2023年08月29日

改正ベトナム保険事業法(1)-総論―データベースとネット販売

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

ベトナムでは2000年に保険事業法(Law on Insurance Business)を制定し、民間の保険会社の設立を認めるとともに、行政の監督下に置いた。その後、2010年、2019年と逐次改正してきたが、2022年に大改正を行い、2023年1月より施行されている。

今回の改正は時代の変化を反映して行われたものであり、日本でも参考にできそうな条文も散見される。そこで、シリーズ物として、改正された保険事業法を見ていくこととしたい。なお、全文を記載するのではなく、特色のある条文のみを取り上げ、その条文に若干の説明を付加することとしたい。ちなみに2022年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していない。そこで、本稿は、翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語に翻訳したものをベースとしている。したがって、正確性に欠けるおそれがある点はご了承いただきたい。

本稿ではシリーズ1回目として保険事業法第1章総論(General Provisions)について述べることとする。

2――法の適用範囲(1条~5条)

2――法の適用範囲(1条~5条)

1法の適用
保険事業法1条はまず法が何を定めているかを規定している。法は、「保険事業の組織と運営、保険に関与する組織または個人の権利義務、保険事業活動の国家管理」について定めている(1条1項)とする。なお、社会保険、医療保険、預金保険等の公的保険には適用がない旨も定めている(同条2項)。後者(2項)のような規定は日本法には存在しない。ただし日本では社会保険制度などは保険業法と同格の法律として定められているので、このような条文をあえて必要としないのであろう。

保険事業法2条では法が適用される主体として以下のものが挙げられている。

(1) 保険会社、保険エージェント、保険ブローカー企業、保険付随サービスを提供する個人または団体、マイクロ保険を提供する共済組合(Mutual organization)
(2) 外国保険企業または外国再保険企業の支店
(3) 外国保険企業等の代表事務所
(4) 保険購入者、被保険者、保険金受取人
(5) 保険事業活動の国家行政組織
(6) 保険事業活動に関与する組織及び個人

ここで日本と比較して特徴的なのは保険付随サービスとマイクロ保険を提供する共済組合であろう。これらは次項で述べることとする。
 
保険事業法3条は各種法律の適用関係を示したもので、技術的な規定なので省略する。
2|法の基本概念
保険事業法4条は法で使われている用語の定義を示している条文である。重要なものだけを抽出する。

4条は法律が適用される保険事業活動(insurance business activities)として、保険事業、再保険事業、およびこれらに関係する活動で保険エージェント、保険ブローカー、付随サービスを含む(4条1項)とする。そしてこの中核となる概念である保険事業(insurance business)であるが、これは保険企業、外国損害保険企業支店、マイクロ保険を提供する共済組合(以下保険企業等という)が被保険者のリスクを引受ける運営であって、保険購入者が保険企業等に保険料を支払い、保険企業等は保険事故が発生した際には合意した保険契約に基づいて保険金を支払うものとされている(同条2項)。共済組合が入っていることを除けば、かきぶりは異なるとはいえ、日本の保険業法の規定する保険事業とほぼ同じ内容となっている(保険業法2条)。

上記1|で述べた保険付随サービス(service auxiliary to insurance)であるが、これには助言、保険リスク査定、アクチュアリー計算、保険損失調査および保険金請求支払サポートが含まれる(同条7項)。これらは日本では独立の事業としては認識されておらず、ベトナム保険事業法に特徴的な規定である。日本においては、たとえば助言事業は金融商品取引の分野で投資顧問業が存在するが、保険購入にあたって行われる助言業務を行う事業は法律上規定されていない1

また、マイクロ保険ではあるが、これは個人や低所得家庭を、生命、医療、財産のリスクから守る保険と定義されており(同条22条)、また、共済組合とは構成員または構成員を代表する組織により設立された独立会計の法的主体であって、非営利のマイクロ保険および構成員の相互扶助を、マイクロ保険活動により形成された財産の範囲内で財産的に自立かつ法的に自己責任の範囲で提供するものとされている(23条)。マイクロ保険は主にアジアやアフリカなどの発展途上国で普及しているものであり、日本では事例は見当たらない。また、法律上の規定もない2
 
1 日本でもファイナンシャルプランナー(FP)と称し、保険募集人等と連携しながら助言をするサービスは存在するが、法的な規制はない。この場合、説明義務は提携保険募集人が行うという位置づけになっていると考えられる。しかし、保険商品購入の助言を行い、料金を取得するのであるから何らかの規制が必要かどうか検討が必要と思われる。
2 かつては郵政省の簡易保険がマイクロ保険に該当していたと見ることができるかもしれない。
3保険事業発展に関する政策
保険事業法5条は国家の保険事業政策として以下のものが法律に記載されている。

(1) 保険に関与する組織または団体、および保険事業を行う組織の権利と正当な利益を確保する。
(2) 保険企業等の保険事業における研究、商品設計、サービス、先進技術の適用を奨励し、支援する。
(3) 保険企業がベトナム経済に再投資し、保険市場を構築することを奨励し、支援する。
(4) 農業、林業、漁業に関する保険、マイクロ保険製品、その他の社会と安全目的の保険商品の導入や参加を奨励し、支援する。

注目すべきは(3)と(4)であろう。保険事業による利益等は海外ではなく、ベトナム市場に再投資されるべきという国内市場の経済発展を目的として規定していることと、自然災害等に脆弱な自国産業あるいは脆弱性を有する個人に対する保険の普及を奨励しているところに特色が見受けられる。

3――法の総論的な原則(6条~10条)

3――法の総論的な原則(6条~10条)

1|保険の種類
保険事業法6条は、保険企業等は免許を受けなければ事業を行ってはならないという趣旨の規定であるので詳細は省略する。

保険業法7条は保険の種類を定める。これには(1)生命保険(life insurance)、(2)医療保険(health insurance)、(3)損害保険(non-life insurance)の3種類である(7条1項)。生命保険は被保険者の生死にかかる保険種類であり(5条13項)、医療保険は被保険者の障がい、事故によるケガ、疾病および医療ケアに関する保険種類である(同条15項)。損害保険は財産の損害とその他の損害、または第三者への民事責任をカバーする保険とされる(同条14項)。

このあたりの保険の分類は日本の保険業法の分類と類似している(保険業法3条4項・5項)。

保険事業法は強制保険も列挙している(8条)。強制保険とは公共の利益環境及び社会の安全を守るための保険商品である(同条1項)。具体的には、イ)自動車所有者の民事責任保険、ロ)火災・爆発保険、ハ)建設工事の強制保険、ニ)その他の法律で定められる強制保険が列挙されている。

日本でも例えば自賠責保険は強制保険だが、加入が義務であることは保険業法で定められているわけではない(自動車損害賠償保障法5条)。ただ、この点は法技術的な問題に過ぎないように思われる。
2禁止行為等
保険事業法9条に定める禁止行為は以下の5項目である。

i)保険、再保険、ブローカーに該当する事業活動を拠点(establishment)の設置および運営免許なしに行うこと、
ii)保険事業、再保険事業、ブローカーを運営免許なしに営むこと、
iii)保険エージェントと保険の付随業務を法の定める運営条件に合わない形で行うこと、
iv)詐欺的行為を行うこと、詐欺的行為には、a)保険金の支払いと保険料の支払いを保険金受取人と共謀して非合法に行うこと、b)保険金請求、保険料支払いにあたって故意に誤った情報を提供すること、c)事故が発生したときに故意に虚偽の情報を提供し、保険金支払いを拒絶するか、または保険金を支払うこと、d)保険金を詐取するために自己の財産や健康に損害を及ぼすこと、
v)保険契約の締結を脅迫し、強制すること、である。

保険事業法9条に記載してある禁止事項には特別視すべきものはないものと思われる。なお、保険事業法10条は業界団体の設立についての規定となっている。業界団体は財務省の監督下において保険企業等のコンプライアンスに責任を有することとなっているが、詳細は省略する。

4――データベースとネット販売(11条~14条)

4――データベースとネット販売(11条~14条)

1|データベースの構築
保険事業法11条の定めるデータベース構築・運営は日本と大きく異なるところである。ベトナムでは国家が保険契約のデータベースを構築することとされている。データベースの構築と運用はベトナム財務省が担当する(11条1項)。保険企業等は、保険購入者、保険者、保険エージェントその他の必要な情報をデータベース構築のために提供しなければならない(同条2項)とされる。

これらの情報は個人情報保護の観点から収集、使用、保管、提供は個人情報保護法に則って行わなければならない(同条3項)。国の省庁やその他の団体、個人は、正当な理由の下で利用することができるが、法で定める場合を除き、本人の同意がなければ提供されない(同項)とされている。この本人同意が不要である「法で定める場合」がどのようなケースを指すのかは、調査できなかった。ただ、国家が個人の加入する保険契約についてデータベースを持ち、法律の制限内とはいえ国家が利用できるとするのは現下の日本では難しいように思われる。なお、日本ではモラルリスク防止のため、一定の保険契約情報を生命保険協会に登録する仕組み等がある(契約内容登録制度)3

また、このデータベースは他の国の保有するデータべースその他の特別なデータベースとリンクされることとなっている(同条4項)。
 
3 生命保険協会HP https://www.seiho.or.jp/activity/moral/ 参照。
2ネット環境下に置けるサービスと保険商品の提供
保険事業法12条は、保険企業等、保険エージェントおよび保険ブローカー企業がネット環境下でサービスと保険商品を提供することを認めている(12条1項)。これらの者は以下の要件に合致するものでなければならない(同条2項)。

(1) ネット環境の下でサービスおよび保険商品を提供する保険企業等および保険ブローカー企業が積極的に選択される方式で行われること、
(2) 保険エージェントは保険エージェント契約に定められた範囲内においてのみ、サービスと保険商品を提供すること、
(3) ネット環境下でサービスと保険商品を提供する保険企業等、保険エージェントおよび保険ブローカー企業は、サービスまたは保険商品の提供にかかる運営が保険購入者の権利及び正当な利益に影響を及ぼすこととなった場合は、保険購入者に責任を負うこと、
(4) ネット環境下で保険契約を締結するにあたって、保険者側の説明義務または保険購入者の告知義務に基づく情報提供の義務を負うこと、である。

ネット環境で保険商品の販売やサービスを行うときの原則を規定した条文である。注目すべきは(1)で、ネット環境においては複数の保険企業等の保険商品が積極的に比較され、販売されることを推進するという方針が示されている。

5――おわりに

5――おわりに

本稿ではベトナム保険事業法の総則部分のみを取り上げた。総則部分にはデータベースやITやネットを活用した業界のあり方を示す規定が存在するのは本文に記載した通りである。

翻って、日本であるが、ネットで保険が販売されることを前提とした規定は存在する。例えば書面で交付することとされている説明書類(保険業法施行規則227条の2第3項)はあらかじめ保険契約者となる顧客から承諾を得ることで、電磁的方法で提供が可能になる規定(同条4項)などがある。

しかし、日本ではネット環境での保険販売を、特有の状況下における保険販売として、向かうべき方向性を示してはいるものはない。この意味ではベトナム保険事業法はいわゆる「リープフロッグ4」なのかもしれない。ベトナム保険事業法を手本にすべきとまではいわないが、一つのあり方として参考にできるのではないだろうか。
 
4 一般にインフラの整備されていない発展途上国で先進国を上回るハイテク技術により社会が一気に進化する現象を指す。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2023年08月29日「保険・年金フォーカス」)

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