2023年09月28日

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1. はじめに

東京都心部Aクラスビル1の空室率は、在宅勤務の普及に伴うオフィス戦略の見直しなどを背景に上昇し、2014年第3四半期以来となる5%台に達した。また、成約賃料は、需給バランスの緩和に伴い、下落基調で推移している。本稿では、東京都心部Aクラスビル市場の動向を概観し、2027年までの賃料と空室率の予測を行う。
 
1 本稿ではAクラスビルとして三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している。詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2021」を参照のこと。なお、オフィスレント・インデックスは月坪当りの共益費を除く成約賃料。

2. 東京都心Aクラスオフィス市場の現況

2. 東京都心Aクラスオフィス市場の現況

2-1. 空室率および賃料の動向
東京都心部Aクラスビルの空室率は、2020年第4四半期以降、上昇基調で推移している。2023年第2四半期は5.9%(前期比+1.2%)となり、2014年第3四半期以来となる5%台に達した。

Aクラスビルの成約賃料(オフィスレント・インデックス2)は、需給バランスの緩和に伴い、下落圧力が強まるなか、2023年第2四半期は25,655円(前期比▲6.6%、前年同期比▲11.8%)となった(図表-1)。
図表-1 都心部Aクラスビルの空室率と成約賃料
Bクラスビル及びCクラスビルについては、空室率がやや改善し、成約賃料は下げ止まり感もみられる。2023年第2四半期の空室率はBクラスビルで4.5%(前期比▲0.4%、前年同期比▲0.7%)、Cクラスビルで4.4%(前期比▲0.2%、前年同期比▲0.6%)となり(図表-2)、成約賃料はBクラスビルで18,545円(前期比+5.7%、前年同期比▲1.0%)、Cクラスビルで16,682円(前期比▲0.1%、前年同期比▲0.6%)となった(図表-3、図表-4)。

賃料と空室率の関係を表した「賃料サイクル3」をみると、東京オフィス市場は2020年第3四半期以降、「空室率上昇・賃料下落」の局面が継続している(図表-5)。
図表-2 東京都心部の空室率/図表-3 東京都心部の成約賃料
図表-4 東京都心部の成約賃料(前年同期比)/図表-5 東京都心部Aクラスビルの循環図
 
2 三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で開発した成約賃料に基づくオフィスマーケット指標。
3 賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、(1)空室率低下・賃料上昇→(2)空室率上昇・賃料上昇→(3)空室率上昇・賃料下落→(4)空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。
2-2. 空室率と募集賃料のエリア別動向
三鬼商事によれば、東京ビジネス地区(2023年8月時点)で「賃貸可能面積」が最も大きいエリアは、「港区(32.2%)」で、次いで「千代田区(29.3%)」、「中央区(17.9%)」、「新宿区(12.5%)」、「渋谷区(8.2%)」の順となっている(図表-6)。

「賃貸可能面積」は、「千代田区」(前年同月比▲4.1万坪)、「中央区」(同▲1.4万坪)、「渋谷区」(同▲0.2万坪)で減少する一方、「港区」(同+12.0万坪)と「新宿区」(同+1.3万坪)で増加し、合計+7.6万坪となった。これに対して、テナントによる「賃貸面積」は、「港区」(同+8.0万坪)と「新宿区」(同+1.6万坪)で増加し、合計+7.8万坪となった(図表-7)。この結果、空室面積は、東京ビジネス地区全体で▲0.2万坪の減少となった。
図表-6 東京ビジネス地区の区別オフィス面積構成比(2023年8月)/図表-7 東京ビジネス地区の区別オフィス需給面積増分(2023年8月)
エリア別の空室率(2023年8月時点)を確認すると、「千代田区3.7%」(前年比▲1.2%)、「渋谷区4.2%」(同▲0.0%)、「新宿区5.3%」(同▲0.4%)、「中央区7.1%」(同▲0.5%)が低下した一方、「港区9.5%」(同+1.2%)は上昇した(図表-8左図)。

募集賃料は、「渋谷区(前年比+1.4%)」が上昇したが、「中央区(同▲2.1%)」、「千代田区(同▲2.4%)」、「港区(同▲2.4%)」、「新宿区(同▲3.3%)」は下落した(図表-8右図)。
図表-8 東京ビジネス地区の地区別空室率・募集賃料の推移(月次)
2-3. 企業のオフィス環境整備の方針等を踏まえた、今後のオフィス需要を考える
以下では、(1)「オフィスワーカー数の動向」、(2)「事業所の開業率と廃業率の動向」、(3)「在宅勤務の状況」、(4)「フリーアドレス4の導入状況」、(5)「オフィス環境整備の方針」について概観し、今後のオフィス需要への影響を考察する。
 
4 従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。
(1) オフィスワーカー数の動向~情報通信業等を中心に就業者数は増加、人手不足感は引き続き強い
総務省「労働力調査」によれば、東京都の就業者数は、2021年第3四半期から8期連続で前年同期比プラスとなり、2023年第2四半期は842万人(前年同期比+5.3万人)となった(図表-9・左図)。

就業者を産業別にみると、2018年第1四半期を100とした場合、都心5区のオフィスワーカーの割合が高い「情報通信業」が134、「学術研究,専門・技術サービス業」が121、「金融業,保険業」が108となり、大幅に増加している(図表-9・右図)。
図表-9 東京都の就業者数
内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「関東地方」の「従業員数判断BSI」(全産業)5は、2020年第2四半期に+4.6へ大きく低下した後、緩やかな回復が続く。2023年第3四半期は+21.9となり、コロナ禍前の水準(+20.3)を上回った(図表-10)。業種別にみても、「製造業」・「非製造業」ともに回復しており、2023年第3四半期は「製造業」が+12.4、「非製造業」が+26.3となった。オフィスワーカーの割合の高い「非製造業」は、人手不足感がより強いと言える。
図表-10 従業員数判断BSI(関東地方)
このように、東京都の就業者数は、情報通信業等を中心に増加が続いており、オフィスワーカーの割合の高い非製造業では人手不足感が強まっている。引き続き、雇用情勢を注視する必要があるが、東京都心部のオフィスワーカー数が減少する懸念は小さいと言えよう。
 
5 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
(2) 事業所の開業率と廃業率の動向~都心5区では、開業率が廃業率を上回る
国や地域における経済活動の状況を測る指標の一つに、開業率と廃業率が挙げられる。事業所の開業率と廃業率の差(開業率-廃業率)は、オフィス床の需要を表す指標と考えられる。「開業率-廃業率」の値が拡大した地域は、事業所を開設する需要が高まる一方、「開業率-廃業率」の値が縮小した地域は、事務所開設の需要が後退すると捉えられる。

総務省統計局「経済センサス‐活動調査」をもとに算出した値によれば、都心5区の開業率6(2016年~2021年の年平均)は9.1%(全国平均4.7%)、廃業率7は8.0%(同5.5%)となり、「開業率-廃業率」は+1.1%(同▲0.8%)となった(図表-11)。「開業率-廃業率」の全国平均は、廃業率が開業率を上回りマイナスとなった一方で、都心5区ではプラスを維持しており、底堅いオフィス床需要が確認できる。区別に「開業率-廃業率」を確認すると、千代田区(+3.0%)が最も大きく、次いで渋谷区(2.1%)が大きい。一方、中央区(▲1.1%)はマイナスとなった。
図表-11 都心5区の開業率および廃業率
また、産業別に、都心5区の「開業率-廃業率」を確認すると、オフィスワーカーの割合が高い「金融業,保険業」が+5.6%(図表-12)、「情報通信業」が+4.7%(図表-13)、「学術研究,専門・技術サービス業」が+3.8%(図表-14)と高水準となっている。都心5区において、これらの業種のオフィス床需要は旺盛だと言える。区別にみると、「情報通信業」と「金融業,保険業」は千代田区(+10.0%・+7.5%)が最も大きく、「学術研究,専門・技術サービス業」は渋谷区(+5.6%)が最も大きい。

政府は「スタートアップ育成5か年計画」を2022年11月に策定し、創業支援に乗り出している。今後、創業支援の取組みが効果を発揮し、オフィス床需要を下支えすることが期待される。
図表-12 都心5区の開業率および廃業率(金融業,保険業)/図表-13 都心5区の開業率および廃業率(情報通信業)
図表-14 都心5区の開業率および廃業率(学術研究,専門・技術サービス業)
 
6 新設事業所数(2016年~2021年の年平均)÷期首(2016年)の事業所数
7 廃業事業所数(2016年~2021年の年平均)÷期首(2016年)の事業所数

(2023年09月28日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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