2023年08月31日

気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2|高温と低温の指数については、2乗の項も用いる
前節の回帰式で、まず目を引くのが、高温と低温の指数の2乗の項だろう。2乗の項を入れることで、線形回帰15をやめて、あえて複雑な回帰式としている。

その検討過程においては、温暖化の健康影響に関する先行研究を踏まえている。2014年に公表された環境省の研究費用を用いた研究の報告書16に掲載されている「温暖化の健康影響 -評価法の精緻化と対応策の構築-」という報告では、「至適気温」と、それを踏まえた回帰式の立式について、次の説明がなされている。

「厚労省から死亡小票データ、気象庁から気象データを入手して、日別の最高気温と死亡数の関連を観察すると(中略)V字型になる。暑くても寒くても死亡数は増加するので、中間付近に死亡数が最も少ない気温(=至適気温)があり、この気温を超えた、ある気温での死亡数から至適気温での死亡数を引いた部分を超過死亡と定義した。(以下略)」

つまり、気温については、2次元で回帰する手法がとられている。さらに、海外での同様の先行研究においても、気温については2次元で回帰するケースが複数見られている。

“Because the effects of temperature on mortality are usually nonlinear, with J-, U-, or V-shaped relations commonly reported, we used both a linear and a quadratic term for temperature at each lag. (通常、死亡率に与える気温の効果は非線形であり、J字型、U字型、またはV字型の関係が一般的に報告されているため、各ラグにおける気温について線形項と二次項の両方を使用した。)

-“The Effect of Weather on Respiratory and Cardiovascular Deaths in 12 U.S. Cities”(Alfésio L. F. Braga, Antonella Zanobetti, and Joel Schwartz, 2002)

“Generally, like in the London data, mortality is found to be lowest at average temperatures and higher at low and high temperatures. Thus, a simple log linear function is not usually adequate. The relationships are often described as U-, V-, or J-shaped. (一般に、ロンドンのデータと同様に、死亡率は平均気温で最も低く、低温と高温でより高いことがわかっている。したがって、通常、単純な対数線形関数では十分ではない。この関係は、U字型、V字型、またはJ字型として記述されることが多い。)

-“Models for the Relationship Between Ambient Temperature and Daily Mortality”(Ben Armstrong, 2006)

実際に、今回のデータの様子をみてみよう。男性と女性の80~84歳について、地域区分ごとに、横軸に気候指数、縦軸に死亡率をとって、実績データの散布図を作成したところ、55~68ページの「気候指数と死亡率の関係」の通りとなった。高温指数について、直線近似(紺色の線)よりも、2次関数近似(赤色の線)のほうが、指数が上昇した場合の死亡率の変動を適切に表示できるものと見ることができる。一方、それ以外の気候指数については、どちらの近似が適切か、判断しがたい17,18
 
15 説明変数と被説明変数の関係を1次関数で当てはめること。
16「地球温暖化『日本への影響』-新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策-」(環境省環境研究総合推進費 戦略研究開発領域 S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 2014報告書, S-8 温暖化影響・適応研究プロジェクトチーム)
17 低温指数については、2乗の項を用いないことも考えられるが、ここでは高温指数にあわせて用いることとしている。
18 高温指数と死亡率の関係を死因別に見ると、上に凸の2次関数近似となる場合があるが、今回の回帰計算では存置した。
3|死亡率の改善トレンドを、時間項として織り込む
第1節の回帰式では、3行目に時間項 (t×TIME) を設定している。その意味を少し見ておこう。

一般に、死亡率は時間に応じた改善トレンドを有している。これには、死亡率に影響を与える医療技術や医薬品・医療機器等の進歩をはじめ、社会全体の健康増進意識の高まりや、健康診断等の予防医療の普及。住居や職場等の衛生環境の改善。禁煙・節酒を含む、食生活バランスの見直し。適度な運動等により体を動かすことや、適切な休息・睡眠をとることが重要性であることの認識の浸透など、さまざまな時間的要因が寄与しているものと考えられる。

回帰式に時間項を設定することで、こうした気候の要因とは別に死亡率に、改善のトレンドを与える要素を反映して、説明力を高めることが可能となる。

4|気候指数に反映されている地域区分と月については、ダミー変数を用いる
第1節の回帰式をよく見ると、どの要素についてダミー変数を設定するか。言い換えると、どの要素について、回帰式を分けて設定するか、という検討ポイントがあることがわかる。

これについては、回帰式による説明力を考慮していく。まず、地域区分と月については、それらに応じて気候は異なるものとして、気候指数が設定されている。このため、気候指数に掛け算する係数は同一としたうえで、地域区分と月による違いは、ダミー変数を設定してそこに反映する。

一方、性別、年齢群団、死因については、気候そのものではなく、その影響を受ける人の側の問題である。当然、気候指数には、その違いは反映されていない。そこで、気候指数の係数を性別、年齢群団、死因に応じて異なって設定できるよう、回帰式を分けて設定する、という整理ができる。

なお、この整理については、今後、その妥当性を検証していくことが必要と考えられる。

5|ロジット変換により、死亡率の計算結果が負値となることを回避
第1節の回帰式では、ロジット変換と逆変換を行うこととしている。これについて、簡単に見ておこう。一般に、死亡率のような“確率”を回帰計算すると、計算結果が1を超えたり、負値となったりすることがある。これを避けるために、今回は、ロジット変換を行うこととした。

ロジット変換は、0~1の範囲で値をとる確率を、実数全体に引き延ばす。一方、逆変換は、実数全体を値域として得られた回帰計算の結果を、0~1の範囲で値をとる確率に変換する。一般に、ロジット変換では、確率が0.5近辺の場合、精度が下がるとされる。今回は、死亡率を回帰するもので、その値は、通常、0.5よりもはるかに小さいことから、変換による精度の低下は限定的と考えられる。

5――説明変数の削減

5――説明変数の削減

前章では、気候指数をすべて用いた状態の回帰式を示した。ただ、説明力の点ですべて用いることが適切とは限らない。また、説明変数の中に相関関係が高い組み合わせが存在して多重共線性の問題を引き起こす可能性もある。そこで、説明変数を削減することで、回帰式の説明力を高めていく19,20
 
19 ただし、高温や低温の指数で2乗の項を用いることにより、既に一定の相関関係が生じることは許容する形となっている。ここでは、説明困難な過度の相関関係を排除するという意味合いで、説明変数の削減に取り組む。
20 一般に重回帰分析においては、どの説明変数を採用するか、モデル説明力を見ながら逐次選択していく方法がとられる。その際、寄与率が最も大きい説明変数から、徐々に変数を追加していく「変数増加法」。すべての説明変数を用いたモデルから徐々に削減していく「変数減少法」。増加と減少を組み合わせた「変数増減法」や「変数減増法」が用いられる。本稿では、第2節以降で述べる通り、統計学の理論以外に加味すべき要素があることから、すべての説明変数を用いたモデルからスタートする変数減少法により、説明変数を徐々に削減していく方法をとる。
1|アメリカのアクチュアリー気候リスク指数では、高温、低温、降水、風が用いられている
アメリカでは、アクチュアリー学会(AAA)によって、アクチュアリー気候リスク指数(ACRI)が作られている。そこでは、説明変数として、高温、低温、降水、風の4つが用いられている。乾燥と海面水位は用いられていない。その点については、次の説明がなされている。21

乾燥指数   : 乾燥指数については、年データを補間して月データを算出している。月ごとのデータを直接取得できるわけではないため、用いない。

海面水位指数 : 内陸にある「中西部」の地域区分では海面水位は観測できないため、用いない。全ての地域区分で観測できる指数のみを用いる。22

これらに関して、本稿の場合、すべての気候指数が年データの補間ではなく、月データを用いて作成している。また、内陸部の地域区分は設定していないため、海面水位指数はすべての地域区分に存在する。したがって、今回これらの観点から、説明変数を削減していく必要はないこととなる。

次節以降では、気候指数の削減を検討していく。その際は、統計学の理論だけに基づいて決めるのではなく、気候指数と死亡率の関係を定量化するうえでの主観的な要素を加味した。具体的には、図表4に示すとおり、7つの気候指数をすべて採用する(ケース0)(=ベース・ケース)からはじめて、指数を削減した(ケース1)~(ケース6)について、それぞれ回帰計算を行って検討した。
 
21 “Actuaries Climate Risk Index-Preliminary Findings”(American Academy of Actuaries, Jan. 2020)
22 予備分析では、海面水位指数を除外しても説明力があまり失われないことを確認した、としている。
2|高温指数との関係から低温指数は削減する
まず、死亡率の説明として、欠かせない気候指数として、高温指数と湿度指数が挙げられる。気候変動問題が地球温暖化として進行しつつあり、そのことが人の死亡率にどう影響するかを解き明かそうとする中で、「暑さ」を気候指数で捉えることは不可欠であるためだ。前回のレポートでも述べているように、ほぼ全域が温暖湿潤気候の日本では、暑さを捉えるために、高温と湿度の指数が必要となる。このため、統計的な有意性とは別に、高温と湿度の指数は説明変数として採用することとする。

それに応じて、低温指数をどうするか、という問題が生じる。高温と低温はいずれも気温の指数であり、一定の相関関係があるものと考えることが自然である。そのため、今回は、低温指数を削減して、気温は高温指数に集約する。これにより、高温指数の説明力が高まることが期待される。

3|乾燥指数を残し、降水指数は削減する
次に、降水と乾燥の指数について、検討が必要となる。通常、降水と乾燥は反対の事象であるため、負の相関関係があるものと考えられる。そこで、どちらか片方を削減することにより、もう片方の説明力を高めることが妥当と考えられる。

この点については、乾燥を削減した場合(ケース2)と、降水を削減した場合(ケース3)の比較を行った。その結果、両ケースでの適合度や各説明変数の説明力には大きな差異は見られなかった。

ただし、2021年の死亡数を見ると、(ケース2)は(ケース3)に比べて、男女計では実績に近づくものの、男女別には、男性でプラス、女性にマイナスの方向で乖離がやや大きくなっていた。また、2019~21年の3年間や、2017~21年の5年間の累計死亡数を見ると、(ケース2)は(ケース3)に比べて、男性で実績からのプラスの乖離がやや大きく、男女計でも乖離が大きくなっていた。

こうした結果を踏まえて、乾燥指数を残し、降水指数を削減することとした。なお、今回のように実績の再現力をもとに説明変数を削減することの是非については、引き続き検討すべきと考えられる。

4|風指数は残し、海面水位指数は削減する
さらに、風と海面水位の指数についても、(ケース4)~(ケース6)として検討を行った。死亡率への影響という点でみると、風については、黄砂等のPM2.5の襲来や粉塵等の吹上がりに伴う、呼吸器系疾患の増加が想定される。一方、海面水位については、沿岸地域での高潮や、それに伴う土砂災害のリスク増大に伴って、災害による死亡(外因死)に影響を与える可能性がある。ただし、死亡率に大きな影響を及ぼす蓋然性については何とも言えないであろう。海面水位は、どちらかといえば人の健康よりも、建物や財物の損壊に関連するものだからだ。

そこで、本稿では、風の指数は残す一方、海面水位の指数は削減することとする。

5|高温、乾燥、風、湿度の4つの気候指数を採用
第2~4節の検討過程に対応して、説明変数の採否に応じた回帰計算を行った。今回の計算では、252個の回帰式を同時に計算するため、説明変数の有意確率も252個算定される。そのため、各ケースでの死亡数により加重平均した値をもとに見ていった。計算結果は、図表4の通りとなった。

回帰式の評価は、決定係数による回帰モデルの適合度や、各説明変数の有意確率、過去の実績(今回で言えば死亡数実績)の再現力など、いくつかの視点から行われるべきであろう。

ここで、決定係数は自由度調整済みのものを用い、通常は50~70%程度あれば妥当と考えられる23。今回の回帰計算では、いずれのケースでも67~68%程度となっており適合度については概ね問題ない。

また、各説明変数の有意確率(その結果が偶然発生したものである確率)は10%未満であることが目安とされる。その結果、(ケース0)では、LTの2乗項やLTの有意確率が10%を大きく超過したが、その他は10%未満となった。

さらに、死亡数実績の再現力については、2021年単年、2019~21年累計、2017~21年累計の3通りの死亡数を計算した。各ケースとも、一定の再現力は有していた。
図表4. 説明変数の採否
以上の検討の結果、(ケース5)の高温、乾燥、風、湿度の4つの指数を説明変数として採用して、最終的に、次の回帰式を立式した。結果は、69~82ページの「回帰計算結果」の通りとなった。
(回帰式) [高温、乾燥、風、湿度の気候指数を用いた状態] 
 
23 説明変数が多いほど決定係数が高くなるという点を改善するために、残差変動と全体変動に自由度の調整を行うもの。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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