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- 個人タクシー運転手の上限年齢を「80歳」に引き上げる政府方針の課題
2023年12月07日
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個人タクシーのドライバーの上限年齢について、国土交通省は9月、過疎地等に限って80歳まで引き上げる方針を示した。これまでは、開業は「65歳未満」、更新は「75歳未満」とされていたが、地方でのタクシー不足解消のために、約20年ぶりに引き上げるというものである。
改正の背景には、地方のタクシー不足がある。これまでにも地方では、人口減少や高齢化などによって、タクシー会社が廃業したり、営業所を撤退したりして、高齢者や観光客の移動困難が課題となってきた。さらにコロナ禍で、感染不安などから高齢ドライバーが多数退職し、供給不足が強まった。
しかし統計では、75歳以上になると交通死亡事故件数の発生割合が大幅に増加することから、上限年齢を引き上げれば、交通事故リスクが上昇すると懸念される。
ここで、現状におけるタクシードライバーの年齢制限と安全対策の仕組みについて説明する。まず法人タクシーの場合は、法律による年齢制限は無く、個々のタクシー会社の経営判断に任されている。
これに対し、個人タクシーは、2002年の改正道路運送法施行に合わせて運用基準が変更され、開業は65歳未満、その後の更新(概ね3年ごと)は75歳未満と定められた。ただし、これより前から開業していたドライバーには適用されないため、現状では、75歳以上の個人タクシードライバーもいる。
法規制の有無だけを見ると、個人タクシーだけに法令で「定年」が課されているのは不公平だと感じる人もいるかもしれない。しかし法人タクシーの場合は、法令で運行管理責任者を選任し、乗務前の点呼と健康状態の確認、定期的な安全教育を実施することが義務付けられている。運行管理者の指示が守られるように、運行管理担当の役員を決め、指示系統を明確化することも求められている。さらに雇用主は、個々のドライバーの日ごろの運転の様子を見て、雇用継続するかどうかの判断をしている。つまり、「運行管理者」と「雇用主責任」によって、安全対策が履行されていると言える。
一方、個人タクシーは、道路交通法違反による処分を一定期間受けていない「優秀適格者」であることが条件とされているものの、高齢化対策としては、これと言ったものは無い。1種免許のドライバーと同様に、道交法に基づく認知機能検査や運転技能検査などが、安全対策の柱だと言える。勿論、中には75歳を超えても正常な視力や運転技能を保っている人もいると思うが、それを客観的に確認する仕組みがないため、一律に上限年齢を課していると言えるだろう。
今回の国交省の改正案では、75歳以上でも事業を認める条件として、同じ営業区域の法人タクシー会社と連携し、法人タクシーから運行管理を受けることとした。つまり、法人タクシーの安全対策の「肝」である運行管理者の機能を追加することで、個人タクシー事業の安全性を担保しようというものである。しかし、もう一つの「肝」である「雇用主責任」が欠如しているため、どれぐらい実効性を発揮できるか、という点が問題になる。
例えば、「乗務前の点呼」は、タブレット等を活用すれば、遠隔でも法人タクシーの運行管理者が行えるだろうが、個人タクシーとは雇用関係が無いため、乗務中の情報が十分共有されるかどうかが明確ではない。また法人タクシーの運行管理者が「乗務中止」と指示した場合に、個人タクシードライバーが本当に指示に従って乗務をやめるのか、その強制力をどう担保するかも課題だろう。また、運行管理者が乗務後の運転の様子を把握できたとして、「次期の免許更新は不適当」と認識した場合に、個人タクシーのドライバーは免許の更新申請をできるのか、運行管理者が意見を付す機会があるのか、といった点も課題として挙げられる。
例えば、法人タクシーの場合は、運転に問題があれば乗客から会社にクレームが寄せられるし、乗務中に事故を起こしていなくても、例えば車庫でバックする際に壁に衝突するなど、物損事故を起こせば、会社が事態を把握し、本人の運転能力低下を認識できる。要するに、法人タクシーの場合は、このような日ごろの情報も勘案して、運行管理者がドライバーに安全教育を行ったり、雇用主が契約更新するかどうかを判断したりしている。
このような法人タクシーの運行管理者の機能を、雇用関係の無い個人タクシー相手にどう担保するか、前もって検討する必要があるだろう。さらに、個人タクシーのドライバーに、国が「80歳」までお墨付きを与えることで、自主返納を検討している1種免許のドライバーにも「80歳までは大丈夫」と誤ったメッセージを与えないように、注意してほしい。
改正の背景には、地方のタクシー不足がある。これまでにも地方では、人口減少や高齢化などによって、タクシー会社が廃業したり、営業所を撤退したりして、高齢者や観光客の移動困難が課題となってきた。さらにコロナ禍で、感染不安などから高齢ドライバーが多数退職し、供給不足が強まった。
しかし統計では、75歳以上になると交通死亡事故件数の発生割合が大幅に増加することから、上限年齢を引き上げれば、交通事故リスクが上昇すると懸念される。
ここで、現状におけるタクシードライバーの年齢制限と安全対策の仕組みについて説明する。まず法人タクシーの場合は、法律による年齢制限は無く、個々のタクシー会社の経営判断に任されている。
これに対し、個人タクシーは、2002年の改正道路運送法施行に合わせて運用基準が変更され、開業は65歳未満、その後の更新(概ね3年ごと)は75歳未満と定められた。ただし、これより前から開業していたドライバーには適用されないため、現状では、75歳以上の個人タクシードライバーもいる。
法規制の有無だけを見ると、個人タクシーだけに法令で「定年」が課されているのは不公平だと感じる人もいるかもしれない。しかし法人タクシーの場合は、法令で運行管理責任者を選任し、乗務前の点呼と健康状態の確認、定期的な安全教育を実施することが義務付けられている。運行管理者の指示が守られるように、運行管理担当の役員を決め、指示系統を明確化することも求められている。さらに雇用主は、個々のドライバーの日ごろの運転の様子を見て、雇用継続するかどうかの判断をしている。つまり、「運行管理者」と「雇用主責任」によって、安全対策が履行されていると言える。
一方、個人タクシーは、道路交通法違反による処分を一定期間受けていない「優秀適格者」であることが条件とされているものの、高齢化対策としては、これと言ったものは無い。1種免許のドライバーと同様に、道交法に基づく認知機能検査や運転技能検査などが、安全対策の柱だと言える。勿論、中には75歳を超えても正常な視力や運転技能を保っている人もいると思うが、それを客観的に確認する仕組みがないため、一律に上限年齢を課していると言えるだろう。
今回の国交省の改正案では、75歳以上でも事業を認める条件として、同じ営業区域の法人タクシー会社と連携し、法人タクシーから運行管理を受けることとした。つまり、法人タクシーの安全対策の「肝」である運行管理者の機能を追加することで、個人タクシー事業の安全性を担保しようというものである。しかし、もう一つの「肝」である「雇用主責任」が欠如しているため、どれぐらい実効性を発揮できるか、という点が問題になる。
例えば、「乗務前の点呼」は、タブレット等を活用すれば、遠隔でも法人タクシーの運行管理者が行えるだろうが、個人タクシーとは雇用関係が無いため、乗務中の情報が十分共有されるかどうかが明確ではない。また法人タクシーの運行管理者が「乗務中止」と指示した場合に、個人タクシードライバーが本当に指示に従って乗務をやめるのか、その強制力をどう担保するかも課題だろう。また、運行管理者が乗務後の運転の様子を把握できたとして、「次期の免許更新は不適当」と認識した場合に、個人タクシーのドライバーは免許の更新申請をできるのか、運行管理者が意見を付す機会があるのか、といった点も課題として挙げられる。
例えば、法人タクシーの場合は、運転に問題があれば乗客から会社にクレームが寄せられるし、乗務中に事故を起こしていなくても、例えば車庫でバックする際に壁に衝突するなど、物損事故を起こせば、会社が事態を把握し、本人の運転能力低下を認識できる。要するに、法人タクシーの場合は、このような日ごろの情報も勘案して、運行管理者がドライバーに安全教育を行ったり、雇用主が契約更新するかどうかを判断したりしている。
このような法人タクシーの運行管理者の機能を、雇用関係の無い個人タクシー相手にどう担保するか、前もって検討する必要があるだろう。さらに、個人タクシーのドライバーに、国が「80歳」までお墨付きを与えることで、自主返納を検討している1種免許のドライバーにも「80歳までは大丈夫」と誤ったメッセージを与えないように、注意してほしい。
(2023年12月07日「基礎研マンスリー」)

03-3512-1821
経歴
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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