2021年09月07日

成果主義としてのジョブ型雇用転換への課題-年功賃金・終身雇用の合理性と限界

基礎研REPORT(冊子版)9月号[vol.294]

清水 仁志

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1―年功賃金、終身雇用の合理性

終身雇用とは、定年までの継続雇用を前提とした雇用慣行であり、年功賃金と伴に戦後以降の経済発展を支えた日本的雇用慣行の柱である。これらの関係を説明するためによく用いられるのが、定年制について述べているラジアー(1979)である*
 
ラジアーの理論では、企業は労働者が若い時は生産性よりも低い賃金を支払い、それ以降は生産性よりも高い賃金を支払う年功賃金が合理的だと述べている。労働者が若い時の生産性と賃金の差は企業の預り金として蓄積され、それ以降の生産性を上回る賃金支払いによって取り崩される。全体でみれば入社から定年までの間で労働者が生み出す総生産価値と労働者に支払われる総賃金の現在価値はバランスする。
 
さて、総生産価値と総賃金が等しいことは、常に生産性と賃金を一致させた場合にも成り立つ。それにもかかわらず年功賃金を採用するのは、労働者の不正を防止するためである。労働者は定年まで企業に預り金を預けており、もし不正をすればその一部が回収できなくなる可能性がある。そのため、生産性と賃金を一致させた場合よりも、年功賃金を採用した場合の方が、労働者は長く一生懸命働くことになる。

2―年功賃金、終身雇用の限界

近年、産業界を中心に年功賃金、終身雇用の限界に関するコメントが相次いでいる。先のラジアーの理論から考えると、その背景には、いくつかの要因が挙げられる。
 
一つは、人口動態の変化である。ラジアーの理論では、労働者一人について入社から定年までの間の総生産価値と総賃金が一致するように賃金カーブが設計されているが、実際には企業は預り金をプールしておらず、過少賃金の若者から過大賃金の中高年齢者に賃金の移転が行われている。少子高齢化により過大賃金の中高年齢者の割合が高まり、人件費の増加を招いている。
 
また、ビジネス環境の変化のスピードが速まっていることで、将来の生産性の予測が困難になっていることも挙げられる。かつては経験の蓄積によって徐々に生産性上昇が見込まれていたが、現在のように技術進歩が速く、スキルが陳腐化しやすい環境下においては、将来の生産性を予測することは難しい。まして、雇用延長により就業期間が長くなるほど、賃金カーブの設定は困難を極める。結果として、一部の中高年齢者の生産性が当初想定していたほど上昇せず、過大賃金のコストが大きくなっている可能性がある。

3―学び続けられる社会的仕組み

上記で述べたように、様々な要因が重なることで、従来型の年功賃金を維持することが困難になってきている。すぐさま生産性と賃金の完全一致には至らないだろうが、今後はより個人の生産性に見合った成果主義的な賃金体系へと変わっていく可能性は高い。
 
賃金と生産性を一致させるための仕組みとして、ジョブ型雇用が検討されている。骨太の方針2021や、経団連の2021年版経労委報告においてもジョブ型雇用の活用について触れられている。
 
従来のメンバーシップ型雇用では、企業は新卒一括採用により人材を確保したのちに、従業員を育成する。対してジョブ型では、スキルを持った人材を採用するという逆の流れだ。ジョブ型雇用が機能するためには、就職前に労働者がスキルを身につけていることが条件である。しかしながら、生産性と賃金の差が小さくなると、転職が活発化し、社内訓練が縮小する可能性がある。企業は、従業員がある程度長期にわたり働き続けることを前提に社内訓練(先行投資)を行っているからだ。
 
現在、様々な公的な職業訓練が行われているが、それらの利用者は一部にとどまっている。制度自体の認知度が低いことや、訓練内容が労働者のニーズに合致していないといった要因もあろうが、人材育成は終身雇用の下、企業内で行われるという考えが根強く、働きながら自発的に学ぶということにシフトできていない可能性がある。
 
企業が終身雇用を前提とした社内訓練を行わずとも、継続的な教育訓練を実施するためには、必ずしも労働者の自発的な行動のみに依存させるのではなく、国からプッシュ型の訓練を提供することも必要だろう。
 
周辺環境の整備をしないまま成果主義の賃金体系へ移行すると、預り金の未回収コストが小さくなることで、不正の抑制効果が薄れることに加え、継続して十分な人材育成が行われないため、生産性の低下へとつながる恐れがある。そうならないためにも、国が主体となり、労働者が継続的に教育訓練を受けられるよう、現在の教育訓練制度の一層の拡充が求められる。
 
* Lazear, Edward P. (1979) “Why Is ThereMandatory Retirement?”, The Journal ofPolitical Economy, Vol.87, No.6, pp.1261-1284."

(2021年09月07日「基礎研マンスリー」)

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清水 仁志

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