2024年03月11日

米国経済の見通し-予測期間において景気後退は回避を予想

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)10‐12月期の成長率は前期から低下も個人消費主導で堅調を維持
米国の23年10-12月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+3.2%(前期:+4.9%)と前期からは低下したものの、2%弱の潜在成長率を大幅に上回るなど堅調な伸びを維持した(図表1、図表8)。

需要項目別では、設備投資が前期比年率+2.4%(前期:+1.4%)、外需の成長率寄与度が+0.3%ポイント(前期:横這い)と前期から伸びが加速した。

一方、住宅投資が前期比年率+2.9%(前期:+6.7%)、政府支出が+4.2%(前期:+5.8%)と前期から伸びが鈍化したほか、在庫投資の成長率寄与度が▲0.3%ポイント(前期:+1.3%ポイント)と前期からマイナスに転じるなどマチマチの動きとなった。

このような中、当期が堅調な伸びを維持した要因はGDPのおよそ3分の2を占める個人消費が前期比年率+3.0%(前期:+3.1%)と前期並みの堅調な伸びを維持して成長率を+2.0%ポイント押し上げたことが大きい。

米国では雇用増加を背景に可処分所得が個人消費を上回る伸びとなっており、個人消費を下支えしている。実際に非農業部門雇用者数は23年10-12月期の月間平均増加ペースが+21.2万人と23年通年の+25.5万人からは鈍化したものの、コロナ禍前の1年間(19年3月~20年2月)の月間平均増加ペースの+18.7万人を依然上回っている(図表2)。

また、実質可処分所得(前年同月比)は23年10月~12月平均が+4.1%と実質個人消費の同+2.7%を上回り、消費の下支え要因となっている(図表3)。
(図表2)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表3)実質可処分所得および実質個人消費(前年同月比)
もっとも、堅調な個人消費の持続には黄色信号が灯っている。24年1月の実質可処分所得は+2.1%に低下しており、実質個人消費と同程度の伸びに留まった。

個人所得と個人消費のデータを用いて、新型コロナ流行前のトレンドラインと実際の個人所得、個人消費の差から推計される累積の過剰貯蓄額は、21年には1.9兆ドルに増加して個人消費の下支え要因となっていたが、直近(23年10-12月期)は▲870億ドルのマイナスに転じており、下支え効果は剥落している(図表4)。

さらに、自動車ローンやクレジットカードローン残高の大幅な増加にみられるように低所得層を中心に個人消費の原資として借金を利用する傾向が強くなっている。そのような中で自動車ローンとクレジットカードローンの30日延滞率は足元で急激に上昇しており、クレジットカードが11年以来、自動車ローンが10年来の水準となるなど、借金を利用した個人消費の伸びは今後鈍化するとみられる(図表5)。
(図表4)家計の累積過剰貯蓄試算/(図表5)消費者ローン残高および延滞率(30日)
一方、FRBによる大幅な金融引締めの効果もあって、前年同月比でみたインフレ率の低下基調が持続している。消費物価指数(CPI)の総合指数は22年6月に+9.1%のピークをつけた後、24年1月が+3.1%となった(図表6)。物価の基調を示すエネルギーと食料品を除いたコア指数も22年9月の+6.6%をピークに1月が+3.9%へ低下した。もっとも、FRBが物価目標としている2%の水準を依然として大幅に上回っている。また、前月比では総合指数、コア指数ともに前月から伸びが加速しており、下げ止まりを示している。

そのような中、23年12月のFOMC会合後の記者会見でパウエル議長が「政策金利が既にピークに達している、もしくは非常に近い」と発言したことなどから、24年1月上旬にはフェデラル・ファンド(FF)金利先物に基づく3月会合での利下げ確率が8割近い水準となるなど、金融市場は早期の利下げを織り込む動きとなった(図表7)。しかしながら、24年1月以降に発表された消費者物価が市場予想を上回ったほか、1月FOMC会合後の記者会見でパウエル議長が3月会合で利下げされる可能性が低いことに言及したことに加え、1月会合の議事要旨で政策担当者の大半が尚早な利下げに対する懸念を示していたことが明示されたことから金融市場の早期利下げ観測は後退している。足元は3月会合での利下げ確率が2%程度となっている一方、6月会合の利下げ確率は足元67%となっており、金融市場は利下げ開始が早くても6月以降との見方が強まっている。
(図表6)消費者物価指数/(図表7)金融市場が織り込む利下げ確率
(経済見通し)成長率は24年が+2.3%、25年が+1.6%を予想。
当研究所は経済見通しの策定にあたっての前提として、引き続き金融のシステミックリスクが限定的とした。米国では商業用不動産市場の悪化を背景に地銀のニューヨーク・コミュニティ・バンコープ(NYCB)が赤字に転落して株価が大幅に下落するなど、商業用不動産融資の比率が高い地方銀行への影響が懸念されている。今後商業用不動産市場の動向次第では金融システム不安が高まる可能性はある。もっとも、S&P500株価指数の地銀株インデックスはシリコンバレー銀行の破綻をきっかけに広がった金融システム不安を背景に下落した23年春先に比べて堅調を維持しており、金融システム不安は広がっていない。このため、今後の商業用不動産市場の動向は注意する必要があるものの、今回の見通しを策定する上で金融のシステミックリスクは限定的とした。

また、今年11月に予定されている大統領選挙でトランプ氏が再選されればバイデン政権下で実施されている経済政策が大幅に軌道修正される可能性があり、米国経済見通しに与える影響が大きい。しかしながら、現状ではトランプ氏が2期目に実施する経済政策などについて不透明な部分が大きいことから、今回の経済見通しでは経済政策の大幅な修正は見込まない前提とした。

それらの前提の下、米国経済はこれまでの累積的な金融引締めの影響から、今後は失業率の上昇を伴う労働市場の減速を受けて個人消費を中心に24年春先から半ばにかけて景気減速が見込まれる。その後はインフレが緩やかに低下する中、FRBが金融緩和に転じることもあって25年にかけて景気は緩やかに回復しよう。

実質GDP成長率は四半期ベースで24年4-6月期が前期比年率+1.2%、7-9月期が+1.1%に減速した後、24年10-12月期の+1.4%から上昇に転じ、25年は+1.7%に回復を見込むものの、予測期間を通じて潜在成長率(2%弱)を下回る成長に終始しよう(図表8)。
(図表8)米国経済の見通し
通年の成長率(前年比)は24年が+2.3%と23年見込みの+2.5%から小幅低下するほか、25年は+1.6%に低下しよう。24年半ばの景気減速にもかかわらず23年からの成長率の低下が小幅に留まる要因は、23年10-12月期の成長率が堅調であったことによるプラスのゲタの影響が大きい。

物価は、住居費や賃金上昇率の低下から、25年末にかけてコアインフレ率は前年同月比で+2%台前半まで緩やかに低下しよう。一方、当研究所は原油価格が足元の80ドル割れの水準から24年半ばに82ドルまで小幅上昇した後、25年末にかけて同水準で横這い推移すると予想している。このため、総合指数もエネルギー価格の物価押上げの解消に伴い、コアインフレ率同様、25年末にかけて低下基調が持続しよう。これらの結果、当研究所はCPIの総合指数(前年比)が23年見込みの+4.1%から、24年に+2.6%、25年に+2.3%に低下すると予想する。

金融政策は、足元で労働市場が堅調を維持する一方、市場予想を上回るインフレ率が続いているいることから、FRBはインフレ動向を慎重に見極め、利下げ開始は24年6月を予想する。その後は、25年末にかけて3ヵ月に1度のペースで利下げを継続しよう。バランスシート政策は米国債とMBSの合計で毎月950億ドルの減少ペースを当面は維持した後、24年半ば以降はMBSを中心に削減ペースを縮小すると予想する。

長期金利は24年1-3月期平均の4.2%から、インフレ率が低下する中、金融緩和が継続することから、25年10-12月期の同3.4%まで緩やかに低下しよう。

上記見通しに対するリスクは、インフレ高進による政策金利の上振れに加え、24年の議会・大統領選挙の結果を受けた政治の機能不全や政策の予見可能性の低下が挙げられる。

インフレに関しては今後、ウクライナ侵攻や中東情勢の緊迫化などを背景にエネルギー、食料品価格などが再び急騰することや、労働需給の逼迫が長期化し賃金が高止まりすることなどによってインフレ高進が長期化する可能性がある。その場合には、政策金利の引上げ再開や金融引締め期間が長期化し、これまでの累積的な金融引締めの影響に加えて、さらなる金融引締めの効果から、需要が大幅に抑制されることで将来の景気後退リスクが高まろう。

また、今後11月に議会選挙では上院で共和党が有利とみられる一方、下院では民主党が有利とみられており、25年以降も上下院で多数政党が異なるねじれ議会が続く可能性がある。その場合には議会が与野党対立の先鋭化から議会が機能不全に陥り、政府閉鎖や債務上限の引上げで合意できないことによる米国債デフォルトリスクが高まることが懸念される。
(図表9)支持率(バイデン-トランプ) さらに、大統領選挙では4件で刑事訴追されているにも関わらず、トランプ前大統領が共和党候補となることが確実で16年に次いでバイデン氏対トランプ氏の対決となる可能性が高くなっている。バイデン氏とトランプ氏による再戦となった場合、両氏の全米レベルの支持率を比較すると足元でトランプ氏優位の傾向が強まっている(図表9)。さらに、接戦州とされる6州1でもトランプ氏がバイデン氏を支持率でリードしており、現状ではトランプ氏が再選される可能性が高まっている。仮にトランプ氏が再選される場合には、トランプ氏の思い付きで政策が提示され、政策の予見可能性は大幅に低下することから、米国経済に悪影響を及ぼそう。
 
1 ネバダ州、ジョージア州、アリゾナ州、ミシガン州、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州

2.実体経済の動向

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場、個人消費は緩やかに減速の予想
非農業部門雇用者数は23年12月~24年2月の月間平均増加ペースが+26.5万人と23年通年の同25.1万人を上回るなど足元で堅調な雇用増加が続いている。また、24年1月の求人数は886万人と3ヵ月連続で概ね横這いとなった(図表10)。また、求人数と失業数の比較でも失業者1人に対して求人数が1.5と23年10月の1.4から上昇するなど、労働需要は引き続き堅調を維持している。

失業率は24年2月が3.9%と22年1月以来の水準に上昇するなど労働需給が緩和する兆しがみられているものの、依然として過去に比べて低水準を維持しており、労働需給は逼迫している。

一方、時間当たり賃金(前年同月比)は24年2月が+4.3%と22年3月につけたピークの+5.9%からは低下したものの、労働需給の逼迫を背景にFRBの物価目標と整合的な賃金上昇率とみられる3%台半ばの水準を引き続き上回っている(図表11)。また、賃金・給与に加え、給付金を反映した雇用コスト指数も同様に22年10-12月期の前年同期比+5.1%からは低下しているものの、23年10-12月期が+4.2%と時間当たり賃金同様、物価目標と整合的な水準を上回っている。
(図表10)求人数および求人数/失業者数/(図表11)賃金上昇率および失業率
労働市場は足元で雇用の伸びが加速するなど堅調を維持しているものの、累積的な金融引締めの影響もあって今後は再び減速傾向に戻るとみられる。このため、労働需給の緩和から、賃金上昇率は緩やかな低下が見込まれる。もっとも、労働需給は依然逼迫する中で賃金上昇率の低下は緩やかに留まっており、FRBの物価目標と整合的な水準に低下するには暫く時間を要するだろう。
(図表12)小売売上高 一方、個人消費に関連して24年1月の小売売上高は前月比▲0.8%(前月:+0.4%)と広範な分野の減少を反映して23年3月以来の落ち込みとなった(図表12)。また、GDPにおける財消費との連動性が高い自動車、ガソリンスタンド、建材、食品サービスを除いたコア小売売上高(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は1月が年率+2.8%(前月:+3.4%)となっており、堅調な維持した10-12月期から足元で個人消費のモメンタムが低下している可能性を示唆している。

当研究所は、個人消費の堅調を支えてきた労働市場の減速が見込まれることに加え、前述のように過剰貯蓄やクレジットカードの延滞率など個人消費を取り巻く環境は厳しさを増していることから、今後個人消費の減速は不可避とみられる。当研究所はGDPにおける実質個人消費(前年比)は23年見込みの+2.2%から24年は+2.1%、25年が+1.6%へ低下を予想する。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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