2024年02月29日

マイナス金利政策を撤廃した際の長期金利水準を推定する-日銀の金融緩和政策による長期金利の下押し効果の測定

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――各金融政策による日本国債金利(10年物)に対する押し下げ効果の測定(2024年1月末時点)

日本銀行の金融緩和解除で長期金利はどの程度上昇するか-日銀の金融緩和政策による長期金利の下押し効果の測定」のモデル設定に修正を加えて、長期金利の適正水準(理論値)を計測したところ、2024年1月末時点で1.74%であった(図表1)。財務省のデータによると2024年1月末時点の長期金利は0.737%であったので、日本銀行の一連の金融政策によって長期金利が1.0%程度押し下げられていることになる。この評価結果に基づくと、需給によって一時的に上下することはあるだろうが、現時点で日本銀行がすべての金融政策を解除すると、この押し下げ効果が剥落することで1.0%くらいの長期金利の上昇が生じる可能性について留意しておくべきということになる。

また、上記のモデル設定では、日本銀行の金融政策に伴う長期金利の下押し効果を「日銀のバランスシート拡大の効果」「物価安定の目標の導入効果」「マイナス金利政策の導入効果」「イールドカーブコントロール(YCC)とオーバーシュート型コミットメントの導入効果」に分けて計測している。それぞれ「日銀のバランスシート拡大の効果」が0.655%、「物価安定の目標の導入効果」が▲0.095%1(※)、「マイナス金利政策の導入効果」が0.225%、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」が0.215%となっている。
 
1 マイナスは押し上げ効果を表す。

2――日本銀行が「金融緩和政策を維持してきた」効果

2――日本銀行が「金融緩和政策を維持してきた」効果

海外の多くの先進国において金融引き締めに転じる中でも日本銀行は金融緩和政策を継続してきた。日本銀行は金融政策の正常化に舵を切らない理由として、「2%の物価安定の目標が達成された状況にない」「物価と賃金の好循環が必要」などの主にファンダメンタルズの側面から情報発信を行ってきた。しかしながら、本稿の分析結果を見るに、日本銀行が金融緩和政策を維持してきたのには他の理由もあるのではないかと推測している。

本分析によると、2022年春以降、海外の多くの先進国において金融引き締めに転じる中でも日本銀行が金融緩和政策を継続してきたことで、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」を中心に下押し効果を拡大したものと考えられる。つまり、本来であれば海外の金利上昇に伴って円金利も上昇するはずのところ、連続指値オペを導入するなどYCCを維持して円金利を一定水準に維持したことで下押し効果が拡大した。その後の2022年12月と2023年7月のYCCの修正(柔軟化)を受けて、この下押し効果が一部剥落して長期金利が上昇することになる。

バックワードに考えれば、最終的に金融政策の正常化や引き締め局面にある場合、短期金利の利上げが実行されることになる。日本銀行は「物価の安定」と「金融システムの安定」に貢献することをその目的にしているため、金融政策を実行するに際して、「物価の安定」だけではなく「金融システムの安定」ともうまくバランスを取ることが求められる。具体的には、短期金利は資金調達利回りと、長期金利は運用利回りと関連性が強いため、「金融システムの安定」という観点では、海外で生じたような逆イールド(長短金利の逆転現象)にならないようにすることが望ましい。そのためには、マイナス金利政策の解除やその後の利上げを実行する前に十分な長短金利差を確保しておく必要がある。
図表1:本稿のモデルを用いた長期金利に対する各金融政策の効果の推移
しかしながら、この問題意識に基づくと、米国が利上げを開始した2022年3月の時点では、長期金利は0.20%近辺で、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」による下押し効果も0.17%程度であった。仮にその時点でYCCを撤廃していたとしても長期金利の水準は0.37%程度にとどまり、マイナス金利政策の解除やその後の利上げにつなげるために十分な長短金利差を確保できる状況になかったと言える。その時点で「物価目標の達成」を宣言しても、同時にこれらの全ての金融政策が解除できる状況になく、少なくともYCCとマイナス金利政策にはタイムラグをもたせて解除する必要性があったものと推察できる。そこで日本銀行がとった選択は、海外と同様に金融政策の正常化や引き締めを実行するのではなく、金融緩和政策を維持することによる「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」による下押し効果の十分な確保だったのではないかと解釈することができる。結果的に、連続指値オペ通知など長期金利を抑制する政策を実行したことで、海外と日本の金融政策の方向性の違いを受けて、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」による下押し効果が拡大していくことになる。そして、その後の2022年12月と2023年7月のYCC修正(柔軟化)は、分析結果から「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」による下押し効果を逐次剥落させることにつながり、長短金利差が拡大に寄与することになる。

3――マイナス金利政策を解除した際の長期金利の水準

3――マイナス金利政策を解除した際の長期金利の水準

米国では、2024年1月に開催されたFOMCでは4会合連続で政策金利が据え置きになり、市場も今後の利下げを織り込むなど、海外において金融引き締めムードがひと段落している。日本では海外と日本の金融政策の方向の違いによって生じていた「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」の拡大も期待できない状況になりつつあり、これ以上の長短金利差の確保を期待するのは難しい情勢になってきている。しかも、海外が利下げに転じれば、海外と日本の金融政策の方向性が同じになり、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」による下押し効果も縮小してしまう可能性も考えられる。本稿で類推してきたように、日本銀行が金融政策の正常化を企図した上でこれらの政策をあえて実行してきたのであれば、海外が利下げに転じる前に、マイナス金利政策を解除するのは検討に値するものと思われる。その場合、これまでに確保してきた長短金利差をベースとしながら、マイナス金利政策の解除とその後の利上げ幅について検討していくということになるだろう。

そこで、本稿におけるモデル設定に基づいて、マイナス金利政策が解除されてゼロ金利政策に回帰した場合の長期金利の水準を推定した。マイナス金利政策の解除には「物価と賃金の好循環」が生じるなど、2%の物価安定の目標が達成されていることが必要条件になっているものと考えられる。ゆえに、物価目標の安定の達成が宣言され、マイナス金利政策が解除された場合、「物価安定の目標の導入効果」と「マイナス金利政策の導入効果」の両方が剥落することになるため、合計で0.128%程度の金利上昇が生じるものと見られる。このシナリオの場合、長期金利の目処は0.90%程度ということになる。

YCCの撤廃まで行われれば、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」も剥落するため、合計で0.343%程度の金利上昇が生じるものと推定される。さらにバランスシート縮小の見通しまで示せばバランスシート拡大による下押し効果(0.655%)も徐々に剥落していくことになる。ただし、これらの政策も含めて一斉に金融正常化に舵を切るのかという意味では、長短金利差の確保やマイナス金利政策解除に伴って生じると予想される市場変動を抑制することを目的にこれらの枠組みを維持する可能性について留意する必要がある。

4――ご参考:本稿の計測モデルについて

4――ご参考:本稿の計測モデルについて

本稿では、YCC導入時に日本銀行が公表した線形回帰モデル2を参考に、物価安定の目標や海外投資家の需給、2019年10月の消費増税も考慮に入れて各金融政策の効果測定を試みた。2007年11月から2024年1月までの月末データを用いて、日本国債金利(10年物)について重回帰分析を行うと以下のようになった。
日本国債金利(10年物)についての重回帰分析
 
2 「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証【背景説明】」(P.48)のモデルで、本稿の記法を用いると、次式のようになる。日本銀行のモデルでは、実質GDP成長率予想にコンセンサス・フォーキャストを使用しており、係数に差異が生じている。なお、*は1%有意、**は5%有意であることを示す。

3 「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証【背景説明】」の中で、「2014年入り後に1単あたりの国債買入れ効果が減少したと考えれば、統計的に良好な結果が得られることが分かった」とあり、本稿でもその結果を踏襲している。
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2024年02月29日「基礎研レター」)

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