2024年03月29日

急速に導入が進むインドの再生可能エネルギー~2030年の国際公約達成を狙える位置に

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1――はじめに

インドでは、人口増加と経済成長に伴いエネルギー需要が急速に増加している。石炭は国際社会から気候変動対策に逆行すると批判されているが、インドでは今なおエネルギー源の大半を占めている。石炭は安価で、インド国内に埋蔵量が豊富にあり、消費量の大半を国産でまかなうことができるため、輸入に大きく依存しない安定したエネルギー供給を実現できる。

現在インド政府は2030年までに電力の50%を再生可能エネルギー(再エネ)で賄う目標を立てている。再生可能エネルギーの導入は低炭素化や大気汚染対策、エネルギー安全保障の確保につながるうえに、価格面でのメリットもあるため、インド政府は積極的に取り組んでいる。

本稿では、インドにおける再エネ導入拡大の背景を整理した後、再エネの普及状況を確認し、インド政府の促進策を整理する。そして今後の再生可能エネルギー導入の行方・課題について議論する。

2――インドの再生可能エネルギー導入拡大の背景

2――インドの再生可能エネルギー導入拡大の背景

(図表1)主要国の一人当たりエネルギー消費量(2022年) エネルギー需要の増大
国際連合経済社会局(UN DESA)によると、インドの人口は2023年に中国を抜いて世界一の人口大国となった。今後インドは2050年まで生産年齢人口(15~64歳)が増える人口ボーナス期が続いて長期的な経済成長が予想され、2030年までに日本とドイツを抜いて世界第3位の経済大国となると予測されている。
(図表2)主な国・地域の総エネルギー供給量(IEA予測) またインドは工業化や都市化の途上にあり、一人当たりエネルギー消費量は7,143kWh(2022年)と世界平均の3分の1ほどしかないが、今後の経済の成長により伸びる余地は大きい(図表1)。

人口増加と経済成長は急激なエネルギー需要の増大をもたらす。既にインドは中国、米国に次ぐ世界3位のエネルギー消費国であるが、IEAの見通しによると、インドの総エネルギー供給量は2020年から2030年には約1.5倍、2050年には約1.9倍となり、米国に拮抗するようになると予測されている(図表2)。
(図表3)インドの一次エネルギー消費量(2021年) (エネルギー安全保障)
現在、インドはエネルギー源の大半を石炭に依存している。一次エネルギー消費量(2021年)のうち、石炭の割合は全体の57%と最大で、次いで石油(27%)、天然ガス(6%)、再生可能エネルギー(5%)、水力(4%)、原子力(1%)となっている(図表3)。

インドは世界有数の石炭埋蔵・生産国であり、需要量の約8割を国内で調達しているが、石油資源は乏しく需要量の8割超を輸入に依存している。また天然ガスは需要が増加しているものの、国産ガスの供給が限定的であり、隣国との国境問題もあってパイプラインの整備が遅れているため、価格が割高なLNGの輸入が増加している。

石油・ガスなどの化石燃料を輸入に頼るインドは、現在一次エネルギー需要の40%以上を輸入に頼っており、エネルギー安全保障上の問題が生じている。また化石燃料の輸入額は毎年900億米ドルを超えており、大幅な貿易赤字を計上してマクロ経済の安定性を損なっている。ウクライナ危機以後、インドが欧米諸国の批判にさらされながらも割安なロシア産原油の輸入量を増やしているのは、こうした事情も関係している。

インドがエネルギー安全保障を確保し、マクロ経済を安定化させるためにも、再エネ導入拡大により化石燃料の輸入を減らしてエネルギー自給率を高めることが必要である。
(図表4)温室効果ガス排出量(上位10カ国・地域) (気候変動と大気汚染)
世界銀行のデータによると、インドは温室効果ガスの排出量が中国、米国に次ぐ世界3位であり(図表4)、カーボンニュートラルの達成にコミットするよう国際社会から強い要請を受けている。
(図表5)モディ首相がCO P2 6で宣言した気候目標 モディ首相は2021年11月、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の演説で「2070年までにカーボンニュートラルを達成」すると宣言している(図表5)。
(図表6)インドの電源構成 カーボンニュートラル達成時期はインドが2070年であり、先進諸国の2050年、中国の2060年よりも遅く、後ろ向きとみられかねない内容だ。しかし、現在インドの電源構成をみると、7割超を石炭火力に依存しており、またエネルギー需要の増加に伴い石炭消費量が今なお増加し続けていることを踏まえると、先進国並みの2050年が難しいのは当然で2070年という設定もやむを得ない(図表6、7)。
(図表7)インドの石炭需給動向 またCOP26 で掲げた他の公約として「2030年に非化石燃料エネルギー容量を500 GWまで増加させる」、「2030年までに必要なエネルギーの50%を再生可能エネルギーで賄う」といった目標がある。インド政府は低炭素エネルギー源として、発電時にCO2を排出しない再生可能エネルギーの普及を進める考えである(図表5)。

インドはエネルギー転換における数値目標を設定して国際社会と協調する一方で、モディ首相は「これまで二酸化炭素を大量に排出してきた先進国が責任をもって気候変動の影響を受けている途上国を支援しなければならない」という考えを繰り返し表明している。グローバル・サウスの代弁者として立場をアピールすると同時に、実利を得るための合理的な外交を展開している。
インドにとって低炭素化は地球温暖化を抑制するためだけに取り組んでいる訳ではない。石炭の利用を避けることは大気質の悪化を防ぐことができる点でもメリットがある。
(図表8)首都の大気汚染深刻度ランキング インドでは石炭火力発電所や工場からの排煙が環境を悪化させており、大気質は世界最悪レベルにある。スイスの大気質テクノロジー企業IQAirの「2023世界大気質レポート」によると、インドの首都ニューデリーが2023年で世界一大気汚染の深刻な都市となった(図表8)。

またWHOによると、大気汚染は世界全体で年間約700万人の早期死亡の原因とみなされており、インド国民の健康を脅かしている。つまり、再エネ導入は温暖化のような長期的な問題だけでなく、深刻化した大気質を改善させるという自国が抱える喫緊の問題を解消する狙いもある。
(経済合理性)
日本の再エネはコストが高いといわれているが、海外では風力や太陽光などの再エネが最も安いエネルギーとなっている国があり、インドも再エネの導入コストが低い国の1つである。

主要国・地域の均等化発電原価(発電量あたりのコスト)をみると、インドの再エネはグリッドパリティ1に達しており、石炭火力発電と比較してもコスト優位性を確保している(図表9)。
(図表9)各国・地域のエネルギー源別の均等化発電原価(LCOE)
(図表10)各国の太陽光発電導入コスト(2021) 現在インドの太陽光発電の導入コストは中国を下回っている。インドで太陽光エネルギーが最もコストが低い理由としては、まず世界的に太陽光パネルなどのハードウェアのコストが低下したことが挙げられる。太陽光発電の普及に伴う生産量の増加や、ソーラーパネルの生産技術向上に伴う生産コストの低下により、2020年頃まで太陽光パネルの価格下落が続いた。またインド固有の要因として据付費やソフト面のコストが安価であること(図表10)、また国土が広くて日射量が日本の2倍以上あり太陽光発電に適した気候であることも太陽光発電のコストの低さに繋がっている。
 
1 再生可能エネルギーの発電コストが、既存の系統からの電力のコストと同等かそれ以下になること。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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