレイル予防の体操教室を実施する場合、「どんな高齢者に声を掛けるのか」「何のために実施するのか」を明確にしなければ、体操教室を実施することが目的になってしまいます。本コラムの第1回で指摘した通り、これを筆者は「事業頭」「制度頭」と呼んでいます。

その結果、関連する事業が何なのか、関連する部署がどこなのか、どんな関係者と連携する必要があるのか、十分に認識できなくなります。こちらも先に触れた「残念なできごと」が起きる遠因と言えます。
5|規範的統合を勘違いする悪癖
第3に、規範的統合を「市町村の方針を関係者に共有させること」と勘違いする悪癖です。第3回で述べた通り、規範的統合という言葉を使うかどうか別にして、提供体制に占める自治体のウエイトが小さい以上、多機関・多職種で連携しなければ、地域の課題を解決できないと考えています。

しかし、市町村の職員が公権力を有している点を意識しつつ、慎重に振る舞わないと、事業者や専門職の理解を得られません。例えば、第3回で述べた通り、市町村職員が地域ケア会議でケアプラン(介護サービス計画)の細部まで介入しようとすれば、専門性が侵害されたと考えるケアマネジャー(介護支援専門員)の足が遠退くのは当然です。

むしろ、それぞれの専門職の専門性や住民、企業などの取り組みに敬意を払いつつ、教えを乞うような形で情報を集める形を取らなければ、フラットな関係性は構築できません。

もちろん、市町村として、「高齢者の××の課題を解決したい」といった目的は持たなければならないですし、強い情熱も抱いて欲しいと思いますが、「専門職や住民、企業を巻き込む」という発想では絶対にうまく行きません。

では、どういった改善が望ましいのでしょうか。市町村ごとに課題が異なる上、様々な要因が入り組んでいるため、一概に「××を解決すれば改善!」と言えないですし、これまでに「事業頭」「制度頭」の解消とか、多機関・多職種連携の必要性などを解きましたが、以下では過去に触れていない点として、(1)地域ケア会議の改善、(2)地域支援事業の戦略的活用――という2点を挙げたいと思います。

4――地域ケア会議の改善

1|地域ケア会議に期待されている5つの機能
第1に、地域ケア会議の改善です。地域ケア会議は2015年度制度改正で導入された仕組みであり、その目的は(1)個別課題の解決、(2)ネットワークの構築、(3)地域課題の発見、(4)地域づくり・資源開発、(5)政策の形成――とされています。この仕組みを市町村が有効に使えていない点、特に個別課題を地域課題の発見とか、地域づくりや政策形成に発展できていない点は第1回で述べた通りです。

具体的には、国の委託調査9では「検討した事例の個別課題の解決」「参加者との会議の目的や意識の共有」という回答項目に対し、5割近い市町村が「かなり取り組んでいる」と回答しており、個別課題の解決やネットワークの構築に関しては、ある程度の市町村が手応えを感じているようです。一方、「検討した複数の事例からの地域課題の抽出・整理」「地域ケア個別会議の内容の振り返り・評価」と項目では、「かなり取り組んでいる」という回答が2割に満たない数字となっています。

ここで、もう少し具体的に考えることにします。仮にX市Y地区に住む「軽度認知症になった一人暮らしのAさん」「要支援認定を受けた後、フレイルになり始めているBさん」という2つの事例で考えます。地域ケア会議の目的に照らすと、(1)で示した「個別課題の解決」では医師や看護師、保健師、ケアマネジャーなどの多職種が連携しつつ、AさんやBさんの課題解決に力点が置かれます。

次に、(2)で挙げた「ネットワークの構築」では、地域ケア会議での議論を通じて、多職種・多機関が連携できる関係性を構築していくことが重視されます。特に、在宅ケアにおける医療と介護の境目は曖昧なので、生活を支える上では幅広い職種が関わる必要があります10

さらに、3番目の「地域課題の発見」では、AさんとBさんの事例を比較することで、高齢者の外出機会が少ないという共通点を見出し、そこから「Y地区の周辺に外出できる場が少ない」「Y地区の中央部を走る道路の歩道が狭い」といった地域の課題を抽出することが期待されています。

その上で、(4)の「地域づくり・資源開発」では高齢者の外出機会を増やすようなサークルとか、認知症カフェなどをY地区で作ることが目指され、(5)の「政策の形成」では外出機会を増やす場をX市全体に広げたり、Y地区を走る道路の側道を改善したりするための提言などが期待されます。

つまり、市町村から見ると、ミクロ(個別の課題)の情報収集だけでなく、ミクロの課題をマクロの視点(地域の課題)に捉え直したり、逆にマクロの視点をミクロに落とし込めたりする絶好の機会と言えます。

この考え方は「個を地域で支える援助と、個を支える地域を作る援助を一体的に推進する手法」11とされるソーシャルワークと符合しており、ソーシャルワークの発想で地域ケア会議を活用しなければ、「地域の実情」に応じた体制整備は困難になると考えています。
 
9 日本総合研究所(2020)「地域ケア会議に関する総合的なあり方検討のための調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)。回答自治体数は1,230団体。
10 多職種連携の必要性に関しては、介護保険20年を期した拙稿コラムの第12回を参照。
11 ソーシャルワークに関しては、岩間伸之ほか(2019)『地域を基盤としたソーシャルワーク』中央法規出版を参照。
2|事例「で」考える難しさ
では、どうして市町村はミクロの課題をマクロの問題として捉え直すことについて、苦手意識を持っているのでしょうか。この点について、市町村の「実情」を見ていると、幾つかの理由が絡み合っているように感じます。

第1に、専門職の特性として、個別事例の課題解決策を模索してしまう点です。言い換えると、地域ケア会議を「事例『を』考える場」にしてしまう点です。もちろん、こうした場は非常に重要であり、特に「認知症の独居高齢者を引き籠もりの子が支援するケース」といった複雑かつ困難なケースに関しては、多職種・多機関が関わる必要があります。

ただ、地域ケア会議をミクロだけでなく、マクロの課題も考える場にするのであれば、複雑な個別課題は別の場で取り上げるとか、会議の設計思想が求められます。換言すると、「何のために会議を開くのか」という目的をハッキリさせる必要があります。

第2に、「事例『で』考える場」にするため、要支援の人など状態が軽い事例を取り上げるのも一案です。複雑かつ困難なケースの場合、専門職が集まっても、「難しいよね」「大変だよね」「もう少し様子を見ましょうか」といった形で、解決策を捻り出すのに四苦八苦することが多くなります。繰り返しますが、こうした会議は非常に重要なのですが、個別事例の課題解決に力点が置かれるため、会議の場は「事例『を』考える場」になります。これではミクロの課題をマクロに展開しにくくなります。

一方、軽度な事例だと、様々な専門職が知恵を出し合いやすくなるし、住民同士の繋がりの場など地域資源の活用も想定しやすくなります。例えば、先に触れたBさんの事例で言うと、仮にBさんが現役時代、英語の教師だとすると、「公民館で開催されている英会話スクールの臨時講師に来てもらう」といった目標を立てれば、Bさんの外出意欲が引き出せるかもしれないし、結果的にフレイル防止に繋がることも期待できます。

しかも、状態が軽く、かつ現場に多く見られるケースであれば、多くの専門職の学びにも繋がります。例えば、ケアマネジャーに「私が受け持っている事例でも似たようなケースがあるので、住民同士の集まりをケアプランに取り込めるかもしれない」と考えてもらえるかもしれないし、生活支援に必ずしも強くない医療職にとっても学びになると思われます。

つまり、地域ケア会議を機能させる上では、「何のために開催するのか」という設計思想と、事例の選び方が肝要になります。単に会議を開くだけではソーシャルワークの舞台装置として機能しません。

5――地域支援事業の戦略的活用

もう1つが地域支援事業の戦略的活用です。上記で触れた地域支援事業は広範にまたがっているものの、実は少しずつ重なっています。例えば、「認知症の人に対する支援」という切口で考えると、地域支援事業では、認知症総合支援事業が該当します。

しかし、認知症の人が外出しやすい環境を整備するため、住民組織と連携するのであれば、生活支援体制整備事業の生活支援コーディネーターとの連携が有効になります。ここで言う生活支援コーディネーターは生活支援体制整備事業に基づき、地域資源の把握とか、地域に不足するサービスの創出、関係者同士の情報共有とネットワーク構築などを担う専門職で、多くの場合は社会福祉協議会などに配置されており、住民の自発的なサークルなど医療・介護の専門職や市町村職員が知らないような地域資源も把握しています。

そこで、生活支援コーディネーターと連携すれば、認知症の人の外出意欲を引き出す場を作ったり、住民による見守りネットワークを強化したりすることもできるわけですが、「認知症=認知症初期支援事業」と凝り固まった発想になると、生活支援コーディネーターの折角の活動をフイにすることになりかねません。

さらに、住民や企業とのネットワーク構築という点で言うと、生活支援体制整備事業と総合事業は相当程度、重複するし、上記の「残念なできごと」で取り上げた通り、在宅医療・介護連携推進事業と認知症総合支援事業は多職種連携という文脈で重なります。

図表2は地域支援事業の連動性について、国の委託研究で作られたイメージですが、こういった形で、市町村は事業同士の繋がりを意識しつつ、事業を上手く連動させたり、優先順位を付けて実施したりすることが求められます。
図表2:地域支援事業の連動性のイメージ

6――おわりに

「地域の実情」をキーワードにした連載の第5回では、高齢者介護の現状と課題を取り上げました。多くの市町村職員はマジメに仕事しており、それ故に「事業頭」「制度頭」になって疲弊している印象を受けます。

一部には「零細な市町村には困難」という冷ややかな声も耳にしますが、大きな自治体では組織が大きい分、縦割りの弊害が起きやすく、多職種・多機関連携がハードルになっています。このため、逆に小さな自治体だからこそ機動的に動ける面もあります。地域ケア会議などを上手く活用して「地域の実情」を把握するとともに、地域支援事業を戦略的に活用することで、市町村独自の施策を展開して欲しいと期待しています。

第6回では、分野・属性にこだわらず、相談支援や地域づくりを重層的に展開する「重層的支援体制整備事業」を取り上げます。これを筆者は「最も難易度が高い仕組み」と考えており、次回で現状と構造的な難しさ、今後の論点などを検討したいと思います。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2024年04月15日「研究員の眼」)

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