2023年10月10日

コロナ禍における賃貸マンション市場の動向-賃貸管理データより算出された空室率に基づく分析

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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賃貸住宅は、機関投資家と個人投資家の双方にとって、重要な不動産セクターである。日本の賃貸住宅市場の資産規模は77.1兆円にのぼり、収益不動産全体の約27%を占めている1。これは、オフィスセクターの資産規模103.1兆円(占率36%)に次ぐ規模であり、商業施設の67.7兆円(同23%)、物流施設の31.7兆円(同11%)、ホテルの10.0兆円(同3%)よりも大きい。

しかし、賃貸住宅の市場全体の動向を示すマクロデータの充実度は十分とは言えない。賃貸住宅は小規模な物件が主体であり、市場の裾野も広いため、市場全体のデータを広く収集するのは容易ではないためである。特に空室率に関するデータは少なく、賃貸住宅市場の動向を把握する上での課題となっている。

近年、テクノロジーの進展を背景に、新しいデータが生まれつつある。このようなデータは、「オルタナティブデータ」と呼ばれ、従来使われてきた経済統計や財務データとは異なる価値を持つとして注目を集めている。特に、コロナ禍を経て、オルタナティブデータへの関心が一段と高まっている。オルタナティブデータには、位置情報データやPOSデータ、さらには社内に眠っていた業務データなども含まれる。

本稿では、日本情報クリエイト株式会社が提供するオルタナティブデータ「CRIX」をもとに、コロナ禍における賃貸マンション市場の動向について分析する2。CRIXは、同社の不動産管理会社向け業務管理システム「賃貸革命」の賃貸管理データに基づき算出された賃貸住宅の賃料・空室率データである。
 
1 吉田 資・室 剛朗・藤野 玲於奈「わが国の不動産投資市場規模(2023年)~「収益不動産」の資産規模は約289.5兆円(前回比+13.9兆円)。前回調査から「賃貸住宅」・「商業施設」・「物流施設」・「ホテル」が拡大する一方、「オフィス」は縮小」、不動産投資レポート、2023年07月18日
2 日本情報クリエイト株式会社(本社:宮崎県都城市、代表取締役社長:辻村都雄)と株式会社ニッセイ基礎研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:手島恒明)は、賃貸住宅市場の動向に関する共同研究を行っている。

1――日本の単身向け賃貸マンション市場

1――日本の単身向け賃貸マンション市場:コロナ禍による調整局面は終了

まず、2020年からのコロナ禍における日本の賃貸マンション市場について、その中心である単身向けに焦点を当てて分析する(図1)3。単身向けの賃貸マンションの空室率は、2020年1月から2020年8月にかけて6.3%~6.5%の狭い範囲で推移した。しかし、2020年9月から空室率は上昇を始め、2022年2月には8.9%に達した。その後もしばらく横ばいで推移したが、2022年11月からは低下に転じ、2023年7月には7.4%まで下がった。これは、コロナ禍における空室率上昇分のおおよそ半分が戻ったことを意味する。

賃料を見ると、2020年5月まで賃料変化率は前年比プラスで推移したが、2020年6月に▲0.1%とマイナスに転じた4。その後、賃料変化率は緩やかに下げ幅を拡大し、2021年6月には▲1.6%に達したが、空室率の上昇が一服した2022年5月には再びプラス圏に戻った。しかし、賃料上昇に力強さはなく、2023年7月には▲0.1%と再びマイナスになっている。

単身向けの賃貸マンションは、2020年夏から調整局面に入ったが、2022年後半からは回復傾向を示している。コロナ禍ではリモートワークやオンライン授業の普及などにより、都市部への人口流入が停滞したため、単身向け賃貸マンション市場の需給は緩んだものの、2022年後半にはその影響も徐々に薄れたことが示唆される。ただし、今のところコロナ禍前の力強さは取り戻すには至っていない。
図1 日本の単身向けの賃貸マンションの空室率と賃料変化率
 
3 本稿では、賃貸面積を30m2未満、30m2以上50m2未満、50m2以上の3つのカテゴリに分けて分析する。住生活基本計画における最低居住面積水準(健康で文化的な住生活の基礎として必要不可欠な住宅の面積)は、2人世帯で30m2とされるため、本稿では30m2未満を単身向けとみなした。また、不動産仲介大手SUUMOのデータによると、東京都の賃貸マンションの募集件数108万件のうち、30m2以下の物件が63万戸と全体の58%を占める(2023年9月25日時点)
4 賃料は新規成約賃料ではなく、賃貸物件全体の平均賃料を指す。

2――賃貸面積別の賃貸マンション市場動向

2――賃貸面積別の賃貸マンション市場動向:コロナ禍は単身向け中心に影響

次に、コロナ禍における賃貸マンション市場の動向を賃貸面積別に、30m2未満、30m2以上50m2未満、50m2以上の3つのカテゴリに分けて比較する(図2)。空室率の変動パターンは、面積別に見ても大きく変わらず、2020年9月から空室率の上昇が明確に始まり、2022年前半には空室率がピークを迎え、2022年の終盤にかけて低下に転じている。

一方、空室率の変化幅は面積によって異なり、2020年8月からコロナ禍におけるピークまでの上昇幅は、30m2未満が+2.5%と最も大きく、次に50m2以上が+2.1%、30m2以上50m2未満が+1.6%となった。ピークアウトした後の低下幅も同様の順序となった結果、2023年7月の空室率はコロナ禍の影響が顕在化する前の2020年8月と比べて、30m2未満が+1.1%、50m2以上が+0.8%、30m2以上50m2未満が+0.6%高い水準にある。
図2 日本の賃貸住宅の賃貸面積別空室率
賃料の変動パターンは賃貸面積ごとに異なる特徴が見られた。30m2未満の物件は、2020年6月から賃料変化率がマイナスを記録し、2021年7月まで下落幅が拡大した。そして、プラス圏に戻ったのは2022年5月になってからである。また、50m2以上の物件では、2020年2月から2021年4月まで賃料変化率が-となったが、賃料下落がコロナ禍の影響が顕在化する前から始まっていたことからすると、それ以外の要因が作用していたと考えられる。それを考慮すると、基本的に、30m2~50m2と50m2以上の賃料変化率は、コロナ禍を通じて大きく変化しなかったと言える。

コロナ禍の影響により賃貸マンションは全ての面積カテゴリで空室率が上昇した。特に、30m2未満の物件の空室率が最も大きく上昇し、これに伴い賃料も下落した。しかし、他の面積カテゴリでは賃料の大きな変動は確認できず、市場は比較的安定していたことが伺える。
図3 日本の賃貸住宅の賃貸面積別賃料変化率
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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