2023年09月22日

「日本仕様のジョブ型雇用」とは何なのか(2)-先行事例から見る実態と特徴-

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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1――はじめに

前稿においては、(1)日本政府が職務給(ジョブ型)への転換を急ぐ背景に、バブル崩壊後の長きにわたる縮小均衡の結果、経済成長の面で日本が諸外国の後塵を拝していることから、人的資本投資や労働市場改革を行い、新たな価値を創造する経済を創出させるという政策的意図が存在すること、(2)職務給は新しい概念ではなく、政府や経済界は戦前から導入を志向してきたこと、を確認した。

本稿では、冒頭でジョブ型雇用を巡る様々な誤解について触れた上で、中盤以降では日本企業におけるジョブ型雇用の導入事例を取り上げ、未導入の企業は今後どうすべきかについて筆者の見解を述べたい。

2――ジョブ型に関する誤解

2――ジョブ型に関する誤解

ジョブ型という言葉は近年多くのメディアや人材コンサルティング会社等でも紹介されている。しかし、必ずしも正確に伝えられていない場合もある。鶴(2023)では、ジョブ型に際して、いくつもの誤解が存在すると指摘される。

まず、「ジョブ型雇用は解雇しやすい」という誤解が挙げられる。ジョブ型は職務の存在がまずあり、そこに人を貼り付ける雇用である。よって、職務や事業所自体が消失すると、メンバーシップ型雇用に比べて解雇の可能性は高くなると考えられる。職務の消失は最も正当な解雇理由だからである。しかしながら、欧州諸国においては日本同様あるいはそれ以上に解雇のハードルは高く1、個々のケースは裁判で争う等のステップが存在する(図表1)。よって、ジョブ型雇用が解雇しやすいというのは、誤りである。
(図表1)正規労働者の個別・集団解雇に関する指標
おそらくこの誤解は米国の例を念頭に置いているのだろう。米国は随意雇用原則のもと、事前予告なしに解雇できる等2、世界でもまれにみる解雇規制の緩さが特徴3である。個別法(差別禁止や法律上の権利行使への報復、内部告発、陪審員や選挙権行使等への報復差別を禁ずる法律)、州法、労働協約等で一定の制約が課されているものの、解雇しやすさは図表1のとおりである。

日本においては、会社側に強大で広範な人事権が与えられている代わりに、従業員を解雇するためのハードルが高いとされている。例えば整理解雇の4要件が挙げられる。

ここでいう整理解雇の4要件とは何か。整理解雇とは、不景気や経営不振などの理由により、人員削減のために行う解雇を指す。これは使用者側の事情によるものであるから、下記4点に照らし、整理解雇の有効性が判断される(図表2)。

よって、「解雇がしやすいだろう」ということをジョブ型雇用導入の誘因とすることは誤りであるといえる。
(図表2)整理解雇の4要件
二つ目に、「ジョブ型は成果主義である」という誤解である。ジョブ型は賃金が職務に紐づいているが、成果で賃金が変動するという仕組みではない。職務分析に基づき価格が付けられた職務があり、それを遂行できる者が採用される。

鶴(2023)では、「ジョブ型を企業に売り込む側がジョブ型を成果主義の隠れ蓑にしたいという下心を感じる」と指摘されている。また、濱口(2023)によれば、かつて称揚され導入されたが失敗と判り撤回が相次いだ成果主義賃金制度は、賃金カーブの傾きを低くするために用いられた、つまり中高年の賃金の伸びを抑えるために用いられた面があると分析した。当時はバブル崩壊とそれに続く景気低迷の中、中高年の「リストラ」が相次いだ時代である。

三つ目に、「職務記述書(ジョブディスクリプション:以下JD)があるのがジョブ型雇用である」という誤解である。まず、メンバーシップ型においてもJDは有用である4。ジョブ型においては、ある職務に対する採用・異動は社内外から公募することが前提であるため、職務内容、求められるスキル等を定義したJDが必要になるわけであって、JDがあればジョブ型というわけではないのだ。海老原(2021)によると、欧米におけるJDは、今日のような変化の速い時代においては、一度作ってもすぐに想定しない事象が発生し、メンテナンスに膨大な時間が割かれること、同僚との協業をしなくなる、等の弊害が大きいことから、曖昧な書き方、あらゆることをカバーできる書き方になっているという(図表3)。また、欧米企業においても優秀層は、むしろ日本のメンバーシップ型のように、無限定な働き方をすることが多いとされる。
(図表3)ある海外企業の人事部のアシスタントクラスのJD
 
1 OECDの、正規労働者の解雇のしにくさに関する調査によれば、日本はOECD加盟国の平均以下(解雇しやすい)の数値であった。米国が最も解雇しやすい他、アングロサクソン諸国は総じて平均以下であった。
2 逆に、従業員側からもいつでも職を辞することができる。
3 米国では、雇用は事業主と従業員の双方の自由意思に基づくEmployment at will(解雇自由雇用)とされ、雇用契約の内容に対する政府の規制は極めて少なく、事業主からの解雇も任意に行うことができるのが原則であった。しかし、1960代以降、employment discrimination(雇用差別)を禁止する多くの法制が整備され、人種、皮膚の色、宗教、性別、国籍、年齢、障害、妊娠・出産などの事由に基づく雇用差別は違法とされるようになった。(吉川達夫、飯田浩司『ハンドブック アメリカ・ビジネス法』(第一法規、2018年3月)、P.180)。また、連邦厚生労働基準法上の最低賃金や残業代支払の対象外となるエグゼンプト労働者(一定の職務・裁量・給与水準等の要件に合致するホワイトカラーの管理職、運営職、専門職等)は、非エグゼンプト労働者に比べ高給である等の利点がある一方、組合や雇用契約で守られる非エグゼンプト労働者よりも解雇されやすいとされる。
4 職務記述書とは様式が異なるが、日本の労働法制上、雇用条件通知書の交付義務があり、絶対的明示事項として雇用期間、契約更新、就業場所・業務内容、就業時間・休憩・休日等、賃金支払方法・時期、退職(解雇事由)、昇給が挙げられる。無限定正社員の場合は、雇用期間:「期間の定め無し」、就業場所:「(具体的住所)その他国内外の会社が指定する場所」、職務内容「(具体的業務)その他関連業務の他、会社が指定する業務」。就業時間:「(具体的時間)、所定外労働・休日出勤あり」、という記載が為されていると考えられる。https://www.roudoumondai.com/qa/employment/clarification_of_working_conditions.html
労働問題.com、2023年8月2日閲覧。

3――既に導入している企業の例

3――既に導入している企業の例

岸田首相は第211回国会における施政方針演説の中でも労働市場改革を推進することに触れていた。その中で、2023年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルを提示する、としていた。指針において、2023年12月末までに、多くのモデルが示される予定だが、今回の3文書5においては、3社のモデルが提示された(図表4)。各資料には企業名ではなく、イニシャルで記載されているが、日立製作所、富士通、資生堂各社の人事部門トップ等は三位一体労働市場改革分科会に委員として参加し、各社取組について説明をしている事等からも、当該3社であると考えられる。

特徴としては、海外展開をする中、グローバルな社会・顧客ニーズへの対応、当該ポストへの社内外から最適な人材のアサインメント(割当て)、JDを用いた人材育成等を導入目的としている。また、海外拠点の人事はジョブ型、国内人事はメンバーシップ型だと運用が難しいことも挙げられよう。

人材配置・育成・評価方法は、全社員に各職務のJDを公開し、必要スキル等を明示することで、as is-to beギャップを認識し、リ・スキリングの指針とする。研修等も、階層別の一律研修というより、目指す職務に最適なメニューを用意する。志望するキャリアプランに対する上司の指導もよりきめ細かくなることが求められよう。また、管理職が中心とみられるが、職能から職務に紐づく評価・報酬制度とし、職務の内容や遂行状況をもとに処遇に反映させるとしている。

3社ともポスティング(職務公募)を推進している。JDに基づく募集と人材マッチングを、社内外の人材に対して行い、異動や昇格に際して活用している。選考に至らなかった場合はその理由を伝え、その後の育成に役立てている。

導入に際しては、3社ともJDの作成は、グローバルでのノウハウを有する人材コンサルティング会社のサポートを得て、自社向けに修正を施した。

導入時期は2014~20年と、ばらつきがあるが、いずれもまずは管理職に導入し、その後対象を拡大した。

3社は先行導入企業として称揚されており、早い企業は導入後10年を数えようとしている。相応に知見が蓄積されていると考えられる。今後も日本企業のジョブ型雇用のプロトタイプとして参照されると思われることから、今後はその振り返りや、導入の意図と現実の差や、改善すべき点等の提示も期待される。
(図表4)日本型職務給(ジョブ型雇用)の先行事例
 
5 新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版、経済財政運営と改革の基本方針2023、三位一体の労働市場改革の指針
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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

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