2024年03月12日

主要国の生保相互会社の状況-各国で株式会社と相互会社の競争と共存が定常化-デジタル化等の流れを受けた新しい萌芽も登場-

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2|新たなデジタル化 web3の中で、発足したミューチュアルを名乗る組織
インターネットの登場で情報アクセスが容易になったweb1の時代(1990年代~)、SNS等での双方向のコミュニケーションが可能となったweb2の時代(2000年代~)を経て、2020年代に入り、ブロックチェーン技術を基盤とするweb3という概念が台頭してきた。
 
ブロックチェーンは、データを格納したブロック(台帳)を作成し、これを時系列にチェーン状につなげて記録していく仕組みの技術である。ブロック内のデータを改変することは困難で、取引の実行履歴も公開されるため、透明性が高く、不正の実行は難しい。web2が情報の管理を特定の主体に委ねる中央集権型であったのと異なり、web3は情報が格納された台帳を各参加者が共有する分散型である。

ブロックチェーン上に、契約内容をプログラム化し契約が自動的に実行されるスマートコントラクト(契約)を組み込んで、金融や保険の取引を自動的に処理し、介在する金融機関や保険会社の存在を極力小さくする分散金融(DEFI:Decentralized Finance)も現れてきた。

特定の管理主体なしに、利用者が一定の役割を果たし、契約に関するすべての手続が自動的に実行され、自律的・自動的に組織が運営される自律分散型組織(Decentralized Autonomous Organizations:DAO)も登場した。DAOでは、組織に関わる人に暗号資産の一種である「トークン」を割り当て、トークンをベースに、「参加者全員での意思決定」や「報酬の配分」が行われる。この形式は、相互会社に似ているようである。

こうした流れの中、DAOの体裁をとる保険事業体ネクサスミューチュアルが、その名前にミューチュアル(相互会社)を冠して登場した。

同社は、英国で2017年に設立された、スマートコントラクトに関する金銭的損失からユーザーを保護することを事業とする会社である。同社は自らを「保険」ではなく「保険の代替手段」と表現している。ネクサス ミューチュアルは、英国の会社法で認められた会社形態の1つである保証有限責任会社(Company Limited by Guarantee:CLG)として設立され、100年を超える歴史のある制度である「裁量的相互会社」の1つとして運営されている。この形式の中では、持分権者はメンバーと呼ばれ、メンバー総会で1人1票の投票権を持つ。他方、会社の債務に対し一定の保証を提供する責任も負っているが、ネクサスミューチュアルはこの保証額をメンバー1人当たり1ポンドと定めているので、万が一会社が資金不足に陥った場合でも、各メンバーが負担する保証金は1ポンドのみである。裁量的相互会社は、一つの法人格の中で、メンバーどうしが相互に取引を行うことができる法的組織となっており、メンバーどうしで行われる補償は、保険とはみなされない。したがって、保険の規制は適用されないとされている。

ネクサスミューチュアルは、独自のトークンであるNXMを作成し、保険料や保険金の支払いに使用するほか、保険引受や保険金請求の決定における議決権のベースとしても使用している。

NXMを購入して会費を支払い、本人確認手続きを経れば、誰でもネクサスミューチュアルのメンバーになることができる。メンバーは、NXMを使用して、補償に必要な一定額の手数料(≒保険料)を支払い、保険を購入できる。会社は資金をリスク共有プールに保持しておき、それらの資金を使用して補償を支払う。

バグやハッキング等によりスマートコントラクトが適正に実行されず損害を被った場合に保険金支払対象となる。保険金支払の可否はメンバーの投票によって決定される。メンバーは、ガバナンスの問題について投票することもできる。
 
ただし、ネクサスミューチュアルの運営は100%メンバーの投票のみで行われているわけではない。会社の創設者と業界の専門家からなる諮問委員会が、セキュリティや法律・規制の問題に取り組んでいたり、補償の価格がリスク評価者と呼ばれるメンバーによって決定されるなど、専門家による運営があわせ加えられている。その点では100%のDAOではない。

ネクサスミューチュアルは、スマートコントラクトに関するハッキングやバグによる損失の補償という生命保険からは程遠い補償領域を対象に事業を行う会社であるが、今後、中長期的には、ブロックチェーンベースで生命保険事業や医療保険事業に乗り出す会社が、ネクサスミューチュアル様の体制で参入することは十分に考えられる。こうした形式で、新しい形の相互会社が生まれてくる可能性がある。帰趨を見守りたい。

5――さいごに 

5――さいごに 

以上、見てきたように、世界各国で、相互会社の数は減ってきているが、今日の状態は、ある種、安定期に入っており、株式会社と相互会社の競合と共存が果たされているように見受けられる。

各国の相互会社は、株式会社型の経営手法も織り混ぜながら、生き残りと成長を目指している。

例えば、わが国では、株式会社生保が相互会社との競争の中で、契約者配当付きの商品の提供を続けているように、異なった行動原理を持つ相互会社と株式会社が競争を行えば、各々の特性をお互いに意識しつつ、経営と競争が行われることとなり、双方の経営の革新が進んでいくことも期待できる。中国の監督当局が相互会社に期待するところも、そのあたりにありそうである。

また、最近の動きで見たように、デジタル化の進展は相互会社のあり方にも大きくインパクトを与えることになりそうである。

今後の動きに注目したい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2024年03月12日「基礎研レポート」)

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