2023年12月12日

改正ベトナム保険事業法(6)-生命保険・医療保険(その2)

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

文字サイズ

1――はじめに

今回もベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(5回目)を解説したい。

2023年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語および日本語に翻訳したものをベースとしている(英訳を優先)。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。これはこれまでと同様である。

本稿ではシリーズ5回目として保険事業法第2章保険契約(Insurance policy)の第2節生命保険契約・医療保険契約の後半の部分(39条~42条)について述べることとする。

今回の解説部分は日本では原則保険法の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険法を単に保険法と記載するのでご留意願いたい。また、保険事業法の本稿で取り扱う該当部分と保険法のそれに対応する部分は保険会社と外国保険事業者の国内支店が対象となる条文だが、保険会社と外国保険事業者の国内支店を併せて保険企業等と呼称する。

2――被保険者同意と免責(39条~40条)

2――被保険者同意と免責(39条~40条)

1被保険者同意(39条)
保険事業法39条は、第三者の生命について死亡保険金が支払われる生命保険契約・医療保険契約における被保険者同意について規定する。内容は以下の通りである。

(1) 他人の死亡を支払い対象とする生命保険契約・医療保険契約の契約を締結するには、保険金額と保険金受取人を記載した書面において被保険者の署名による同意がなければならない(同条1項)。
―日本では死亡保険(保険法38条)について被保険者同意を必要とし、また傷害疾病保険においては、1)死亡保険金受取人を被保険者本人またはその相続人とする場合以外、または2)死亡のみを保障する契約について、被保険者の同意を必要とする(保険法67条)というルールになっている。言い換えると日本では一般的な傷害疾病保険については、被保険者同意が不要とされている。これに対して、ベトナムの医療保険(傷害疾病保険)では被保険者同意を不要とする例外がなさそうである。なお、保険法において傷害疾病保険で被保険者同意を取らなくてよい場合を定めているのは、たとえばテーマパークの入場者に傷害保険をかけるような場合に、全員の被保険者同意を取ることが現実的に困難であることなどを理由とするものである。

なお、日本でも被保険者同意を書面でとるべきことについて保険法制定過程で議論になったが、形式的に書面を要求することで、仮に漏れがあったような場合にはかえって被保険者の意図に反することになることもあり得る等の理由で見送りになったという経緯がある1
 
1 萩本修「一問一答・保険法」(商事法務・2009年)p177参照。
(2) 他人の生命にかかわる生命保険契約・医療保険契約を付保できないのは、以下の通りである(同条2項)。
a)未成年者(親または法定代理人が書面で同意した場合を除く)
b)意思能力を喪失した人
c)理解能力および行為能力に困難のある人
d)制限的な意思能力しか有しない人
―保険法では、死亡保険を付保できない人の類型を定めている条文はなく、被保険者同意が可能かどうかの議論になると考えられる。この点、たとえば未成年者についていえば、概ね15歳程度以上のこどもは自身で被保険者同意を行い、14歳以下では親権者が被保険者同意を行うようにしているのが大方の実務である。そのほか、意思能力が減衰あるいは喪失した人については、理論的には成年後見人等が同意をする以外はなさそうであるが、被保険者となる者の生命にかかわる同意行為を成年後見人等が代理等できるかどうかは議論の余地がある。おそらく多くの会社では意思能力が減衰・喪失した人の死亡保険の加入には非常に慎重な態度をとっているものと思われる。
2|保険金支払いの免責(40条)
保険事業法40条は、生命保険契約・医療保険契約において、保険企業等が免責となる場合とその場合の返戻金の支払を定めている。内容は以下の通りである。

(1) 保険企業等は以下の場合、保険金を支払う必要はない(同条1項)。
a) 第一回保険料の支払、または保険契約の復活時から2年以内の被保険者の自殺
b) 保険契約者の意図的な過失(deliberate fault)または保険金受取人の意図的な過失(intended fault)による被保険者の死亡。ただし第2項を除く。
c) 被保険者、保険契約者または保険金受取人の意図的な過失(deliberate fault)による被保険者の永続的な障がい。ただし第2項を除く。
d) 被保険者が死刑により死亡したとき
e) その他、保険契約で合意した事由により死亡したとき
―保険法では生命保険について、1)被保険者の自殺、2)保険契約者が故意に被保険者を死亡させたとき、3)保険金受取人が被保険者を故意に死亡させたとき、4)戦争その他の変乱によって死亡したときが保険企業等の免責とされている(51条)。また、傷害疾病保険においては、イ)給付事由が、被保険者、保険契約者、保険金受取人の故意または重大な過失によって生じた場合、ロ)戦争その他の変乱によるときが免責となる(80条)。

ここで、保険法においては、生命保険では保険契約者等が被保険者を故意に死亡させた場合に保険企業等は免責となり、傷害疾病保険では、保険契約者等の重過失によって傷害が生じた場合も含め免責となる。

保険事業法においてこの免責事由は、生命保険と医療保険(傷害疾病保険)で同一である。そうすると、保険契約者または保険金受取人は被保険者を死亡させる、または永続的な障がいを加える意図的な過失(deliberate fault、またはintended fault)が過失を含むのか、故意に限られるのかが問題となる。この点、過失も含まれると推測される2ものの、英訳の法文からは必ずしも明らかではない。他に参照資料もないため、これ以上の検討は行わない3
 
2 和訳では「故意または過失」となっている。
3 さらにいえば保険法では、傷害疾病保険の給付事由を保険契約者等が故意・重過失で発生させたケースを問題にするが、保険事業法では永続的な障がいを生じさせた場合に限定しているという差異もある。
(2) 複数の保険金受取人がいる場合に、一部の保険金受取人が死亡または永続的な障がいを生じさせたときには、保険企業等が他の保険金受取人に保険契約で合意した額の保険金を支払わなければならない(同条2項)。
―日本でも保険法51条および80条には同様の規定がある。

(3) 第1項に定める場合(第2項に定める場合を除く)、には、保険企業等は解約返戻金または既支払保険料から保険契約で定めた合理的な金額を控除したものを保険契約者に支払わなければならない。保険契約者が死亡した場合には、相続法制に従って支払いを行うこととする(同条3項)。
―保険法では、生命保険・傷害疾病保険で免責となった場合には、保険契約者が被保険者を故殺した場合を除き、保険料積立金を返還する(63条1号、92条1号)。唯一の保険契約者が被保険者を死亡させた場合の取扱いは不明であるが、保険事業法と保険法はほぼ同じ規定となっているものと考えられる。

3――保険金受取人の指定・変更(41条)

3――保険金受取人の指定・変更(41条)

保険事業法41条は、保険契約者による保険金受取人の指定・変更について定めている。条文は以下の通りである。

(1) 保険契約者は団体保険を除き、保険金受取人を指定する権限を有する。保険契約者が被保険者と別人である場合には、保険金受取人を指定するより前に、被保険者の書面による同意を取得する必要がある。被保険者が未成年者、意思能力を欠く者、理解力および行為能力に限定がある者、制限的な意思能力しか有しない者であるときには、法的代理人により承認されなければならない(同条1項)。

―他人の生命に保険をかける場合には、保険金受取人指定にあたって、被保険者の同意が必要なのは保険法でも同様である(38条、67条)。ただ、上記保険事業法39条2項において、意思能力を欠く者等については死亡保険を付すことができないとしていることと矛盾しているように見える。この点、ベトナムでは貯蓄性・投資性商品が多く販売されていることから、死亡保障が付随的に付いた貯蓄性・投資性商品について保険事業法41条1項は規定しているのかもしれない。また、契約成立時に意思能力があった被保険者が、契約成立後に被保険者が意思能力を失った場合の取扱いを規定していることも想定される。詳細は不明である。
(2) 複数の保険金受取人がいる場合において、保険金受取人を指定する権限を有する者(≒保険契約者)は各保険金受取人の受取順位または受取割合を決めることができる。受取割合が定められていない場合には、保険金受取人の受取割合は均等とする(同条2項)。
―保険金受取人の受取割合についての規定は保険法にはないが、保険金受取人を指定できる権限を有する保険契約者がその受取割合を定めることができるのは当然である。なお、受取割合の指定がない場合の各保険金受取人の受取割合については、均等とする保険企業等と相続割合とする保険企業等がある模様である。
また、保険法に受取順位の規定はない。一般の個人保険では保険金受取人死亡の場合において、保険契約者が新たな保険金受取人の再指定をしていなかった間に被保険者が死亡したときには、保険金受取人の相続人が保険受取人の地位を引き継ぐのが実務である。

(3) 保険契約者は保険金受取人を変更することができるが、被保険者から書面の同意を取得しなければならず、また保険企業等へ書面で通知しなければならない。もし被保険者が未成年者、意思能力を欠く者、理解力および行為能力に限定がある者、制限的な意思能力しか有しない者であるときには、法的代理人により承認されなければならない。保険企業等は通知を受け取った後、保険証券に確認裏書をするか、変更が行われたことを示す別紙を保険証券に添付しなければならない。
―保険事業法は保険金受取人変更にかかる手続をすべて書面で行うこととしており、厳重な手続となっている。この点、保険法では保険金受取人の変更の意思表示によって行うこととし(43条2項)、原則として通知4 で行うことのみを想定している(同条3項)。通知は必ずしも書面とは限らない(ただし、実務的には書面をとるのが通例)のは、上述の通り、形式よりも保険契約者の意思の尊重を重視するからである。
 
4 そのほか、遺言によっても保険金受取人の変更は可能である(保険法44条)。

4――団体保険(42条)

4――団体保険(42条)

保険事業法42条は、団体保険を規定している。具体的には以下の通りである。

1.団体保険は保険契約者と保険企業等との間で、同一の契約のもとでグループに属する人を保障する合意である(同条1項)。

2.被保険団体は保険に加入することを目的として構成されたものであってはならない(同条2項)。

3.保険契約者と保険企業等は保険料支払いについて合意することができる(同条3項)。

4.被保険者は被保険者死亡の場合の保険金受取人を指定することができる(同条4項)。

5.保険企業等は以下のa)~c)の場合には団体保険契約を修正又は補足することができる(同条5項)。
a)一名以上の被保険者がグループから脱退したとき
b)保険契約の合意に従った方法で個々の被保険者に割り当てられた保険料が支払われていないとき
c)その他保険契約に定められた場合

6.保険事業法17条に定められた保険証券記載事項に加えて以下を記載しなければならない(同条6項)。
a)被保険者となる資格
b)個別保険に転換する条件と手続
―団体保険に関する保険法の規定はない。日本において団体保険といえば、総合福祉団体定期保険と団体保険などがある。前者は、会社が従業員の福利厚生として加入するもので、保険金受取人は会社であって、その保険金は死亡退職金や弔慰金として従業員の遺族に支払われる金額に充当される。後者は、従業員が自分のために加入するもので、保険契約者は形式上会社であるが、従業員が保険料を負担し、保険金は従業員の指定した遺族に支払われる。本条は後者の団体保険について規定しているものと考えられる。内容としては、日本における実務と大きな相違はないように思われる。

5――おわりに

5――おわりに

今回の検討範囲で見られたベトナム保険事業法の特徴としては、被保険者同意取得の厳重さである。保険加入時あるいは保険金受取人の変更時には書面で被保険者同意を取得し、保険企業等による保険証券への裏書が必須である。

また、意思能力の有しない人への死亡保険の付保が原則的に禁止されている(保険事業法39条2項)。他方、これらの者の被保険者同意の取得に法定代理人の承認を必要とする(保険事業法41条1項)といった条文もある。上述の通り、条文同士が矛盾しているものと見える。一応の整理としては、後者は生存保険(年金など)について定めたものとする、あるいは契約成立時に意思能力があった被保険者が、契約成立後に被保険者が意思能力を失った場合の取扱いを規定していることも想定されるが、実務的にどう運用されているのか必ずしも明らかではない。ベトナムではユニットリンク保険と養老保険が販売件数のほとんどを占めているので、大きな問題となっていないのかもしれないが、この点に関して、結論を出すのは更なる情報を得てからにしたい。
 
次回は財産保険・損害保険の1回目を解説する。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2023年12月12日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【改正ベトナム保険事業法(6)-生命保険・医療保険(その2)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

改正ベトナム保険事業法(6)-生命保険・医療保険(その2)のレポート Topへ