2023年11月30日

回復に息切れがみえる米住宅市場-住宅ローン金利や住宅価格上昇が当面住宅需要を押し下げ。来年は金利低下が追い風となる可能性

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米国の住宅市場は住宅ローン金利が昨年11月につけた7%台前半から年初には6%台前半に低下したこともあって、中古住宅販売が年初に増加に転じるなど、回復の兆しがみられていた。また、実質GDPにおける住宅投資も戸建ての住宅着工件数の回復などから23年7-9月期が10期ぶりにプラスに転じるなど、住宅市場が底入れした可能性が示されていた。

もっとも、FRBによる金融引締めが続く中、住宅ローン金利の上昇に伴い中古住宅販売件数が春先以降減少に転じるなど住宅市場の回復には早くも息切れの兆しがみられている。

本稿では主要な住宅関連指標で住宅市場の回復が息切れしている状況を確認した後、今後の見通しについて論じている。結論から言えば、住宅ローン金利や住宅価格の上昇に伴い住宅取得のハードルが上がっているほか、今は住宅購入に相応しくないとの見方が支配的となるなど住宅購入意欲は低位に留まっているため、住宅市場は当面厳しい状況が続くとみられる。もっとも、金融引締めが最終局面とみられる中、来年以降は金融緩和に転じることもあって、住宅ローン金利の低下が見込まることから、住宅市場には追い風となろう。

2.回復の息切れがみられる米住宅市場

2.回復の息切れがみられる米住宅市場

(住宅投資、住宅着工・許可件数)住宅投資はプラス成長も、着工件数はマイナス転換を示唆
実質GDPにおける住宅投資は23年7-9月期が前期比年率+6.2%(前期:▲2.2%)と10期ぶりにプラス成長に転じた(図表1)。主に戸建て住宅の建設が回復したことが大きい。もっとも、住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は10月が▲33.3%と8月から3ヵ月連続でマイナスとなっているほか、マイナス幅が拡大した。着工件数の内訳では戸建てが▲5.9%と7ヵ月ぶりにマイナスに転じ、回復に陰りがみられる中、2戸以上の集合住宅が▲68.9%と大幅な減少となった。このため、住宅投資の回復は主に集合住宅の落ち込みにより早くも息切れが懸念される。

一方、住宅着工指数の先行指標である住宅着工許可件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は9月が+12.4%と23年4月以降はプラス成長が続いているほか、こちらは8月から3ヵ月連続でプラス幅が拡大するなど好調を維持しており、住宅着工件数とは対照的な動きとなっている。許可件数の中身をみると、集合住宅が+1.5%と小幅な増加に留まる一方、戸建てが+19.2%と戸建てが全体を押し上げる状況となっており、先行指標は戸建ての好調が続いていることを示している。
(中古・新築住宅販売)中古住宅と新築住宅で明暗が分かれる
住宅販売のおよそ8割を占める中古住宅販売件数(季節調整済、年率換算)は23年2月に455万件のピークをつけた後は低下基調が持続しており、10月は379万件と2010年8月以来の水準に低下した(図表2)。

一方、中古住宅販売在庫件数を販売件数と比較した在庫月数は10月が3.6ヵ月と3月の2.6ヵ月を底に増加したほか、在庫件数自体も115万件と3月の97万件から増加しており、一見すると足元で在庫水準が改善しているようにみえる。しかしながら、在庫件数(未季調)は115万件と10月としては1982年の統計開始以来最低となっており、中古住宅の販売在庫不足が深刻化している。

中古住宅販売在庫が史上最低水準に低下している要因としては、住宅ローン金利がおよそ23年ぶりの水準に上昇する中で、住宅保有者が住宅を売却して買い替える場合に既存の住宅ローン金利から借り換え後の住宅ローン金利水準が上昇することを嫌気して住宅売却を躊躇することにより、中古住宅の供給が減少していることが指摘されている。

実際に、住宅ローン金利は23年2月の6%台前半から10月に一時8%近辺と2000年8月以来の水準に上昇した後、低下に転じたものの、足元でも7.4%近辺と依然としておよそ23年ぶりの水準に高止まりしている(図表3)。

また、住宅ローン金利の上昇に伴って米住宅抵当銀行協会(MBA)が発表する住宅購入のための住宅ローン申請件数は10月に一時125台と1995年以来の水準に低下するなど、住宅需要の低下を示している。
(図表2)中古住宅販売および在庫/(図表3)住宅ローン金利および住宅購入ローン申請件数
次に、新築住宅販売件数(季節調整済、年率換算)は10月が67.9万件と7月の72.8件をピークに頭打ちがみられるものの、22年7月につけた54.3万件を上回る水準となっており、10年以来の水準に低下した中古住宅販売に比べて堅調を維持している(図表4)。

また、新築住宅販売在庫件数を販売件数と比較した販売月数は10月が7.8ヵ月と22年7月の10.1ヵ月は下回っているものの、適正水準とされる6ヵ月を上回っており、販売在庫も中古住宅に比べて十分な水準を維持している。

新築住宅販売が堅調な要因として、住宅需要が購入困難な中古住宅から新築住宅にシフトしていることが指摘されている。
(図表4)新築住宅販売および在庫/(図表5)住宅市場指数(項目別)
一方、全米建設業協会(NAHB)による戸建て新築住宅販売に対する建設業者のセンチメントを示す住宅市場指数は11月が34と7月の56から4ヵ月連続で悪化した(図表5)。また、同指数の内訳で販売現況が40、客足が21と4ヵ月連続で悪化したほか、今後6ヵ月の販売見込みは39と5ヵ月連続の悪化となっている。このため、住宅市場指数の悪化は比較的堅調を維持する新築住宅販売や戸建て住宅の住宅着工許可件数などとは対照的な動きとなっている。NAHBのチーフエコノミストは住宅ローン金利の上昇が業者センチメントを悪化させている可能性を示唆しており、今後住宅ローン金利の高止まりが続く場合に新築住宅販売に影響することが懸念される。
(住宅価格)中古住宅の需給逼迫を背景に上昇基調が持続
主要20都市の価格動向を示すS&Pコアロジック・ケース・シラー住宅価格指数は季節調整済の前月比が9月に+0.7%と23年2月から8ヵ月連続のプラスとなったほか、9月は全米20都市全てで住宅価格が上昇するなど、米国の住宅価格の上昇基調が鮮明となっている。また、前年同月比も9月が+3.9%と23年5月の▲1.7%を底に上昇基調が続いているほか、7月から3ヵ月連続のプラスとなった(図表6)。

全米規模の住宅価格動向を示す米国連邦住宅金融局(FHFA)の住宅価格指数も季節調整済の前月比で9月が+0.6%とこちらは22年9月以来13ヵ月連続のプラスとなった。前年同月比も9月は+6.1%と23年5月の+3.1%を底に4ヵ月連続で伸びが加速した。

住宅価格の上昇は中古住宅在庫の不足を背景に中古住宅の需給逼迫による影響が大きいとみられている。実際に、中古住宅と新築住宅の販売価格(中央値)を比較すると、新築住宅が23年初から頭打ちとなっている一方、中古住宅価格は増加基調が持続している(図表7)。この結果、新築住宅の中古住宅に対する価格比率は年初から急激に低下しており、新築住宅に対して中古住宅価格が割高になっていることが分かる。
(図表6)住宅価格(前年同月比)/(図表7)新築、中古住宅販売価格比較
(住宅ローン)延滞率は低位も貸出基準の厳格化が持続
住宅ローン債権の質(クレジット)は23年10月の失業率が3.9%と低位に留まるなど堅調な労働市場が続いていることに加え、住宅価格の上昇もあって非常に良好となっている。住宅ローンの延滞率は23年7-9月期の90日以上延滞率が0.98%と20年4-6月期の水準に低下したほか、全体の延滞率が3.62%と統計開始(1979年)以来の最低水準となった23年4-6月期の3.37%からは+0.25%ポイント上昇したものの、依然として低水準を維持している(図表8)。

一方、FRBによる銀行の融資担当者調査では、22年後半以降住宅ローンの融資基準が厳格化される動きが続いていたが、3月上旬のシリコンバレー銀行の破綻をきっかけに中堅銀行に対する監督強化と自身のリスク管理強化に伴い、23年以降融資基準厳格化の流れが加速している。実際に、23年10月調査では政府保証などの一部を除いて全般的に7月調査から一段と厳格化された(図表9)。このため、銀行の慎重な融資姿勢が住宅需要に影響する可能性がある。
(図表8)住宅ローン延滞、差押え率/(図表9)住宅ローン貸出基準

3.今後の見通し

3.今後の見通し

これまでみたように住宅ローン金利の上昇が中古住宅販売在庫の逼迫を通じて中古住宅販売を低下させる一方、住宅価格の押上げ要因となっている。

また、住宅ローン金利や住宅価格の上昇によって住宅取得のハードルは非常に高くなっている。中古住宅を取得する際の住宅ローン返済額と所得を比べた住宅取得能力指数は、住宅ローン金利や中古住宅価格の上昇を反映して23年5月以降は住宅ローン返済額が所得水準を上回る100割れの状況が続いているほか、9月は94.1となった(図表10)。これは、前月の92.4からは小幅改善したものの、依然として1985年11月以来の低水準だ。
(図表10)住宅取得能力指数/(図表11)住宅購入センチメント指数
一方、連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)が公表している住宅購入センチメント指数は23年10月が64.9と22年10月の56.7で底を打ったものの、依然としてコロナ禍前の80台半ば~後半の水準を大幅に下回っているほか、8月の66.9から2ヵ月連続で低下するなど回復も足踏み状態となっている(図表11)。足元で堅調な労働市場を背景に「失業懸念後退」の項目が同指数を押し上げた一方、今が住宅の「買い時」や「売り時」項目、「金利低下」見通し項目が指数を押し下げた。とくに、「買い時」の項目では「今は住宅購入には悪い時期」と回答した割合は85%と2010年の統計開始以来最高となっており、住宅取得意欲が低位に留まっていることが分かる。

このため、住宅ローン金利の高止まりや住宅価格の上昇から、住宅市場は当面厳しい状況が続くとみられる。もっとも、住宅ローンは10月のピークからは低下に転じているほか、FRBによる金融引締めが最終局面とみられる中、来年以降は金融緩和に転じることが予想されており、住宅ローン金利も来年にかけて一段と低下する可能性が高い。住宅ローン金利の低下は、直接住宅取得のコストを下げるほか、住宅保有者の住宅買い替えを促し中古住宅販売在庫の増加が期待できることから、中古住宅需給の緩和から住宅価格の上昇を抑制する効果も期待できる。これらの結果、住宅ローン金利の低下は住宅市場に追い風となり、住宅市場は来年以降回復に転じる可能性が高いとみられる。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年11月30日「Weekly エコノミスト・レター」)

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