2024年03月12日

主要国の生保相互会社の状況-各国で株式会社と相互会社の競争と共存が定常化-デジタル化等の流れを受けた新しい萌芽も登場-

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3――最近の相互会社の経営危機

近年の相互会社にまつわる不祥事、経営問題としては、以下の2件を挙げることができる。

1|世界最古の相互会社エクイタブル(英国)の経営危機
世界で最初に近代的生保事業を開始したエクイタブル生命は、世界最初の相互会社でもあった。

エクイタブルは1998年に、過去に販売した退職所得商品の利率保証を履行できないことが発覚し、2000年末に新規契約の販売を停止、2001年に営業部門を売却して、自らは既存の販売済み契約の管理会社となった。その後、英国では、エクイタブル経営者の放漫経営や監督当局の監督責任を問う、一種のスキャンダルが発生した。

英国政府は、エクイタブルの(元)保険契約者が被った損失の補償を行うため、2010年に、エクイタブルライフペイメントスキームを開始し、2015年末まで継続した。

約100万人の(元)保険契約者が、この制度から補償の支払いを受ける有資格者とされた。英国政府は有資格(元)保険契約者の損失合計額を41億ポンドと試算したが、財政負担の重さ、(元)保険契約者への公平性、納税者への公平性のバランスを考慮した結果、補償に使用する公的資金の適切な金額は最大15億ポンドと、判断を下した。
 
英国政府の総括では、2016年8月末現在で、この制度から、有資格(元)契約者の9割超、93万2,805人に、総額11億2,000万ポンド強の補償が支払われた。

英国政府は、有資格(元)保険契約者全員への補償支払いを目指して、大規模な契約者の住所追跡作業や告知キャンペーンを実施したが、2016年7月末時点で、10万7,647人の保険契約者への補償が未支払いのままとなって、制度は終了した。

その後も、保険契約を継続した約30万人の契約の管理組織として存続してきたエクイタブルは2018年6月に、残存契約をリライアンス(当時、2019年3月にアトモストライフ:Utmost Lifeへと改称)に移転して、管理業務を終息することを発表、2020年1月1日に残存していた全契約をアトモストライフに契約移転して、解散した。

この契約移転に伴い、有配当保険の契約者は保険金額の増額措置を受けた。また、それまで契約者に与えられていた利回り保証は廃止され、保険契約はユニット連動型の保険契約に転換された。
2|インドネシア唯一の相互会社ブミプトラ1912(インドネシア)の経営不祥事 
ブミプトラ1912は、インドネシア最古の生保会社で、インドネシア唯一の相互会社でもある。

同社の経営危機が注目され始めたのは2013年頃からだが、アジア通貨危機の1997年には危機が発生し、以降25年間、問題を抱え続けてきたのが実態だという。この間、保険監督当局から経営改善要求を受けたことは数多いが、真摯に対応されたことはなかった。

そうした状況の背後には、同社がインドネシア唯一の相互会社であることがある。例えば90年代後半以降に精緻化されたインドネシアの財務健全性規制において、相互会社への適用の仕方が研究されたことはなく、ブミプトラ1912は実質的にその適用の埒外の存在となっていた。これが結果的に経営改善の機会を奪った。投機的な不動産取引等が損失を生み、債務超過状態に陥り、保険金の支払いも滞った。

報道によれば、インドネシアの保険監督当局であるOJKの担当官は、報道記者に対して、OJKはブミプトラに対して多くの改善策の指示を出していたが、その内容が、適切に実行されることはなかったと語ったとのことである。その中には、資本を注入する戦略的投資家を探して、株式会社化するという案もあったが、これも実現しなかったとされている。

OJKは2023年、ブミプトラが作成した、資産売却、保険契約者に支払う保険金の平均50%弱の削減等からなる財務改善計画を承認したが、以降1年の間に、同計画の見直しが論じられる事態になっており、同社の再生への道のりは見えていない。

ブミプトラは、2027年までに会社が健全な状態に戻るか、リスクベースキャピタル (RBC)が100% を超えることを目標としていると説明しているが、ブミプトラのリスクベース資本(RBC)比率は2023年末でOJKの基準である120% を大きく下回っており、あらゆる財務指標が悪化の一途をたどっているとの報道が行われている。保険金の削減を盛り込みながらも、債務不履行ではなく支払いの遅延であり、したがって、経営破綻していないとの主張をブミプトラは述べているとも言う。

一方で、相互会社は所詮、保険契約者が保有する会社なのであるから保険契約者が責任を持つべきとの考え方も、保険会社、監督当局、双方の動きの中に散見される

相互会社がよくわからない組織と捉えられて、埒外に置かれることの弊害が見て取れる事案であろう。

4――相互会社に関連する新たな動き

4――相互会社に関連する新たな動き

これまで、米国や日本では新たな相互会社の設立はないだろうと考えられてきた。例えば、米国で大学の保険論の教科書に使われることもある、ブラック/スキッパー著『生保会社第12版(安井信夫監訳)』には、設立当初の資金調達が極めて限られている上、事業開始の要件がたいへん厳しいことから、「新しい生保相互会社を設立するためのこれらの困難があまりに大きいので、長年にわたって米国では何も設立されず、新しい保険相互会社が設立される見込みはない。」とされている。
1|中国で新たに相互保険組織が発足
しかし、近年、膨大な人口と経済成長を背景に、急速に保険市場の規模が拡大してきた中国で、新たな相互会社が4社、発足している。中国政府は、金融危機を経て、特に金融包摂の面から、世界的に再評価が進んだ相互会社に目を向けるようになったようである2

2015年2月、中国の保険監督当局は、パイロットスキームとしての『相互保険組織』の設立を認め、その運営要領を定めたガイドライン、「相互保険組織の監督・管理試行弁法」を発出した。

同ガイドラインと日本における相互会社制度とのいちばんの違いは、同ガイドラインが相互保険組織の設立時にその運転資金(日本の場合は基金)を提供する資金拠出者について、「主要発起会員」として会員(日本の場合は社員)であることが求められている点であろう。主要発起会員は、相互保険組織設立のための当初運転資金を拠出する責任を担う。なお組織設立時の一般会員である「一般発起会員」は、相互保険組織の設立後、保険に加入しなければならない。

相互保険組織の意思決定機関は、日本と同様、会員全員が参加する会員大会または代表による会員代表大会とされている。会員大会では、全ての会員がそれぞれ一票の議決権を持つ。会員大会または会員代表大会の決議は、会議に出席した会員または会員代表の過半数の賛成により承認される。ただし、定款変更や合併、分割、解散の決議等の重要案件は会議に出席した会員あるいは会員代表の4分の3以上の賛成によって承認される。
 
2016年6月、中国の保険監督当局は、3つの相互保険組織に設立許可を出し、3社は1年後の2017年に正式に開業した。これにより、以前より特例的に認められていた1社とあわせ、中国に相互会社が4社存在することとなった。そのうちの1社、信美人寿相互保険社が生命保険相互会社である。
 
2 スイス再保険はシグマレポート『21世紀の保険相互会社:バック・トゥ・ザ・フューチャー?(sigma No 4/2016)』の中で、「2015年に中国の保険当局は、保険普及率を高め、社会的結束を高める策として、保険相互会社の予備計画を推進するための規則草案を起草した。一般的に言って、金融危機後の規制当局や政策担当者は、金融市場における組織形態の多様化がもたらすメリットを認識するようになってきており、これが保険相互会社の評価を高めている。』と、中国における相互保険組織の導入を紹介している。
 また、IAIS(保険監督者国際機構)も、2017年9月に公表した『保険市場へのアクセス拡大における、相互会社、協同組合、およびコミュニティベース組織(MCCOs)の規制および監督に関する適用文書』の中で、「ピッツバーグコミュニケ(2009年9月)において、G20首脳は、『貧困層に到達できる新しい金融サービス提供方式の安全かつ健全な普及の支援』を含む『貧困者のための金融サービスアクセス改善』を約束した。多くの国は、MCCOsが市場の活発な部分としてこれらの目標を達成する一つの方法であり得ることを経験している。例えば、2015年1月、中国保険監督管理委員会は、中国における相互組織の開発のパイロットスキームを発表した。この制度は、ガバナンスにメンバーが強く参加する非営利組織としての相互組織の利点を活用して、より多くの中国の人民に保険保護を拡大することを目指している。」と記述している。
信美人寿相互保険社の概要 
信美人寿の設立時の当初運転資金は10億元、インターネットコマース大手のアリババ集団の金融子会社である蟻金融服務集団(アント・フィナンシャル)、アント・フィナンシャルが筆頭株主である天弘資産管理、ベンチャーキャピタルの国金鼎興等、9社が主要発起会員となって設立された。

主要発起会員による初期運営資金の拠出割合は、一見してアリババが大きな影響力を持つことがわかる状況となっている。制度上、主要発起会員は特別な地位を与えられているわけではないが、実態的には主導的な立場でアリババが経営していけそうであり、実際、アントフィナンシャルの出身者が経営陣に加わっている。なお信美人寿は、2021年末に1億7,600万元の運転資金の増額を実施し、運転資金の拠出者が1社加わっている。

2017年5月の開業以来、同社は「デジタル+相互システム」を旗印に、「全面的デジタル化」と「会員中心主義」という2つの基本戦略を打ち出して、急速に成長した。2020年に黒字化を達成し、2022年まで3年連続で黒字を維持し、2022年に初めて累積黒字を達成した。

・2020年、年間保険料収入35億元、純利益6900万元
・2021年、年間保険料収入66億2,600万元、純利益2億1,400万元
・2022年、年間保険料収入67億1,000万元、純利益4,173万元

同社は、インターネット販売に積極的に取り組み、販売実績の多くがインターネット・チャネルを通じて販売されているという。また保険金の請求も多くがインターネット経由で行われている。

アリババグループが最大の主要発起会員である新美人寿では、従来の伝統的・自然発生的な相互扶助団体としての牧歌的な相互会社のイメージを払拭し、IT、AIを駆使する最先端保険会社としての相互会社運営が行われているようだ。

中国市場で先行する株式会社組織の大手生保会社が伝統的な代理店チャネルや重要市場を支配しているため、新規参入社は、革新を追求しなければならないという側面もある。規制当局が期待する保険市場として未開拓な領域に低価格で参入する会社であるためには、テクノロジーをフル活用して、コストと所要時間の引き下げを図ることは合理的でもあるだろう。
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松岡 博司

研究・専門分野

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