2024年02月19日

バレンタインデー×積み立てサービス-消費の交差点(4)

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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3――「ご褒美消費」の神聖性と世俗性

チョコに限らず我々の消費は、モチベーションの維持や自身の労いを目的とした現在志向の強い「ご褒美消費」の側面が大きくなっている。特に日々精神的にも経済的にも満たされた生活者よりも、日々ストレスを感じる、経済的な余裕があまりないといった満たされていない消費者の方が、自身の収入と相対的に少し奮発したり、散在することで自身の精神的充足に繋げている傾向もみられる。鈴木(2012)7によれば「自分へのご褒美」消費(以下本レポートと表記を統一するためご褒美消費)は、1980 年代末から見受けられる消費行動で、働く女性が高級品や嗜好品を「頑張っている自分へのご褒美」として自分のために購入する消費を指していたという。1990 年代に入ると、「ご褒美消費」は時代の流行として働く女性の間で浸透し、2000 年代前半には、クリスマスに一年間頑張った自分へのご褒美として自分に贈り物をすることが、働く独身女性の間でブームとなるなど、「ご褒美消費」初期の主体は働く独身女性であったようだ8,9

鈴木はご褒美消費の分析を、女性雑誌を中心に行っている10が、女性雑誌は「ご褒美消費」に関する記事を書く上で、(1)特別な品を対象とする、(2)神秘性の付与、(3)個人化、(4)時間の特別化、(5)自己贈与化、(6)カリスマ・リーダーによる支持、の六つの戦術を利用していると指摘している。
表1 「ご褒美消費」の神聖性
それぞれ、普通の品から区別された特別性=神聖・神秘性の意味を付与、物と所有者の間に関係性を高め、自分化、年に一回という「価値のある」「意味のある」時間が神聖的な時間として特別化、贈り物は特別な消費、カリスマパワー(影響力)を持つ有名人によって「自分へのご褒美」消費そのものに意味を付与、といったように、「ご褒美消費」には商品やサービスが消費されると同時に、「神聖性」の文脈が織り込まれているというのだ。神聖性というと大げさな感じもしなくもないが、「特別な機会」「非日常的」「特別な理由」と言い換えればより納得できるだろう。

一方で、女性雑誌は、神聖な消費の意味創造戦術とは相反する(1)コモディティ品を対象とする、(2)低価格の強調、(3)時間の脱特別化、(4)脱自己贈与化、という戦術も取っていたという。それぞれ、自身を労うために自身が喜ぶ日用品=普通のモノを消費、高いモノだけがご褒美ではない、ご褒美は特別な事(時間)ではない、ご褒美消費は言わばただの買い物だから特別な事ではない、といったように
 
消費の特別感(神聖さ)を取り除いたり、神聖性と世俗性の意味を同時に展開させたりなどで、「自分へのご褒美」消費に対して世俗的な消費の意味を創造した

と、鈴木は指摘する。
表2 「ご褒美消費」の世俗化
昔は誕生日やクリスマスといった何か理由付けが必要だった「ご褒美消費」から、「理由付け=神聖性」が失われ、日々の生活を充足する「プチ贅沢」を始めとした日常的11なご褒美消費の側面の存在感が大きくなっているわけだ。ある意味ご褒美で自身を満たすという行為は、非日常的な行為であったからこそ特別感があったのかもしれないが、日常と日常を繋ぐように宛がわれていく日常的なご褒美消費は、日々のセルフケアや自身のメンタルのメンテナンスとしての要素も大きく、だからこそ満たされることで快感を覚える消費者は、定期的に、もしくは継続的に神聖性とは異なるストレスからの逃避や明日への活力といった「個の問題」を理由付けとして、このタイプのご褒美消費にのめり込んでしまうのかもしれない12

前回の「タイムカプセル的消費・セルフサプライズ的消費」然り、今回の「ご褒美消費」もそうだが、自分で自分自身を満たすセルフケアの側面が強い。どんなにつらいことがあっても、「消費」することでその鬱憤が解消されたり、和らいだりするのは、我々の快楽の多くが「消費すること」に起因しており、消費することが日々の問題への解決策、対応策(慰める、労う)になっていることを我々自身が理解しているからこそ、「ご褒美消費」という本来特別で神聖であるモノが、世俗化し、身近なモノとして享受され、ご褒美なしでは生きていけない、という現在志向が強い消費者の傾向として現れるのだろう。

今年のバレンタイン商戦も終焉の時を迎えた。バレンタイン催事場に漂う甘い香りや、スーパーの一角に作られた期間限定のチョコレートコーナー、メディアやSNSで紹介される特別なスイーツなど、今年も日本中で「ご褒美」がたくさん創造されたのではないだろうか。
 
7 鈴木智子(2012)「消費の意味創造システムにおけるメディアの役割の再検討:メディアによる意味の創造」商品研究第 58 巻 3・4 号(通巻 230・231 号)15 ~ 29
8 鈴木曰く、その後は高齢者層、男性と、裾野を広げていったようだ。
9 鈴木自体が女性雑誌を中心に分析を行っているため女性を取り巻くご褒美消費に対する解像度が高くなっているという見方もできるかもしれないが、鈴木が女性誌を中心に分析を行った理由について妥当性があると筆者は考える。男性においても「ご褒美」という言葉自体は用いられなかったかもしれないがそれに類似する言葉が使われていた可能性があったことは念頭に置きたい。
10 鈴木は、当時雑誌は日本人女性に対する影響が非常に強いといわれていたため、「自分へのご褒美」という言葉が女性雑誌によって創造・活用されているという社会的認知があったためと、その理由を挙げている。
11 特別性も欠落したと、記載しようとしたが、例えばコンビニで「このケーキを食べたら元気になりそう」「がんばったから今日はハーゲンダッツにしよう」といったように、通常購入しているモノとは明確に一線を画す要因が消費者の思考の中にはあるため、同じ日用品の中でもグレードや自身の思い入りによっては「特別視」して消費がされているモノもある。逆に、消費をする上で理由付けが必要な商品やサービスと、それが必要ではない商品やサービスがあることを現わしており、「ただ食べたい」、「ただ欲しい」という欲求を充足するには後ろめたい場合、理由や言い訳といった「理屈」を自ら創造することで、自身が消費を行う正当化を行う場合もある。この場合、「個の問題」に対する解決策としてのご褒美消費ではなく、ご褒美消費がしたいがために「個の問題」を引き合いに出しているとも言えるだろう。
12 結果ご褒美消費の内容自体がそもそも自身の興味関心の高いモノであるが故に、理由付けがなくともその対象へ熱心に消費が行われてしまい「アルコール依存症」や「ホストや地下アイドルへの過剰な投資とそれを賄うための非合法的な労働」といった形で、健康面や精神面、経済面などに支障をきたす消費者も存在する。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2024年02月19日「基礎研レター」)

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