2024年02月01日

米国ではハイブリッド勤務が定着-経営者に求められるハイブリッド勤務を前提とした経営戦略

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1―はじめに
 
米国ではコロナ禍以前から一部の労働者は在宅勤務を活用していたが、米労働者全体の7%と非常に限定的であった。このような状況に対して2020年から世界を席巻したコロナ禍によって米国の在宅勤務可能な多くの労働者がBCP(事業継続計画)に基づき在宅勤務を余儀なくされた。

多くの米労働者が初めて在宅勤務を経験する中で、在宅勤務に関する多くの事例研究が発表されており、在宅勤務のメリットやデメリット、生産性に関する理解が深まってきている。

通勤からの解放や仕事とプライベートの時間の柔軟性の確保など、在宅勤務のメリットが認識され、労働者は新たな勤務形態として在宅勤務を高く評価した。その反面、仕事とプライベートの境界が逆に曖昧になることによるストレスや、職場の同僚との対面コミュニケーションの欠如による孤独感の高まりに加え、イノベーションや職場の人材育成への影響など在宅勤務に対する懸念も示されている。

一方、コロナ禍から経済の正常化が進む中で一部企業が完全出社などコロナ禍前の勤務形態に戻す意向を示しているものの、在宅勤務が可能な多くの企業では労働生産性と従業員の満足度をバランスすべく、出社と在宅勤務を組み合わせたハイブリッド勤務が一般的になっている。

本稿では米国の在宅勤務の状況や最近の事例研究も踏まえて在宅勤務のメリット・デメリットを整理するほか、在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッド勤務が定着する可能性について論じた。結論から言えば、多くの従業員がハイブリッド勤務を希望する中、企業も優秀な人材を確保するために今後もハイブリッド勤務が定着する可能性が高いだろう。企業経営者には今後のハイブリッド勤務に関するテクノロジーの進歩も踏まえ、ハイブリッド勤務を前提に、生産性を高めるための経営戦略の策定が求められる。

2―米国における在宅勤務の状況

2―米国における在宅勤務の状況

1有給労働日数における在宅勤務のシェア
米国ではコロナ禍に伴う在宅勤務の急増など勤務状況に与える影響の大きさが認識される中で、在宅勤務が定着するかどうか、その理由や経済的・社会的な意味合いについて分析するための調査機関としてWFH(Working From Home)リサーチが慈善団体1などの出資によってスタンフォード大学内に設立された。同機関は20年5月から月次で「勤務形態と意識に関する調査」(The Survey of Working Arrangements and Attitudes 以下、SWAA)を実施している。

WFHリサーチは有給労働日数における在宅勤務日数のシェアについて、SWAA開始前で新型コロナウイルスの感染が拡大する直前(20年3月)の水準を労働統計局の米国時間使用調査(American Time Use Survey、ATUS)の17年~18年の統計から7.2%と推計した。
(図表1)有給労働日数における在宅勤務のシェア 新型コロナの感染拡大を受けて在宅勤務可能な多くの労働者がBCP(事業継続計画)に基づき在宅勤務を余儀なくされた結果、SWAAの20年5月調査では在宅勤務のシェアが61.5%へ急激に増加したことが示された(図表1)。

その後、ワクチンの普及に伴う経済正常化もあってシェアは低下したものの、コロナ禍が概ね終息した23年12月でも29.5%と22年以降は概ね30%を挟んだ狭いレンジの動きに終始しており、コロナ禍前を大幅に上回っている。
 
1 主要な資金提供者は、TEMPLETON WORLD CHARITY FOUNDATION、Smith Richardson FOUNDATION
(図表2)業種別勤務形態 2在宅勤務シェアは業種毎に開き
前述のように在宅勤務のシェアは足元で3割程度となっているが、同シェアは業種による偏りが大きい。SWAA調査における業種別の勤務形態をみると、23年10月~12月平均で「情報(含むテクノロジー)」では完全在宅勤務が21%、出社と在宅勤務を組み合わせたハイブリッド勤務が52%となったのに対して完全出社は26%と低いシェアとなっている(図表2)。

一方、「運輸・倉庫」では完全出社が78%、「接客・食品サービス」が76%、「小売り」が74%と対面型サービス産業を中心に完全出社が7割を超える業種もあり、業種によって在宅勤務の親和性に大きな差異がみられることが分かる。
(図表3)フルタイム労働者の勤務形態(割合) 3在宅勤務可能な労働者ではハイブリッド勤務が一般的
SWAAのフルタイム労働者を対象にした勤務形態の調査では23年10月~12月平均で完全出社が58.3%とハイブリッドの29.4%や完全在宅勤務の12.3%のシェアを大幅に上回っている(図表3)。これはフルタイム労働者のうち3割程度が在宅勤務できない職種についている影響が大きいと考えられる。

次に、同調査でも在宅勤務可能な労働者に絞ったシェアは、完全出社が33.5%に低下する一方、完全在宅勤務が19.7%に上昇したほか、ハイブリッド勤務が46.8%と最も高いシェアとなっている。このため、図表1の在宅勤務シェアが22年以降横這いなっていることと併せて在宅勤務可能な労働者にとってハイブリッド勤務が一般的な勤務形態となっているが分かる。

3―ハイブリッド勤務は定着

3―ハイブリッド勤務は定着

1ハイブリッド勤務の定着要因(1)在宅勤務可能な労働者の大宗が希望
ハイブリッド勤務が定着している要因としては在宅勤務が可能な労働者の大宗がハイブリッド勤務を希望していることがある。SWAAにおける在宅勤務可能な労働者のコロナ禍以降の希望在宅勤務日数(週当たり)に関する調査では完全在宅勤務の28.7%を含めて週1日以上の在宅勤務を希望する回答割合が82.1%と8割を超えた。
(図表4)希望在宅日数(週当たり) また、ビジネスコンサルティング会社のロバートハーフによる23年2月調査2では少なくとも週1日はオフィスに出勤する労働者の3分の1近く(32%)が常にリモートで仕事が行えるようになるためには給与の削減を受けいれると回答しており、許容できる削減額は平均で▲18%に及ぶことが示されている。
(図表5)勤務形態別仕事満足度(項目別) また、ハイブリッド勤務を行っている労働者の仕事満足度は高くなっている。米調査会社のコンファレンスボードによる仕事満足度に関する勤務形態別の調査では、満足度全般では「完全出社」が61.2%と最も低く、「完全在宅」が63.4%、「ハイブリッド勤務」が63.3%と同水準となった(図表5)。

しかし、同調査の26項目を個別にみると完全在宅では「物理的環境」や「通勤」の項目では「満足」または「最も満足」と回答した割合が7割を超えて、ハイブリッドを上回っているものの、「賞与制度」や「昇進制度」の項目では5割を下回るなど項目による偏りがみられる。

これに対して、ハイブリッドでは26項目全てで「満足」または「最も満足」と回答した割合が5割を超えているほか、3分の2の項目で最も高い評価となっている。このため、コンファレンスボードはハイブリッドが完全在宅や完全出社に比べて仕事への満足度が最も高いと評価している。
(図表6)ハイブリッド勤務の効果 一方、アトランタ連銀による23年12月の調査ではハイブリッド勤務を実施している346企業のうち、68.3%がハイブリッド勤務によって従業員の「採用・定着が改善」したとしており、人手不足が深刻化する中で企業にとって労働力を確保するためにハイブリッド勤務を採用することが重要になっていることを示している(図表6)。

実際に、スタンフォード大学のBloom氏による大手テクノロジー企業の従業員を対象にした無作為化対照試験ではハイブリッド勤務が従業員から高く評価され、離職率が▲33%減少したことが示された3

さらに、米求人情報サイトのフレックスジョブズによる23年8月の調査4でも在宅勤務を行っている専門職の56%が勤務先の出社義務の再開により退職した人、または退職予定の人を知っていると回答しており、完全出社は人材流出を招く可能性がある。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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