2023年10月10日

気候変動が生命保険事業に与える影響についての取組み

基礎研REPORT(冊子版)10月号[vol.319]

保険研究部 上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長 有村 寛

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● 地球が沸騰する時代の到来

今年の夏はとにかく暑い日が続いた。実際、この7月の世界の平均気温は過去最高、日本の今夏の平均気温も1898年の統計開始以降最も高かったという。

今年3月に「気候の時限爆弾が時を刻んでいる」と述べ、危機感を示した国連のグテーレス事務総長は、この7月に「地球温暖化の時代は終わり、地球が沸騰する時代がきた」と発言しており、気候変動が新しい局面を迎えたことを感じさせるものであった。

● 研究途上にある生命保険事業への影響

気候変動が人間の生死や健康に与える影響については、現在の科学的知見では未だ不確実性が高く、生命保険事業の保険金支払についての中長期的な予測は限界があるのが現状である。

気候変動への取組みが先行していると言われるアクサ(仏)等においても、定量的な将来予測については、部分的に開示を始めた段階にあると考えられる。日本においても、一部の生保において、暑熱等に事象を限定して長期的な影響を予測しており、先進的な取り組みといえよう。

● 当研究所における取組の方向性(全体像)

当研究所では、数年間の基礎研究を経て、昨年度より、気候変動が生命保険事業に与える影響について具体的な取り組みを開始している。大きくは以下の4つのステップに沿って取組みを進めることを予定しており、現時点は、第2ステップの初期の段階である。
<第1ステップ(「気候指数」の作成)>
気候変動による影響として、極端な気象等個々の事象をみることはできても、「国や地域全体でどれくらい極端さが高まっているのか」といった状況を把握することは容易ではない。そういった中、北米等では、これらの状況を指数化して、その動きを把握しようとする取り組みが始まっており、それらの先行研究を参考にしつつ、日本における「気候変動の極端さ」について、指数化に取り組む。

<第2ステップ(「気候指数」と死亡率の関係のモデル化)>
第1ステップで作成した「気候指数」と、過去の日本の死亡実績データの相関関係について研究し、モデル化(「気候指数」と「死亡実績データ」の関係を定式化する)に取り組む。

<第3ステップ(「将来予測(プロトタイプ)」の実施)>
IPCCのシナリオ等に沿って気候変動するとした場合の気候指数の将来の値を推計し、第2ステップで得られたモデルにあてはめることにより、将来の死亡率を予測する。

<第4ステップ(従来のデータからは予測できない要素(エマージング死因)の外装)>
従来データからは予測できない要素につき研究し、第3ステップの将来予測に加味していく。

なお、これら各ステップは、個々に継続的に精緻化を続けることが必要となる。

● 第1ステップ(日本における「気候指数」の作成)【昨年度取組み】

昨年度は第1ステップとしての「日本における『気候指数』の作成」に取り組み、その検討段階に応じて3つの基礎研レポートを公表している。

【2022年9月8日付基礎研レポート】
気候変動指数化の海外事例 日本版の気候指数を試しに作成してみると…
「国や地域全体でどれくらい極端さが高まっているのか」について、北米等における先行研究の紹介ならびに、東名阪のデータを使い日本における気候指数を試作。

【2022年12月28日付基礎研レポート】
気候変動指数の地点拡大 日本版の気候指数を拡張してみると…
東名阪3地点から、気象庁が採用している都市化の影響が比較的小さい15地点、都市における気温の変化率を見る際に用いる11都市を加えた計26地点に増やして、日本における気候指数を作成。

【2023年4月6日付基礎研レポート】
気候指数 [全国版] の作成 日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準
湿度等の指数の追加に加え、観測地点をさらに増やし、日本全体の気候指数を作成。

● 第2ステップ(「気候指数」と死亡率の関係のモデル化)【今年度取組み】

今年度より、第2ステップとしての「気候指数」と死亡率の関係を、統計的な手法を通じて探り、モデル化(定式化)しようとする取組みを開始している。

【2023年8月31日付基礎研レポート】
気候変動と死亡数の増減」死亡率を気候指数で回帰分析してみると…)
人口動態統計から50年分以上の死亡データを抽出、電子データ化やデータ整備、モデル化に際しての試行錯誤を繰り返した後、ようやく第一歩としてのたたき台を作成。

今後は、外部からの意見等も踏まえ、さらなる精緻化に取り組んで行く予定である。

● 今後の取組み

現在、第2ステップの初期段階であり、今後さらなる精緻化を進めて行くが、一定、精緻化が進んで来た段階になれば、第3ステップ、第4ステップと進めて行くことになる。

ここからは、手探りでの研究が続くことなり、試行錯誤を繰り返す場面も多くなることが想定されるが、我々としては避けて通れない課題と考えられることから、粘り強く取り組んでいきたい。
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保険研究部   上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長

有村 寛 (ありむら ひろし)

研究・専門分野
保険商品・制度

経歴
  • 【職歴】
    1989年 日本生命入社
    1990年 ニッセイ基礎研究所 総合研究部
    1995年以降、日本生命にて商品開発部、法人営業企画部(商品開発担当)、米国日本生命(出向)、企業保険数理室、ジャパン・アフィニティ・マーケティング(出向)、企業年金G等を経て、2021年 ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月より現職

(2023年10月10日「基礎研マンスリー」)

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【気候変動が生命保険事業に与える影響についての取組み】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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