コラム
2021年07月02日

成果主義としてのジョブ型雇用転換への課題-年功賃金・終身雇用の合理性と限界

清水 仁志

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1――はじめに

「年功賃金」「終身雇用」は戦後以降の経済発展を支えた日本的雇用慣行の柱であるが、近年は変化の兆しもある。2019年には、トヨタ自動車の豊田社長が「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べており、経団連の中西前会長も「働き手の就労期間の延長が見込まれる中で、終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と、終身雇用の限界について言及している。実際に、近年では雇用が比較的安定しているとされた大企業においても希望退職者を募る会社が増えている。

本稿では、今まで合理的であると考えられてきた、年功賃金・終身雇用がなぜ変わりつつあるのか、そしてその転換のためにはどのようなことが必要かについて述べたい。

2――年功賃金、終身雇用の合理性

終身雇用とは、定年まで雇うことを前提とした雇用慣行であり、年功賃金とセットで議論されることが多い。これらの関係を説明するためによく用いられるのが、定年制について述べているラジアー(1979)である1

ラジアーの理論では、企業は労働者が若い時は生産性よりも低い賃金を支払い、それ以降は生産性よりも高い賃金を支払う年功賃金が、合理的だと述べている。

年功賃金では、高年齢者は生産性よりも高い賃金を受け取るため、仕事を辞める動機が薄くなる。しかし、企業は労働者が生み出す価値よりも高い賃金を払い続けることはできないため、定年制を導入する必要がある。

労働者が若い時の生産性と賃金の差は企業の預り金として蓄積され、それ以降の生産性を上回る賃金支払いによって取り崩される。全体でみれば入社から定年までの間で総生産価値と総賃金の現在価値はバランスする(図表)。

さて、労働者の総生産価値と総賃金が等しいことは、常に生産性と賃金支払いを一致させた場合にも成り立つ。それにもかかわらず年功賃金を採用するのは、労働者の不正(横領などの犯罪行為だけではなく、勤勉さを欠くことなども含まれる)を防止するためである。労働者は定年まで企業に預り金を預けており、もし不正をすればその一部が回収できない可能性がある。結果として、生産性と賃金を一致させる場合よりも、年功賃金を採用した場合の方が、労働者は預り金の回収のため長く真面目に働くことになる。労働者が真面目に働けば、その分総生産価値は大きくなり、支払われる総賃金も大きくなるという両者にとって合理的な仕組みとなる。
(図表)年功賃金のイメージ図
 
1 Lazear, Edward P. (1979) “Why Is There Mandatory Retirement?”, The Journal of Political Economy, Vol.87, No.6, pp.1261-1284.

3――年功賃金、終身雇用の限界の背景

先のラジアーの理論から考えると、年功賃金や終身雇用の限界と言われる背景には、いくつかの要因が考えらえる。

例えば、人口動態の変化である。ラジアーの理論では、労働者一人について入社から定年までの間の総賃金と総生産価値が一致するように賃金カーブが設計されているが、実際には企業は預り金をプールしておらず、過少賃金の若者から過大賃金の中高年者に賃金の移転が行われている。少子高齢化が進む中、過大賃金の中高年齢の労働者の割合が高まり、人件費の増加を招いている。

加えて、相次ぐ雇用延長により、過大賃金となっている高年齢者の数が増えていることへの対応にも限界が来ている。60歳までの定年延長に際しては、企業は役職定年制度の導入などにより高年齢者の賃金抑制を行った。65歳までの雇用延長に関しては、非正規での再雇用や、60歳未満の従業員の賃金を抑えることなどにより過大賃金分のコストを抑えた。今年からは70歳までの就業確保が努力義務化され、従業員全体の賃金のバランスを調整することは一層難しくなっている。

さらに、ビジネス環境の変化のスピードが速まっていることで、将来の生産性の予測が困難になっていることも挙げられる。かつては経験の蓄積によって徐々に生産性上昇が見込まれていたが、現在のように技術進歩が速く、スキルが陳腐化しやすい環境下においては、将来の生産性を予測することは困難である。まして、雇用延長により就業期間が長くなるほど、賃金カーブの設定は困難を極めるだろう。結果として一部の中高年齢者の生産性が想定していたほど上昇せず、過大賃金のコストを回収しきれていない可能性がある。

また、若者の賃金を抑える年功賃金では、IT人材などの需要が高い人材が獲得できないという事情もうかがわれる。特に日本は、賃金決定要因のうちの年功部分が大きいため、外資系企業などと比べて相対的に若者の賃金が見劣ってしまう。最近では、人材確保のために新卒などの若い労働者を対象に賃上げを行っている企業もみられるが、そのしわ寄せとして中高年齢者の賃金を抑えなければならなくなっている。

4―成果主義移行への課題

上記で述べたように、様々な要因が重なることで、従来型の年功賃金や終身雇用を維持することが困難になってきている。すぐさま生産性と賃金の完全一致には至らないだろうが、今後はより個人の生産性に見合った成果主義的な賃金体系へと変わっていく可能性は高い。

しかしながら、生産性と賃金の差が小さくなると、預り金の未回収コストが小さくなることで、不正の抑制効果が薄まったり、転職が活発化したりする可能性がある。転職は、より生産性の高い産業や企業への労働移動を通じ、マクロでの生産性向上に繋がることが期待される一方で、企業による社内訓練の縮小による生産性低下をもたらす可能性がある。企業は、従業員がある程度長期にわたり働き続けることを前提に社内訓練を行っている。転職が増えると、訓練に要したコストが回収できないため、社内訓練への投資を見送らざるを得なくなる。加えて、成果主義では社員間の競争を促すことになるため、年功的処遇のもとでの上司や同僚との協力関係の維持が難しくなり、現場での人材育成も十分に期待できなくなる可能性もある。

周辺環境の整備をしないままに成果主義の賃金体系へ移行すると、従業員への長期的なインセンティブが十分に与えられないばかりか、継続して十分な人材育成が行われないため、生産性の低下へとつながる恐れがある。

5―学び続けられる社会的仕組みの整備が必要

賃金と生産性を一致させるための一つの仕組みとして、ジョブ型雇用の促進が検討されている。2021年の骨太の方針では、「労働時間削減等を行ってきた働き方改革のフェーズⅠに続き、メンバーシップ型からジョブ型の雇用形態への転換を図り、従業員のやりがいを高めていくことを目指すフェーズⅡの働き方改革を推進する。」と記載されている。経団連の2021年版経労委報告のポイントにおいても、「日本型雇用システムについては、自社の事業戦略や企業風土に照らして、組織としての生産性を高めるべく、メンバーシップ型を活かしながらジョブ型を最適に組み合わせた、「自社型」雇用システムをつくり上げていくことが大切である。」と述べられている2

従来のメンバーシップ型雇用では、新卒一括採用により人材を確保したのちに、従業員を育成しスキルを身に着けさせるという順序であった。対してジョブ型では、スキルを持った人材を採用するという逆の流れだ。ジョブ型雇用が機能するためには、就職前に労働者がスキルを身に着けていることが条件である。

成果主義的賃金体系を導入した結果、転職率が上がると、企業が積極的に労働者に対して社内訓練を実施することが難しくなるため、国が主体となり教育訓練を行う必要がでてくる。
幸い、近年では働き方改革の成果でサービス残業を含む総労働時間は減少しているようである。また、テレワークが普及することで通勤時間の削減にもつながる。今年の骨太の方針では、選択的週休3日制について取り上げられた。以前と比べて、企業外で教育訓練を実施する環境は整いつつあるように思う。

しかし、かつては企業内で半強制的に訓練を受けることで必要なスキルを身に着けることができたが、これからは、個人の努力次第ともいえる。現在、国及び都道府県が財源を拠出している職業訓練や、企業が全額拠出する能力開発事業などが行われているが、それらの利用者は一部にとどまっている。制度自体の認知度が低いことや、提供している訓練内容が労働者のニーズに合致していないといったこともあるだろうが、人材育成は終身雇用の下、同一企業内で行われるという長年の考えが根強く、働きながら自発的に学ぶということにシフトできていない可能性がある。

企業から国へと教育の主体を移行させるためには、企業からの拠出である、雇用保険の第二事業といった事業者負担による制度を拡充することをまず考えていくべきだろう。加えて、継続的に教育訓練を実施するためには、必ずしも労働者の自発的な行動のみに依存させるのではなく、訓練データを企業から個人で管理するシステムにすることで、国からプッシュ型の訓練の機会を提供することも必要だろう。

6―おわりに

かつては、安定的な経済成長や人口増加が見込まれる中、年功賃金・終身雇用制度が合理的であった。しかし、近年では少子高齢化やビジネス環境の変化のスピードが速まっていることなどにより、それら日本的雇用慣行は限界に差し掛かっている。

今後は、ジョブ型雇用を中心としたより成果主義的な賃金体系に移行していく可能性が高い。しかし、単に成果主義の賃金体系を導入すると、継続して十分な人材育成が行われず、生産性の低下へとつながる恐れがある。そうならないためにも、国が主体となり、労働者が継続的に教育訓練を受けられるよう、現在の教育訓練制度の一層の拡充が求められる。
 
 

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清水 仁志

研究・専門分野

(2021年07月02日「研究員の眼」)

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