2024年03月19日

東南アジア経済の見通し~輸出底打ちで再び緩やかな回復軌道に復帰

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(経済概況:内需の強さを反映した成長ペースに)
東南アジア5カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム)は景気回復力が弱く、概ね内需の強さを反映した成長ペースである。2022年は各種コロナ規制の緩和に伴う経済活動の正常化やインバウンド需要の回復、ペントアップ需要の顕在化により対面型サービス業を中心に順調に回復したが、2023年は輸出が落ち込み、景気が減速した。内需はインバウンドの回復によりサービス業を中心とした労働市場の改善や政府主導のインフラ開発により底堅さを保ったものの、年初のインフレ過熱や昨年からの金融引き締めの累積効果が家計や企業の活動の重石となるなど、内需の拡大では輸出の落ち込みを相殺できなかった。
(図表1)実質GDP成長率 2023年10-12月期の実質GDP成長率(前年同期比)をみると、フィリピン(同+5.6%)とマレーシア(同+3.0%)の2カ国が前期から低下した一方、ベトナム(同+6.7%)とインドネシア(同+5.0%)、タイ(同+1.7%)の3カ国が前期から上昇した(図表1)。コロナ禍前(2019年)の成長率と比べると、インドネシアとフィリピンは内需が強く堅調を維持したが、輸出主導経済であるタイとマレーシア、輸出停滞に苦しんでいる。ベトナムは米国向け輸出が拡大して製造業が回復、景気に明るさが見えてきている。
(図表2)消費者物価上昇率 (物価:徐々に上向くが、利上げの累積効果により緩やかな上昇にとどまる)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は2022年後半から2023年初にかけてピークをつけた後、鈍化傾向にある(図表2)。2022年はウクライナ危機により国際商品価格が幅広く上昇、また米国の利上げ開始により東南アジア通貨が減価して輸入インフレが生じたほか、国内では経済活動の正常化が進み需要面からの物価上昇圧力が働いて各国インフレが加速した。しかし、2022年後半からはエネルギー価格の下落や各国中銀の金融引き締め、そして年明けからは国内経済の減速も加わり、2023年末にかけてインフレ圧力が後退した。

先行きは短期的にはベース効果の剥落によりインフレが下げ止まり、輸出の底打ちによる景気の回復局面が続くなかで徐々に上向くと予想する。もっとも、各国の景気が勢いに欠けることやこれまでの利上げの累積効果により緩やかな物価上昇にとどまり、インフレ目標圏内で推移するだろう。今年6月以降は米国が利下げに踏み切るためドル安傾向が強まり、アジア通貨の下落圧力が弱まることも物価の安定に繋がるとみられる。なおエルニーニョ現象は最盛期が過ぎつつあるが、今年前半に気温が上昇して農作物の収穫に悪影響が及ぶなど、食品インフレが加速する可能性は残っている。
(図表3)政策金利の見通し (金融政策:今年半ばから利下げ局面に)
東南アジア5カ国の金融政策は、2022年半ばからコロナ禍からの経済正常化とインフレの加速、米国の利上げによる自国通貨安を受けて金融引き締めを開始した(図表3)。現在、各国のインフレ率が沈静化し、緩慢な景気が続くなかで、各国中銀は利上げ局面を終了している。なお、ベトナムについては不動産市場の低迷により経済の減速傾向が強まる中、2023年3月から4カ月連続で政策金利を引き下げるなど周辺国に先行して金融引き締めに動いている。

先行きは米国の利下げに追随する形で金融緩和に動く国が増えると予想する。当研究所では2024年6月に米国が利下げサイクルに転じると予測している。昨年から積極的な金融引き締めを実施してきたインドネシアとフィリピンは米国に追随する形で今年半ばに金融緩和に踏み切ると予想する。またタイは足元の景気回復の遅れを考慮して、周辺国に先行して調整的な利下げを開始すると予想する。なお、マレーシアとベトナムは景気・物価動向を見極めながら年内は金融政策を据え置くと予想する。
(経済見通し:輸出底打ちで緩やかな景気回復軌道に復帰)
2024年の東南アジア5カ国は輸出と製造業が持ち直して景気回復局面が続くものの、サービス業の増勢が鈍化して実体経済は盛り上がりに欠ける展開となるだろう。

まず外需については、低迷していた財輸出が底打ちすると予想する。昨年シリコンサイクルが回復に転じ、世界的な製造業の調整局面が一巡して好転しつつあり、各国で電気・電子機器を中心に財輸出が増加するとみられる。またアジア地域はインバウンドがコロナ禍からの回復の途上にあり、2024年もサービス輸出の持続的な拡大が続くだろう。もっとも2024年は世界経済の減速が予想されるため、財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなりそうだ。
(図表4)実質GDP成長率の見通し 内需は堅調を維持すると予想する。民間消費はインフレの軟化や観光業と製造業の回復に伴う労働市場の改善により家計の購買力が向上して堅調に推移するが、ペントアップ需要の一巡により増勢は鈍化するだろう。また投資は各国政府の大型インフラ整備計画の継続や輸出型製造業の設備投資の持ち直し、そしてサプライチェーンの多様化による東南アジアへの直接投資の流入などが下支えとなり底堅い伸びが続くと予想する。2024年はタイとインドネシア、フィリピンが金融緩和に舵を切ると予想するが、年内はこれまでの金融引締めの累積効果が家計・企業の活動を圧迫するだろう。

以上の結果、2024年は輸出と製造業が持ち直して各国で成長率が上昇すると予想する(図表4)。2024年の成長率の上昇幅は輸出主導経済であるベトナム、マレーシア、タイで高くなる。一方、内需主導経済のインドネシアとフィリピンは概ね横ばいの成長となるだろう。

2.各国経済の見通し

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は、2022年はコロナ禍からの経済活動の正常化により通年の実質GDP成長率が前年比+8.7%(2021年:同+3.3%)と急上昇したが、2023年は輸出低迷やペントアップ需要の押し上げ効果の剥落により同+3.7%と低下した。2023年10-12月期の成長率は前年同期比+3.0%と、7-9月期の同+3.3%から小幅に低下して景気の減速傾向が続いている(図表5)。

10-12月期は輸出が低迷して緩慢な成長にとどまった。財貨輸出(前年同期比▲12.3%)は中国経済の不調が続き電気・電子や石油化学など輸出指向型の製造業が振るわず4期連続のマイナス成長となった。サービス輸出(同+37.3%)は大幅な増加が続いたが、財貨輸出の落ち込みを相殺するには至らなかった。内需は、民間消費(同+4.2%)が前年同期の高いベース効果により前期の+4.6%から低下したが、雇用・所得環境の改善やインフレ圧力の軟化を受けて底堅い成長となった。また総固定資本形成(同+6.4%)は増勢が加速した。外需の悪化や借入コストの上昇などにより企業の投資意欲が低下しており民間投資は同4.0%増と鈍かったが、複数年にわたる投資プロジェクトの継続的な実施により公共投資は同11.3%増と好調だった。

先行きのマレーシア経済は、2024年は前年同期のベース効果の影響が和らぐなか、堅調な内需と輸出の回復により景気が上向くと予想する。外需は半導体需要の回復により電気電子セクターが持ち直して輸出が回復に向かうと予想されるほか、外国人観光客の増加によるサービス輸出の持続的な拡大が見込まれる。もっとも世界経済の減速により財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなるだろう。民間消費は観光業の回復による労働市場の安定や賃金上昇、政府の低中所得層に対する生活支援策が下支えとなるが、インフレの加速を受けて増勢が鈍化しよう。また投資は東海岸鉄道線(ECRL)およびセントラル・スパイン・ロード(CSR)など進行中のインフラ計画の進展や政府の新産業マスタープラン(NIMP2030)の下でのイニシアチブの実施が追い風となり景気の牽引役となるだろう。もっとも政府は奢侈税の導入やサービス税率の引き上げなどにより財政再建を図る計画であり、インフラ投資を除くと財政政策による景気のサポートはあまり期待できないだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が2022年5月から段階的に利上げを実施し、政策金利を1.75%から3.00%まで引き上げた後、現在5会合連続で据え置いている(図表6)。1月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.5%と、昨年8月から低めの水準で推移しているが、先行きは景気回復に伴い上昇に転じるなか、3月のサービス税の引上げや7月以降の燃油補助金制度の導入も物価押上げ要因となり、年末にかけて+2%台に上昇するだろう。従って、マレーシア中銀は景気回復とインフレ加速の動向を見極めつつ、年内は政策金利を現行水準で維持すると予想する。

実質GDP成長率は2024年が輸出回復により+4.2%(2023年:+3.7%)と上昇すると予想する。
 
(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表6)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は2022年にコロナ禍からの経済活動の正常化が進む中、通年の成長率が前年比+2.5%に加速したが、2023年は輸出低迷や公共投資の低迷により成長率が同+1.9%に低下した。2023年10-12月期は成長率が+1.7%と、7-9月期の同+1.4%から上昇したものの、3四半期連続の1%台の成長となり、低調な景気が続いている(図表7)。

10-12月期の成長率上昇は主にインバウンド需要の回復による影響が大きい。10-12月期の外国人観光客数は809万人とアジアからの観光客を中心に増加してサービス輸出(同+14.7%)が二桁増だった。観光業回復に伴う雇用情勢の改善や政府による燃料価格の引下げ、ディスインフレによる家計の実質購買力の向上が追い風となり民間消費(同+7.4%)も好調だった。また財貨輸出(同+3.4%)は5四半期ぶりに増加した。インドによるコメの輸出規制を受けてタイのコメの出荷が大きく伸びた。一方、投資(同▲0.4%)は低迷した。タイでは昨年の新政権発足により政治の不透明感が和らぎ民間投資(同+5.0%)が回復したものの、2024年度政府予算編成の遅れにより公共投資(同▲20.1%)が急減した。また政府消費(同▲3.0%)もコロナ関連の医療費支出が減少して6四半期連続のマイナス成長となった。

先行きのタイ経済は、観光業の持続的な拡大と新政権の景気対策による内需の回復により景気が上向くと予想する。外需は、財貨輸出が世界的な製造業の調整局面の一巡により増加に転じると共に、中国人などを対象としたビザ免除措置によって外国人観光客数が増加してサービス輸出の持続的な回復が見込まれる。もっとも世界経済は減速するため、財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなるだろう。民間消費は観光業の回復に伴う労働市場の改善、新政権の景気対策(1万バーツのデジタル通貨給付や燃料価格の引下げ、最低賃金の引上げ等)を受けて堅調に推移するとみられる。公共投資は2024年度予算の承認が遅れて一時的に停滞するが、予算執行の開始と共に大きく加速してGDPを押し上げるだろう。民間投資は輸出や公共投資の増加を受けて持ち直しと予想する。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が2022年8月から8会合連続の利上げにより政策金利を0.5%から2.5%まで引き上げた後、2会合連続で金利を据え置いている(図表8)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比▲0.8%となり、新政権によるエネルギー価格の引き下げ措置や需給の緩和からマイナス圏で推移している。先行きのインフレ率は最低賃金の引上げや内需の回復を受けて年後半に+2%まで上昇すると予想する。タイ中銀は先行きの景気回復を予想して利下げの可能性を否定してきたが、足元の景気回復の遅れを考慮して4月に0.25%の利下げ、その後も1回の追加利下げを実施した後、しばらく金利の据え置きを続けると予想する。

実質GDP成長率は2024年が+2.7%(2023年:+1.9%)と上昇すると予想する。
(図表7)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)タイのインフレ率と政策金利
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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