2023年11月16日

改正ベトナム保険事業法(4)-契約総論(その3)

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

今回もベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(4回目)を解説したい。

2022年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語および日本語に翻訳したものをベースとしている。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。これはこれまでと同様である。

本稿ではシリーズ4回目として保険事業法第2章保険契約(Insurance policy)の第1節保険契約総論(General policy regulations)の最後の部分(28条~32条)について述べることとする。

今回の解説部分は日本では原則保険法の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険法を単に保険法と記載するのでご留意願いたい。また、保険事業法の本稿で取り扱う該当部分と保険法のそれに対応する部分は保険会社と外国保険事業者の国内支店が対象となる条文だが、保険会社と外国保険事業者の国内支店を併せて保険企業等と呼称する。

2――保険契約者変更および再保険 (28条~29条)

2――保険契約者変更および再保険 (28条~29条)

1保険契約者の変更(28条)
保険事業法28条は、保険契約者の変更について規定する。内容は以下の通りである。

(1) 保険契約者は保険契約を移転する権利を有する。生命保険の場合にあっては、被保険者、あるいは被保険者の法的代理人の同意を得ることを要する(同条1項)。
―本項は保険契約者変更のことを意味しており、保険契約者変更の権利を保険契約者が有することを規定している。保険法では同種の規定はなく、実務では保険契約者の変更を認めるかどうかは各社の約款の定めるところによる。ただ、保険契約者変更を認める約款が一般的であるようだ。生命保険では保険契約者変更にあたって被保険者の同意が約款上要請される。ただし、これは、保険法38条(=保険契約の締結には被保険者同意を要する)の類推適用があると解すべきとの見解がある1
 
1 山下友信「保険法」(有斐閣2005年)p275参照。旧商法の条文についての解説ではあるが、保険法で法文の内容が変更されていないため同様の解釈となると考えられる。
(2) 契約の譲渡を受ける者は保険対象となるべき利益を有し、譲渡を行う者の権利義務を譲り受けることができなければならない(同条2項)。
―この条文は保険契約を譲り受ける者が被保険利益を有することとなることが必要ということを意味する。保険法では3条において「損害保険契約は、金銭に見積もることができる利益に限り、その目的とすることができる」とあるので、被保険利益を有さない者が保険契約を譲り受けることはできず、同じ結論になるものと考えられる。ただ、保険事業法の規定は損害保険に限定されていないので、生命保険における被保険利益という概念(またはそれに類する考え方)を認めているようにも読めるのが特徴的である。

(3) 保険契約の移転は現保険契約者が書面で保険企業等に通知し、保険企業等が書面で同意をしたときに限り有効となる。ただし、国際慣行あるいは保険契約で別途定めがある場合を除く。
―本項は保険契約者変更にあたっては、現在の保険契約者および保険企業等の双方の書面の交換が必要と規定している。保険法には同種の規定はないため、書面の交付が必ずしも法的に要請されるわけではない。ただ、日本でも契約者変更にあたっては、契約当事者である保険会社の同意が必要であり(民法472条2項参照)、伝統的な保険証券を発行する保険会社の実務では書面で契約者変更行う取り扱いとなっていると思われる。ウェブ完結型の保険では必ずしも書面では行われないものも存在しよう。
2|再保険の取扱(29条)
保険事業法29条は再保険が締結された場合の権利関係が定められている。内容は以下の通りであるが、元受の保険企業等が再保険を締結した場合であっても、元の保険契約関係には何ら影響を及ぼさないという内容になっている。日本でも同様の結論となると考えられるが、このような規定は保険法には存在しないことから、保険事業法に独特の規定となっている。

(1) 再保険契約が締結された場合であっても、保険契約を締結した保険契約者に対しては保険企業等が単独の責任を負う。再保険会社が再保険契約上の債務を履行しない場合であっても、保険企業等は保険契約者に対する保険金支払い義務を拒絶あるいは延期することはできない。

(2) 再保険を引受けた再保険会社は別途定めがない限り保険契約者から直接保険金を請求されない。

(3) 保険契約者は別途約款に規定がない限り、再保険会社に保険料を支払うことを要求されない。

3――保険金の請求・支払い(30条~32条)

3――保険金の請求・支払い(30条~32条)

1|保険金の請求期限(30条)
保険事業法30条は、保険事故発生時における保険金請求期間(日本でいう消滅時効)を定めている。

(1) 保険契約における保険金請求権の行使および保険金の支払期間は保険事故の発生から1年の間とする。不可抗力発生時期および請求を妨げる事情のある期間は上記1年間の期間内に算入されない(1項)。
―保険法では保険給付を請求できる期間を3年間と定めており、3年の間に請求がなされないと請求権は時効により消滅する(95条1項)とする。期間という側面では日本の方が若干消費者有利となっている。そして消滅時効の起算点は保険法に特則がないので、民法で定める「権利を行使できるとき」であると解されている(民法166条1項2号)2
そして、上記の不可抗力についてだが、日本の民法では天災その他避けることのできない事変のため、時効の完成の猶予等を行うための裁判上の請求や強制執行等の手続きを行うことができないときは、その障害が消滅した時から三か月を経過するまでの間は時効の完成が猶予される(民法161条)とされており、保険事業法と同様の結果となる。
 
2 山下友信・米山高生「保険法解説」(有斐閣2010年)p760(沖野眞已執筆分)参照。
(2) 保険事故の発生を被保険者または保険金受取人が知らなかったことが証明された場合には、被保険者等が事故発生を知ったときから保険金請求期間が開始する(2項)。
―保険法にはこのような規定はない。そして上記の「権利を行使できるとき」は請求者の知・不知は問わないという解釈が一般である。したがって保険金受取人が事故発生を知らなかった場合の特別な取扱いは法律上存在しない。ただし、時効の完成により権利が消滅するのは保険企業等が時効を援用したとき(=援用しないことができる)に限るので、真にやむを得ない状況がある場合には保険企業等の実務として、保険金支払いに応ずることになると考えられる3
 
3 同上p771参照。また最高裁平成15年12月11日判決も参照。
(3) 第三者(=被害者)が保険契約者に対して保険の対象となる損害を補償するように請求した場合においては、第1項の保険支払期間はその請求時より開始する (3項)。
―自動車事故で対物事故を起こしたような場合においても、保険法は被害者の損害賠償請求権は事故発生時に発生し、保険金請求権も事故時点から発生するのが原則である。ただ、損害賠償額、たとえば壊れた塀の修理代などは被害者から請求があってから事実上確定するものであることを考えると、保険法の時効規定においても保険金請求の権利を行使することができるのは第三者から請求があったときと解する余地もあるように思われる。この点は上記(2)同様に、保険会社が時効を援用するかどうかという実務で対応するものと考えられる。
2|保険金支払い期限(31条)
保険事業法31条は、保険金支払請求があった場合に、保険企業等がいつまでに保険金を支払うのかという支払期限を定めている。

(1) 保険事故が発生した場合、保険企業等は保険契約に定められた支払期限にしたがって保険金を支払わなければならない。保険契約に期限についての定めがない場合には、有効な保険金請求書を受領してから15日以内に支払わなければならない(1項)。
―保険法における保険金支払期限(履行期)の規定は若干複雑である。生命保険について説明すると、保険法では、1)給付期限の約定(例えば10日)があっても、それが「契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日(例えば7日)後の日」より後の場合である場合は、「契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日(つまり7日)」までに支払う必要がある。そして、2)給付期限の約定がない場合には「請求に係る保険事故の確認をするために必要な期間を経過するまで」に支払うこととなっている(52条)。
これを受け、約款では事項確認に必要な相当期間を勘案したうえで、請求書類を受け付けた翌日から原則5営業日以内、調査を要する場合には45日以内、海外での事故などでは180日以内などと規定されている(日本生命約款より)。
保険金支払い期限についての規定は条文を読む限り、保険事業法の方が、保険企業等の裁量が大きく見える。
(2) 保険企業等が第1項に定める保険金支払いを遅延した場合には実際に支払いをした期限までの遅延利息を支払わなければならない。利息は民法(Civil Act)に定めるところによる(2項)。
―この規定は日本では民法に定めるところと同様である。すなわち民法419条1項によると、保険金支払いの遅延が発生した後は遅延利息を損害賠償として払うこととされ、その利息は現時点では3%となっている。
3|紛争処理(32条)
保険事業法32条は紛争当事者間(典型的には保険企業等と保険契約者)の解決について規定している。具体的には、紛争が交渉によって解決しない場合には、保険契約または法律の定めに従って、調停、仲裁、裁判によって解決されるものとする。
―日本にはこのような規定はない。ただし、日本の保険業法では、指定紛争解決機関を設立することとされており(2条28項、308条の2)、指定紛争解決機関は苦情の処理の支援のほか、和解案の策定、および特別調停案(=保険契約者が調停案に同意をした場合には保険企業等が訴訟をしない限り受け入れる義務のある調停案)の策定を行う(308条の7)。このほか、訴訟が提起できるのは当然である。

4――おわりに

4――おわりに

今回の解説の前半部分は、保険契約者の変更手続や再保険の権利関係など日本の保険法にはない規定であった。しかし、日本における保険企業等の実務や約款などと照らし合わせると大きな相違は見当たらない。ただ、細部まで明文で規定する保険事業法の方が一般には理解しやすいのではないだろうか。

また、後半部分の保険金の請求と支払部分であるが、若干定め方や規定内容に日本と異なる部分があるものの、これも大きな相違はないと言える。ただし、消滅時効の定め方が直接的に書かれており、解釈や実務慣行で対応する保険法よりわかりやすく明確であると考える。
 
次回は生命保険・医療保険の1回目を解説する。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

(2023年11月16日「保険・年金フォーカス」)

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