2023年08月25日

気候変動と非感染性疾患(NCD)-極端な気象は、生活習慣病にどのような影響をもたらすのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題への取り組みが世界中で進められている。地球温暖化の影響は、ハリケーン、豪雨、海面水位上昇、山林火災、干ばつなど、様々な形であらわれつつある。台風により線状降水帯が発生して大規模な水害が起こり、橋梁や建物などの構造物が被害を受けた。乾燥が続くなかで山林火災が発生して、延焼に伴う大気汚染が進むとともに貴重な生態系が失われた。といったニュースが頻繁に報じられている。

気候変動は、人間の生命や健康にも、さまざまな形で影響を与える。台風や豪雨で発生する土砂災害による人身被害や、熱中症による死亡や体調不良は、気候変動との関連がわかりやすい。ただ現在、日本で死因の大半を占めているのは、生活習慣病だ。気候変動と生命や健康との関係をみる上で、生活習慣病への影響をみることは不可欠と言えるだろう。

昨年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のWG2(第2作業部会)が公表した第6次評価報告書(以下、「IPCC報告書」と呼称)では、気候変動と生活習慣病などのNCD(Non-Communicable Diseases, 非感染性疾患)の関係について、これまでのさまざまな研究の結果がまとめられている。それらの研究内容をもとに、気候変動が生命や健康に与える影響を見ていくこととしたい。

2――NCD

2――NCD

まず、NCDについて、簡単に見ていこう。
1現代の主要な死因はNCD
世界保健機関(WHO)の定義によると、NCDとは、生活習慣(喫煙、運動不足、過度の飲酒、不健康な食事等)や環境汚染などによって引き起こされる、心臓病、脳卒中などの循環器系疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患、メンタルヘルスといった慢性疾患を総称したものとされている。

世界で、毎年、全死亡の74%に相当する4100万人もの人々がNCDによって死亡している。死因別には、心血管疾患1790万人、がん930万人、慢性呼吸器疾患410万人、糖尿病200万人などとなっており、これら4つで8割以上を占めている。特に、高所得国では、NCDが死亡全体に占める割合が高いという。日本では、全死亡の85%に相当する114.6万人もの人々がNCDによる死亡とされている。1 NCDは、世界にとっても日本にとっても、現代の人々の主要な死因と言える。
図表1. 世界のNCD死亡数 (年間)
図表2. 日本の死因別死亡数 (2021年)
 
1 “Noncommunicable Diseases — Progress Monitor 2022”(WHO) と“Noncommunicable diseases”(WHOサイト)より。
2「健康日本21 (第二次) 」では、NCDと気候変動問題の関係は言及されていない
日本では、健康増進に関する取り組みとして、1978年から国民健康づくり対策が数次にわたって展開されてきた。2000年からは、その第3次の対策として「21世紀における国民健康づくり運動 (健康日本21)」が推進された。現在は、第4次の対策(健康日本21 (第二次))が進められている。そのなかで、生活習慣病の予防(NCDの予防)が掲げられており、具体的な目標を設定した上で、取り組みを進めることとされている2

NCDの要因の1つとされる環境については、誰もが生きがいをもって自らの健康づくりに取り組むことのできる社会環境の構築、という趣旨で述べられている。しかし、NCDと気候変動問題の関係については、特に言及されていない。
 
2 例えば、身体活動・運動に関して、「日常生活における歩数の増加」という項目では、2019年度の1日の歩数6278歩(現状値(年齢調整していない値))を、2032年度に7100歩に増やす目標が設定されている。

3――IPCC報告書

3――IPCC報告書

そもそも、気候変動問題がNCDに与える影響については、現在、各国の研究者がさまざまな角度から調査・研究を行っている状況だ。IPCCの報告書を手がかりに、その影響について見ていこう。
1心血管疾患 : 寒冷や暑熱と関連がある
まず、NCDの最大要素である心血管疾患から見ていく。

(1) 気温
心血管疾患は、寒冷や暑熱と関連があるとのエビデンスが増えてきている。

例えば、ドイツの都市アウフスブルクで1987~2014年に行われた調査では、地球温暖化の下で、暑熱への曝露が心筋梗塞の環境誘因として考慮されるべきとの結果が得られたという。3 また、タイトルに「心血管死亡」「寒冷」「暑熱」といったキーワードを含む、最近5年間に公表された英語の文献(89の調査記事と3つのウェブサイト)をメタ分析した結果、低温・高温とも心血管疾患の超過死亡や超過入院と関連していたとのレポートもある。4 さらに、医療系論文サイトのデータベースをもとに、1975~2015年に出版された文献(18個の死亡率のペーパーと31個の罹患率のペーパー)のメタ分析を行った結果、気温上昇時の高齢者の心血管疾患の死亡率や罹患率の増大を見出した、との研究結果もある。5

ただ、心筋梗塞や脳卒中による入院患者は気温の影響を受けやすいが、気温の影響が見られない集団もいる。集団ごとの影響の受けやすさの違いとして、中国の深圳で2005~16年に初めて脳卒中に罹患した約14万人の患者を対象に行われた調査によると、主に中高年や移民の患者に暑熱との関係が見られたという。6 また、心筋梗塞に関して、2017年までに医療系論文サイトの中国のデータベース(中国知網)で掲載された30件の論文中23件の研究をメタ分析した結果によると、高温、低温、熱波に関して、患者ごとに影響の受けやすさの違い(異種性)が見られたとのことである。7
 
3 Chen, K., et  al., 2019: Temporal variations in the triggering of myocardial infarction by air temperature in Augsburg, Germany, 1987–2014. Eur. Heart. J., doi:10.1093/eurheartj/ehz116
4 Liu, C., Z. Yavar and Q. Sun, 2015a: Cardiovascular response to thermoregulatory challenges. Am. J. Physiol. Circ. Physiol., 309(11), H1793–H1812, doi:10.1152/ ajpheart.00199.2015.
5 Bunker, A., et  al., 2016: 1975; a systematic review and meta-analysis of epidemiological evidence. EBioMedicine, 6, 258–268, doi:10.1016/j.ebiom.2016.02.034.
6 Bao, J., et  al., 2019: Effects of heat on first-ever strokes and the effect modification of atmospheric pressure: a time-series study in Shenzhen, China. Sci. Total Environ., 654, 1372–1378, doi:10.1016/j.scitotenv.2018.11.101.
7 Sun, Z., C. Chen, D. Xu and T. Li, 2018: Effects of ambient temperature on myocardial infarction: a systematic review and meta-analysis. Environ. Pollut., 241, 1106–1114, doi:10.1016/j.envpol.2018.06.045.
(2) 大気汚染
1980年以降のフランス、ドイツ、ベルギーなどでの調査のメタ分析をもとに、大気汚染や寒さへの曝露は、急性心筋梗塞の発症リスク増加と確実に関連しており、これらは心血管疾患の予防において修正可能な危険因子と考えられるべき、としている研究報告もある。8 

一方、2006~07年にオーストラリアのメルボルンで行われた山林火災による煙と病院外での心停止等の関連性についての調査によると、火災による大気汚染と心血管疾患の増加には有意な関連性が見られたという。9
 
8 Claeys, M.J., S. Rajagopalan, T.S. Nawrot and R.D. Brook, 2017: Climate and environmental triggers of acute myocardial infarction. Eur. Heart J., 38(13), 955–960, doi:10.1093/eurheartj/ehw151.
9 Dennekamp, M., et al., 2015: Forest fire smoke exposures and out-of-hospital cardiac arrests in Melbourne, Australia: a case-crossover study. Environ. Health Perspect., 123(10), 959–964, doi:10.1289/ehp.1408436.
(3) 海面水位
近年、海面水位の上昇に関連して、地下水への塩水の侵入がアジアのデルタ河口地域で見られている。10 2015年までに医療系論文サイトに掲載された高血圧に関する10の文献のメタ分析によると、このことは、沿岸地域で暮らす人々の塩分摂取量を増加させる可能性があり、高血圧の危険因子となる可能性があるという。11
 
10 Taylor, R.G., et al., 2012: Ground water and climate change. Nat. Clim. Change, 3, 322, doi:10.1038/nclimate1744
11 Talukder, M.R.R., et al., 2017: Drinking water salinity and risk of hypertension: a systematic review and meta-analysis. Arch. Environ. Occup. Health, 72(3), 126–138, doi:10.1080/19338244.2016.1175413.
2がん : 発がん性物質への曝露によりリスクが増大
IPCC報告書は、気候変動によりいくつかの悪性腫瘍のリスクを増加する可能性が高い(確信度は高い)が、リスクがどの程度増加するかは不明としている。関連の多くの文献は、経路の精緻化と推定に焦点を当てている。しかし、予測される影響に関する文献は限られている。

気候変動により、発がん性のある多環芳香族炭化水素(PAHs)12、臭化物、ポリ塩化ビフェニル(PCB)を含む残留性有機汚染物質(POPs)13、放射性物質などが増加することが懸念されている。これらの既知の発がん物質への曝露は、複数の環境媒体を介して発生し、気候変動によって増加する可能性がある。

また、降水量の変化に関連して、紫外線曝露の変化が、屋外作業者の悪性黒色腫の発生率を増加させる可能性があることが懸念されている。14

他の経路として、肝内胆管がんの原因となる肝吸虫の移動と肝吸虫への曝露の増加15や、気候関連移動による発がんリスクを増加させる住血吸虫症16などの感染症による罹患17が含まれる。

複数の経路を介した発がん性毒素への曝露の増加も懸念される。例えば、穀類、落花生、ナッツ類、とうもろこし、乾燥果実などに寄生するコウジカビの一種が産生するアフラトキシンへの曝露は、インド、北米など、世界各国で増加するものと予想されている。18,,19

その他、気候変動に伴って、シアノバクテリア(藍藻)のブルーム(大量発生)に由来する発がん性毒素について、その発生頻度が増したり、繁茂分布が拡大したりすることが予想されるという。20
 
12 PAHsは、Polycyclic Aromatic Hydrocarbonsの略。ベンゼン環を2つ以上持つ化合物の総称で、急性毒性が強く、強い発がん性があることが知られている。(「多環芳香族炭化水素(PHAs)の分析」(一般財団法人 化学物質評価研究機構のサイト)より)
13 POPsは、Persistent Organic Pollutantsの略。自然に分解されにくく生物濃縮によって生態系や、食品にとりこまれ摂取されることで人間の健康に害をおよぼす有機物のこと。 (「残留有機汚染物質」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
14 Modenese, A., L. Korpinen and F. Gobba, 2018: Solar radiation exposure and outdoor work: an underestimated occupational risk. Int. J. Environ. Res. Public Health, 15(10), doi:10.3390/ijerph15102063.
15 Prueksapanich, P., et al., 2018: Liver fluke-associated biliary tract cancer. Gut Liver, 12(3), 236–245, doi:10.5009/gnl17102.
16 寄生蠕虫(ぜんちゅう)の住血吸虫を病原体とし、川などの淡水に生息するある種の巻貝を中間宿主として感染する。病状が進行すると下痢や血便などを引き起こし、さらに放置した場合、長期にわたり肝臓などを痛めることとなり、また、特定の臓器にガンを誘発して死に至ることもある。(「住血吸虫症」(エーザイ株式会社のサイト)より))
17 Ahmed, S.A., A. Saad-Hussein, A. El Feel and M. A. Hamed, 2014: Time series trend of bilharzial bladder cancer in Egypt and its relation to climate change: a study from 1995–2005. Int. J. Pharm. Clin. Res., 6(1), 46–53.
18 Shekhar, M., et al., 2018: Effects of climate change on occurrence of aflatoxin and its impacts on maize in India. Int. J. Curr. Microbiol. App. Sci, 7(6), 109–116.
19 Wu, F., et al., 2011: Climate change impacts on mycotoxin risks in US maize. World Mycotoxin J., 4(1), 79–93, doi:10.3920/wmj2010.1246.
20 Wells, M.L., et al., 2015: Harmful algal blooms and climate change: learning from the past and present to forecast the future. Harmful Algae, 49, 68–93, doi:10.1016/j.hal.2015.07.009
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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