2023年08月28日

日本のセキュリティ・クリアランス-求められる企業の経済安全保障対応

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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2制度導入のデメリット コストの増加 制約要因の追加
1つ目は、コストの増加である。従業員がSC資格を取得する場合、通常であれば企業が審査費用を負担することが想定される。米国では、政府がSC制度の運用に必要な資金を拠出するため、個人や企業にコストが掛からない仕組みとなっている。一方、豪州では、運用コストを削減するため、企業が審査コストの一部を負担する仕組みとなっている。審査費用は、機密情報へのアクセス・レベルに応じて変わり、毎年見直される。2023年時点における初期審査費用は、保護された機密情報へのアクセスが許可される「Baseline」では884豪ドル(約8万円)、 特定の状況下で一時的に“TOP SECRET”へのアクセスが許可される「Negative Vetting Level 1」では1,355豪ドル(約13万円)、断続的な“TOP SECRET”へのアクセスが許可される「Negative Vetting Level 2」では2,486豪ドル(約24万円)、非常に機密性の高い情報にアクセスすることも許可される「Positive Vetting」では15,280豪ドル(約145万円)である。資格には有効期限があり、7年から15年で更新する必要がある。日本でのコスト分担がどうなるかは、今後の設計次第となるが、国の財政事情を考えると、企業に追加的なコスト負担が生じる可能性は相応に高いと思われる。

加えて、従業員がSC資格を取得するためには、企業の情報管理体制も厳しく問われるようになる。機密情報の生成・受信・保存などを行う場合には、機密情報を扱う専用の区画の設置や入退室管理システムを導入するなどして、物理的なセキュリティを高めることが必要であり、基本的なネットワーク・セキュリティ(サイバー・セキュリティ)を強化することも求められる。また、機密情報を扱うには、機密情報を保護・破棄・配布する管理プロセスが必要であり、その手順を順守する体制も構築しなければならない。このような体制作りには、コストが掛かることが予想される。

2つ目は、制約要因の追加である。例えば、適切な情報管理の徹底には、機密情報を扱う従業員はSC資格を保有している必要があるが、それは企業における人員配置の柔軟性が、一部で影響を受けることを意味する。米国の場合、セキュリティ許可を受け取るまでには、すべてが順調に行った場合でも半年から1年ほど掛かる。企業はその間、人材をフル活用できない状態に置かれる。

また、他国からの影響が懸念される場合、取引関係やガバナンス構造の見直しを迫られる可能性もある。それらは企業の自由な経済活動を阻害し、政府の民間への関与を強めるものとなる。

4――企業における取組み

4――企業における取組み

日本全体で見れば、SC制度は諸外国との競争条件を揃える制度として、メリットが大きな制度となる可能性は高い。ただ、コスト面を考えると、負担に見合ったメリットを得られるのは、大企業を中心とした基幹インフラ事業者や、公官庁との取引関係を持つ一部企業に限られる可能性はある。

企業としては、自社における影響を見極めることが、SC制度導入を見据えた対応の第一歩となる。企業内に海外のSC資格保有者がいるか否かを確認し、その価値について再考する。SC制度と自社ビジネスとの関係を整理し、企業に及び得る影響を整理しておくことが必要である。SC制度から恩恵を受けられると考えられるのであれば、法施行後の資格申請に向けて準備する。SC制度の対象となる人や施設を把握し、事前に個社独自の適格性審査をしておくことは、迅速な資格取得に向けて有効だろう。その際、情報漏洩に関して対策に不備8があれば、対策を講じておくこともできる。米国のSC制度では、施設クリアランスにおいて「機微情報を扱う従業員に加え、取締役会会長、CEOまたは社長、および担当役員もセキュリティ・クリアランスを保有すること」も要件の1つとなっている9。制度詳細が明らかになった際には、人材配置の観点から対象者を確認することが肝要である。
 
8 経済安全保障推進法では、基幹インフラ事業者として、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車輸送、外航海運、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14業種を指定している。
9 一般社団法人日本経済団体連合会「Action(活動) 週刊 経団連タイムスNo.3591」(2023年5月25日)

5――おわりに

5――おわりに

地政学的な緊張は、グローバルな経済環境を激変させた。多極化に向かう世界の潮流を踏まえれば、これまでの制約のない形でのグローバル化や自由貿易は、もはや難しくなったと考えざるを得ない。少なくとも、経済効率性だけが重視された在り方は変わり、企業は自らのリスクを管理するために、経済安全保障が経済を規定していく在り方を受入れ、対応を進めて行かなければならない。SC制度の導入は、まさにその一例だと言える。

企業にとってSC制度は、コストを増し制約を課すという意味ではデメリットであるが、不確実性が高まる時代に、国家のインテリジェンス情報を活用し、産業競争力を高め、セキュリティの強化などを図れるという意味ではメリットである。企業は信用や信頼という価値観の比重が高まる世界で、この制度をうまく活用していくことが求められる。

今年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)には、SC制度について「主要国の情報保全の在り方や産業界等のニーズも踏まえ、セキュリティ・クリアランス を含む我が国の情報保全の強化に向けた法制度等の検討を更に深め、速やかに結論を得る」と記載された。有識者による論点整理が終わり、これから制度の詳細な設計が始まることになる。法案成立・施行には、まだ少し猶予があることから、今のうちに対応を検討しておくことが肝要である。

【参考文献】
・國分俊史「エコノミック・ステイトクラフト 経済安全保障の戦い」日本経済新聞社2020年5月8日
・杉田定大「米中新冷戦の中での日本企業の生き残り戦略(2020年10月6日)
・一般社団法人日本経済団体連合会「Action(活動) 週刊 経団連タイムスNo.3591」(2023年5月25日)
・内閣官房 経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議「中間論点整理」(2023年6月6日)
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

(2023年08月28日「基礎研レター」)

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