2023年10月24日

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2――数少ない日本企業の先進事例、GMOインターネットグループに学ぶ:(1) 環境変化への迅速な適応力・柔軟性

働き方(ワークスタイル)やオフィス(ワークプレイス)戦略の先進事例は、GAFAなど海外の先進的グローバル企業に散見される。一方、多くの日本企業は、海外の先進的グローバル企業に比べ、本業の事業戦略だけでなく、バックオフィス業務の働き方・オフィス戦略でも大きく立ち遅れていると言わざるを得ない。

その中で、2021年拙稿などで述べてきた筆者の主張に合致する数少ない日本企業の先進事例として、総合インターネットグループのGMOインターネットグループ9(以下、同社グループ)が挙げられる。筆者は、2021年拙稿にて「アフターコロナでは、人々の生活や働き方が大きく変わるニューノーマル(新常態)が訪れると言われているが、オフィス戦略を含めた企業経営には、環境変化に対応して柔軟かつ迅速に変えるべきものがある一方で、こだわり続けて変えてはいけない『原理原則』があることにも留意しなければならない」と指摘した。主としてこの視点から、同社を考察してみたい。

同社グループは、国内で新型コロナウイルスに対する危機感が未だそれほど高くなかった2020年1月に、いち早く全面的な在宅勤務体制に移行して注目を集めたが、一方で「渋谷に構えるメインオフィスは引続き必要」と考えており、環境変化に迅速かつ柔軟に対応するもの(コロナ禍への初動対応としていち早く在宅勤務や印鑑手続き廃止を導入した一方、昨秋以降はワクチン接種や国内での段階的な感染対策緩和の進展を受けて感染対策の段階的な緩和にいち早く着手し、今年2月をもって完全撤廃したことなど)とこだわって変えてはいけないもの(メインオフィスの重要性)を明確に峻別しているように見える。「メインオフィスの重要性」を熟知した上で、「働く環境の選択の自由」の確保に向け平時でのテレワーク制度の導入も進め、筆者が2021年拙稿にて提唱した働き方・オフィス戦略に関わる「2つの重要性」を実践しようとしている。

同社グループがコロナ禍の下で意思決定し実施した一連の企業行動やオフィスに対する一貫した考え方・経営思想は、「企業経営の王道・定石」に基づくものとして高く評価されるべきであり、同社グループは、筆者の主張・考え方をまさに体現している先進事例である、と言える。GMOインターネットグループ代表取締役グループ代表の熊谷正寿氏の経営思想や同社グループの企業行動に学ぶべき点は多い。

前編の本稿では、同社グループによるコロナ禍への一連の対応、すなわち環境変化への迅速な適応の側面について、時系列で概観する。
 
9 1991年マルチメディア事業を目的として創業(設立)。95年にインターネット事業を開始、99年にインターネット企業として日本で最も早く上場(現在は東証プライム上場)。現在は「日本を代表する総合インターネットグループ」を目指し、4つの事業領域で展開。すなわち、(1)インターネットインフラ事業(ドメイン、サーバー、EC支援・決済、セキュリティ等のサービス)、(2)インターネット広告・メディア事業、(3)インターネット金融事業(インターネット銀行、オンライントレード)、(4)暗号資産(仮想通貨)事業(交換、マイニング)を手掛ける。現在グループは、連結対象が108社(うち、当社を含め上場企業10社)、従業員数(2023年6月末)は7,393名(社員6,249名、臨時従業員1,144名)で運営されている。
1産業界に先駆けていち早く新型コロナのBCP対策として大規模導入した在宅勤務
同社グループでは、緊急時におけるサービスの継続・安定運営の実現を重要事項と捉え、東日本大震災の発生以降、様々な有事に備えて日常的にBCPの構築に積極的に取り組んでおり、独自の判断基準に基づき迅速に意思決定ができる体制を整えてきた。その一環で、全従業員10による一斉在宅勤務の訓練を毎年定期的に実施しており、これにより、セキュアな環境下で社内システムにアクセスする手段の整備および電話・インターネット・衛星回線などを介した複数の手段を用いた社内外のコミュニケーションを平常時より確立してきている11。筆者は、2021年拙稿にて「パンデミックや災害時のBCPとして在宅勤務を導入・実施する際に、従業員がいつでもスムーズにストレスなく在宅勤務に移行できるように、日頃からの準備・訓練の実施が欠かせない」と指摘したが、同社では、そのことが東日本大震災以降、日常的・定期的に実践されてきた。

新型コロナ対応の初動として、新型コロナが日本で初めて検出された2020年1月16日に、同社グループの経営陣で構成される災害対策本部(緊急対策本部)を早くも立ち上げ、同本部は、全従業員に向けて新型コロナに対する注意喚起メールを配信している。その配信内容は、冬季休暇や直近で武漢およびその周辺地域に渡航した従業員は速やかに医療機関を受診し、災害対策本部事務局宛てに連絡すること、事態収束まで対象地域への出張を禁止することである12。続いて1月26日(日曜日)には在宅勤務を同本部にて意思決定し、即全グループへ発動し4,000名の従業員をいち早く在宅勤務にした13。このことから、同社グループは、早くも2020年1月の時点で新型コロナ対応を当初からBCP対策と明確に位置付けていたことがうかがえる。一方、産業界では、政府の1回目の緊急事態宣言(2020年4~5月)が4月7日に発出される直前くらいに、初めて新型コロナに対するBCP対応が必要と感じた企業が多かったのではないだろうか。

具体的には同社グループは、新型コロナの感染拡大の可能性を考慮し、事業継続および従業員の安全確保を目的に、2020年1月27日から、中国をはじめ海外からの訪日客の多い渋谷区、大阪市、福岡市のオフィスに勤務する約4,000名14(国内従業員の9割に当たる)を対象に原則在宅勤務とする体制を産業界に先駆けていち早く敷いた15。「新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4,000人規模で一斉在宅勤務へ踏み切った企業は(※同社が)日本で初めて」16であるという。GMOインターネットグループ代表取締役グループ代表の熊谷正寿氏(以下、熊谷代表)は、「この決定を発表した1月26日の時点では、国内で感染が確認されたのはわずか4人でした」「いち早く対応できたことは、私たちが長年続けてきた事業継続計画(BCP)の整備と訓練の成果だと考えています」17と述べている。

在宅勤務命令を発令した当初は、この体制は2020年1月27日から2週間を目途とするとしていたが、その後、同年2月10日より新型コロナ感染流行の長期化に備えた体制へ移行することを決定し、具体的には在宅勤務体制を継続しつつ、業務上やむを得ず出社が必要な従業員については、身を守るための感染予防グッズの配布と出社時・在社時の予防策の徹底により一部出社を認める体制とした18

国内主要オフィス(渋谷区・大阪市・福岡市)に続き、国内の他のオフィスについても2月、3月に順次在宅勤務体制へ移行した。同年4月7日に緊急事態宣言(1回目)が発令されて以降は、一部出社を認めていた対象も、事業継続に必要な最優先の業務のみに限定し、原則在宅勤務とする体制を敷いていた19
 
10 GMOインターネットグループでは、従業員を「パートナー」と呼んでいるが、本稿では従業員と記載することとした。
11 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年1月26日「新型コロナウイルスの感染拡大に備え在宅勤務体制へ移行」、同2020年2月7日「新型コロナウイルス感染流行の長期化に備えた体制へ移行 在宅勤務の継続と、オフィス出社時の感染予防対策を拡充」を基に記述した。
12 「GMOインターネットグループの対応:2020年1月16日(木)災害対策本部より全パートナーに向けて注意喚起メールを配信」GMOインターネットグループホームページ『新型コロナウイルスに関するグループの取り組みと関連リンク集』を基に記述した。
13 「4000人を在宅勤務にした判断について」『クマガイコムⓇ』(GMOインターネットグループ代表取締役グループ代表 熊谷正寿氏のブログ)2020年1月29日より引用。
14 2019年12月末の同社グループ全体の従業員数は、5,238名(外数として平均臨時雇用者数370名)。
15 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年2月7日「新型コロナウイルス感染流行の長期化に備えた体制へ移行 在宅勤務の継続と、オフィス出社時の感染予防対策を拡充」、同2020年3月13日「新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、在宅勤務の対象を拡大」を基に記述した。
16 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年2月28日「在宅勤務に関するアンケートを実施」より引用。(※ )は筆者による注記。
17 ITmedia 2022年2月1日(提供:デル・テクノロジーズ)「オフィスは手放すべき? GMO熊谷代表が解説する『テレワークとの付き合い方』」より引用。
18 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年2月7日「新型コロナウイルス感染流行の長期化に備えた体制へ移行在宅勤務の継続と、オフィス出社時の感染予防対策を拡充」を基に記述した。
19 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年5月25日「withコロナ時代における『新しいビジネス様式 byGMO』へ移行」より引用。
2BCP対策の迅速な振り返りとそれを反映したブラッシュアップの繰り返し
同社グループでは、2011年から10年にわたり定期的に実施してきた震災訓練の成果の確認、BCP計画の高度化、在宅勤務の改善、今後のリモートワークの制度化に役立てるべく、2020年1月27日の在宅勤務への移行から1週間が経過した2月3日・4日の時点と1か月超を経過した3月4日・5日の時点で、従業員の生の声を拾い上げる目的でアンケートをそれぞれ実施した。このアンケート結果から、「長期化する在宅勤務体制の中で、自宅の作業環境を整備するため、各種PC周辺機器や机、椅子、クッション類を購入する動きが見られた他、暖房を使用する時期でもあることから、光熱費の増加も多く指摘された」20という。

公表されたアンケート結果を実際に見ると、まず2020年2月3日・4日実施のアンケートでは、在宅勤務体制となって業務に「支障があった」と回答した比率が25%、「大いに支障があった」が2%と、合計約27%(回答者数765)が何がしかの支障があったと回答した(図表1・問2)。その業務支障の理由として回答数が多かったベスト6は、(1)通信環境が未整備・弱い(回答数158)、(2)コミュニケーションが難しい(同99)、(3)紙ベースの業務に支障(同73)、(4)営業活動に支障(同62)、(5)在宅対応が難しい(同55)、(6)机・椅子等在宅勤務環境が未整備(47)、であった(図表1・問3)。

次に同年3月4日・5日実施のアンケート結果を見ると、在宅勤務体制において、前回のアンケート実施(2月3日・4日)以降、新たに浮き彫りとなった課題として、通信環境(通信速度が遅い、イントラネットが見られない等:回答数211)、自宅環境(光熱費がかかる、家族への配慮等:同160)の回答数が比較的多く、体調(身体的・精神的な負担、運動不足:同96)、出社関係(在宅では郵送・捺印対応が不可等:同82)が続いた(図表2・問3)。さらに在宅勤務に関連して自ら購入したもの、思わぬ出費としては、PC関係(PC周辺機器、モニター、PC本体等)の回答数が524(割合:約27%)と圧倒的に多く、生活関係(光熱費、食費等)が355(同:約18%)、業務環境関係(机・椅子、座布団・クッション等)が274(同:約14%)と続いた(図表2・問4)。

そこで、同社グループは、従業員から特に要望の多かった「費用負担」と「通信環境」に関する課題を解決するべく、「オフィスコスト還元プログラム」と「通信環境整備支援」の実施を2020年4月10日に決定した。オフィスコスト還元プログラムとは、在宅勤務体制となったことで削減(同年1月分との比較)が見込まれる、オフィスの水道光熱費、社内カフェで無料提供しているドリンク・食事などに係る費用を財源として、在宅勤務体制の継続期間中は毎月支給するものであり、通信環境整備支援は、同社が提供するプロバイダーサービス「GMOとくとくBB」を国内全従業員向けに特別価格で提供するものである21

またアンケート結果から、捺印手続きのために出社しなければならない事態が多いことを確認したため、2020年4月17日にはグループ内での印鑑手続きの完全廃止を意思決定した22(図表2・問3)。なお在宅勤務を続けた中で、運動不足も課題の1つに挙げられたが、これへの対応としては後編で述べるように、2022年7月に従業員が無料で利用できるフィットネスジムを社内にオープンした(図表2・問3)。
図表1  GMOインターネットグループ:在宅勤務における業務支障の有無と業務支障の理由(2020年2月3日~4日・従業員アンケートから抜粋)
図表2  GMOインターネットグループ:在宅勤務において新たに浮き彫りになった課題と自ら購入したもの・思わぬ出費(2020年3月4日~5日・従業員アンケートから抜粋)
2021年拙稿で述べた通り、「危機対応のBCP対策では、実施した施策を迅速に振り返って課題を抽出し、それを反映した改善・見直しを図ることが定石である」が、同社では、この定石通り、産業界に先駆けて実施した在宅勤務の期間中に早くも社内アンケートを実施するとともに、そのアンケートから出てきた従業員の意見・アイデアを経営の意思決定に迅速に2020年4月に取り入れ、BCPの改善を図った。後述するように、その後も社内アンケートを行ってBCP施策の見直しに活かし、継続的にBCPのブラッシュアップ(アップデート)を繰り返し行っていることが特筆される。

筆者は、2021年拙稿にて「企業が在宅勤務での生産性格差を是正するためには、従業員が自宅の作業環境を整えるための金銭的サポートを行うことが欠かせない」と指摘したが、同社では、このように従業員の生の声・要望を迅速に拾い上げ、2020年4月にいち早く自宅の作業環境の整備をサポートする施策を打ち出した。在宅勤務への移行で浮いた水道光熱費などオフィス運営費の削減分を、利益として留保するのではなく従業員にきっちりと還元することで、従業員に寄り添う施策を迅速に打ち出したのは、従業員を大切にする社会性の高い経営姿勢を示している。
 
20 GMOインターネットグループPRESS RELEASE 2020年4月10日「在宅勤務で浮いたオフィス経費を全パートナーに還元」より引用。
21 注20と同様。
22 GMOインターネットグループホームページ「印鑑の完全廃止に関するグループの取り組みと関連リンク集」より引用。

(2023年10月24日「基礎研レポート」)

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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