2023年08月25日

全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(下)-役割と責任が拡大する都道府県への期待と不安

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――保険者協議会の法定化

1|保険者協議会とは何か
保険者協議会とは図3の通り、協会けんぽや都道府県などの保険者や各種職能団体、学識者などが参加する形で、都道府県単位に設置されている組織である。地域ごとに構成員や運営体制が異なるが、多くのケースで事務局は都道府県単位の国民健康保険連合会(国保連)が担っている。国民の生活には縁遠い存在だが、近年の医療制度改革では、少しずつ役割が大きくなっている。
図3:保険者協議会のイメージ
ここでも、保険者協議会を巡る制度改正の経緯を簡単に振り返ると、元々は健診の円滑な実施などを議論する場として、2004年に設置された。その後、地域医療構想を制度化した2014年の法改正を通じて、都道府県が地域医療構想を策定したり、6年サイクルの医療計画を改定したりする際、保険者協議会の意見を聴取することが義務付けられた。

その後、設置根拠が通知にとどまっていたため、2015年の高確法改正を通じて、各保険者が「保険者協議会を組織するよう努めなければならない」という条文が盛り込まれることで、根拠が法定化された。

2018年の制度改正では、(1)都道府県が医療費適正化計画を策定する際、保険者協議会と事前に協議する、(2)都道府県は計画に盛り込んだ施策を実施する際、保険者協議会を通じて協力を求めることができる、(3)国民健康保険の財政運営責任を持った都道府県が保険者として保険者協議会に参画する――といった見直しも講じられた。
2|制度改正の狙い
今回の制度改正では、高確法の「加入者の高齢期における健康の保持のために…」という規定が「加入者の高齢期における健康の保持及び医療費適正化のため…」と改正され、医療費適正化の文言が明記された。さらに、「保険者協議会を組織するよう努めなければならない」という条文も「保険者協議会を組織する」と変わり、必置化された。

つまり、保険者協議会を必置化するとともに、上記で述べた医療費適正化計画の機能充実と併せて、地域ごとの医療費適正化に関する役割を法律で明記したと言える。ただ、全ての都道府県で保険者協議会は既に設置されており、必置化は大幅な制度改正とは言えない。

5――国民健康保険の運営方針見直し

5――国民健康保険の運営方針見直し

1|2018年度改正の内容
今回の法改正では、都道府県が策定している「国民健康保険運営方針」の見直しも講じられた。これを理解する上では、2018年度に実施された国民健康保険の都道府県化を踏まえる必要がある19

元々、国民健康保険は戦後、長らく市町村直営だったが、2018年度の制度改正を通じて、都道府県が財政運営の責任主体に位置付けられた。その際には、都道府県が財政運営の責任主体として中心的な役割を担う一方、資格管理や保険給付、保険料率の決定、賦課・徴収、保健事業など住民に身近な事務事業については、市町村が引き続き担当する役割分担になった。

さらに、都道府県が統一的な算定ルールに基づき、理論上の保険料である「標準保険料」を市町村ごとに設定し、市町村が加入者の所得や世帯の状況、医療費などを勘案しつつ、保険料を決定することになった。

ここで言う標準保険料とは負担と給付の「見える化」に向け、市町村ごとの保険料を比較できるようにする理論的な保険料を指しており、市町村の責任では解決できない高齢化や所得などの影響が考慮されている。このため、市町村が標準保険料率を課し、都道府県が設定する標準的な収納率で保険料を徴収できれば、基本的に赤字は発生しない状況となった。

こうした制度改正が実施された第1の理由として、国民健康保険の脆弱な財政基盤を指摘できる。国民健康保険は元々、農林水産業従事者や自営業者のために設立されたため、収入が安定している健康保険組合など被用者保険と比べると、財政基盤が脆弱だった。その後、国民健康保険に対する国庫補助は徐々に充実されたが、産業構造の転換に伴い、国民健康保険は会社を退職した高齢者とか、被用者保険の対象にならない非正規雇用者の受け皿となり、運営赤字が恒常化していた。そこで、2018年度改正に際して、国からの税金投入を強化するとともに、運営単位を広域化することで、財政基盤の安定化が図られた。

さらに国民健康保険の都道府県化には、「医療提供体制改革とのリンクを強化させたい」という別の意図もあった。先に触れた通り、地域医療構想など都道府県単位で医療提供体制改革が進んでおり、国民健康保険の財政運営を都道府県単位にすることで、都道府県が医療サービスの受益面だけでなく、費用面でも責任を持たせようとしたのである。

実際、現在の制度改正の流れを作った2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では「地域における医療提供体制に係る責任の主体と国民健康保険の給付責任の主体を都道府県が一体的に担うことを射程に入れて実務的検討を進め、都道府県が地域医療の提供水準と標準的な保険料等の住民負担の在り方を総合的に検討することを可能とする体制を実現すべき」と記されていた。
 
19 国民健康保険の都道府県化の経緯や意義、当時の状況などに関しては、2018年4月1日拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか」を参照(全3回、リンク先は第1回)。
2|国民健康保険運営方針とは何か
次に、今回の制度改正の焦点になった「国民健康保険運営方針」(以下、運営方針)を取り上げる。上記に挙げた制度改正を実効的にするため、都道府県は域内の統一的な方向性を示す運営方針を策定することになっている。さらに、都道府県の策定作業に役立ててもらうため、厚生労働省が「都道府県国民健康保険運営方針策定要領」(以下、策定要領)というガイドラインを作っている。

つまり、「国の策定要領の公表→都道府県による運営方針の策定」という順番で、制度運営の方向性が示されており、最初の策定要領は2016年4月に公表され、各都道府県は2017年度中に運営方針を策定した。その後、3年間の期限が到来したため、策定要領が2020年5月に改正され、2021年度から都道府県の新しい運営方針が始まった。

今回に関しても、法改正を受けて最新の策定要領が2023年6月に公表されており、これを基に都道府県は新しい運営方針を2023年度末までに作ることになっている。
3|今回の改正内容
今回の制度改正では、運営方針の期間が6年で法定化された。過去の策定要領では「特段の定めはない」としつつ、6年サイクルの医療計画が中間年に必要な見直しを実施することを踏まえ、「3年間」という期間が例示されていた。実際、2017年12月に初めて策定された東京都の運営方針は2018年度から3カ年で運用され、その後も3年間の対象期間は継承されている。

これに対し、今回の法改正では対象期間を「おおむね6年」と定められた。この制度の変更の意図について、医療保険部会の「議論の整理」では「都道府県と保険者双方による一体的な医療費適正化の推進」を考慮することが重要と指摘されており、6年間と定められている医療費適正化計画、医療計画の期限と平仄を合わせることが意識されていると言える。

このほか、今回の制度改正を通じて、運営方針に記載する項目も拡充された。2020年5月に示された前回の策定要領では、(1)国民健康保険の医療に要する費用及び財政の見通し、(2)市町村における保険料の標準的な算定方法に関する事務、(3)市町村における保険料の徴収の適正な実施に関する事項、(4)市町村における保険給付の適正な実施に関する事項――の4つを運営方針に定めるように促していた。

これに対し、新しい策定要領では、上記4つに加えて、(5)都道府県等が行う国民健康保険の安定的な財政運営及び被保険者の健康の保持の推進のために必要と認める医療費の適正化の取組に関する事項、(6)市町村が担う国民健康保険事業の広域的及び効率的な運営の推進――が策定義務の対象として加わった。

ここで言う「広域的及び効率的な運営」とは、資格管理など事務の共同化とか、レセプト(診療報酬支払明細書)の点検など医療費適正化の共同実施、保険料の徴収や健康づくりの共同実施などが想定されており、こうした施策を市町村単独ではなく、都道府県単位で実施するか、あるいは広域的に対応して行こうという意図を看取できる。
4|保険料水準統一の加速化
このほか、今回の制度改正では、都道府県内の保険料水準を統一化させる方針が一層、浮き彫りになった。元々、国民健康保険の運営が2018年度に都道府県単位化されるまで、保険料は各市町村で決定されていた。その結果、市町村ごとに保険料の水準や収納率、保険料を決定する方式、法定外繰入の有無が市町村ごとに異なり、都道府県化に際して、「都道府県内の保険料水準を統一するかどうか」という点がポイントになった。

具体的には、財政運営の責任が都道府県に移行した際、市町村の責任で解決できない年齢構成などについては、標準保険料の計算時に考慮される仕組みが導入されたため、「同じ所得水準・世帯構成であれば、都道府県のどこに住んでも保険料が同じ」という状態が生まれやすくなった。これは一般的に「保険料水準の統一」と呼ばれる(今回の策定要領では、これを「保険料水準の完全統一」と定義付けしている)。

しかし、実際には都道府県化の後も、保険料水準の統一は進まなかった。第1に、医療費が違うと、保険料の水準も異なるため、統一のハードルとなる。分かりやすく言うと、医療機関が林立している地域と、無医村では医療サービスの利用が異なるため、同じ所得水準や世帯構成だったとしても、2つの自治体に住む住民の間では、保険料水準に差が生まれる。

第2に、保険料を決定する際の賦課方法についても、同じ都道府県内で異なる方法が併存していた。元々、国民健康保険の保険料は所得の水準に課す「所得割」、資産に応じた「資産割」、世帯ごとの「均等割」、世帯の被保険者数を考慮する「平等割」の4つの方式があり、4つを組み合わせる「4方式」、資産割を除く3つを用いる「3方式」、所得割と均等割を用いる「2方式」が市町村の判断で選択できるようになっていた。このため、同じ所得水準・世帯構成だったとしても、賦課方式が違うと、保険料水準の差として現れる。

第3に、保険料の収納率にも市町村ごとに差異が大きかった。もし収納率が他の市町村よりも低いと、保険料の水準を引き上げるか、後述する「法定外繰入」を通じた赤字補填が必要になり、同じ所得水準・世帯構成だったとしても、保険料水準は同じにならない。

第4に、法定外繰入と呼ばれる追加的な税金投入の存在も保険料の違いに影響していた。ここで言う法定外繰入とは、保険料収入の減少や医療給付費の増加などに起因する財源不足を補填するため、市町村から追加的に公費(税金)を投入することを指す。もし国民健康保険に関する市町村の特別会計に財源不足が発生しても、保険料の引き上げではなく、法定外繰入を選択すれば、同じ所得水準や世帯構成だったとしても、市町村ごとに保険料の水準に差が発生することになる。

要するに、保険料の水準を都道府県単位で統一する上では、医療費水準の違いや保険料を徴収する際の方式の違い、収納率の差、法定外繰入の水準などを調整する必要があるが、2018年度時点で都道府県は前向きと言えなかった。

具体的には、当時の筆者の集計では、41都道府県が最初の運営方針で、保険料水準の統一に何らかの形で言及していた一方、6県については運営方針に文言が見られなかったか、現時点での検討または実施を否定していた。さらに、ほとんどのケースでは統一の実施年限や目標が明示されておらず、具体的な年次目標を明記したのは9道府県にとどまっていた。

その後、2021年度に改定された運営方針で、実施年限や目標年次を定めたのは18道府県に増えたほか、2021年の法改正で2024年3月からの運営方針で、「保険料の水準の平準化に関する事項」を必須記載事項とすることが定められたが、やはり市町村ごとの違いなどがボトルネックになっていた。

しかし、財務省が財政審などの場で、保険料水準の速やかな統一を要請した。これは先に触れた通り、地域医療構想など医療提供体制改革と、国民健康保険の都道府県化という費用面の改革をリンクさせる意図であり、「病床が多いので、医療費が多くなり、保険料の負担が重い」といった形で、負担と給付の関係を「見える化」させる狙いが込められていた。特に2022年5月の財政審建議では、「『同じ所得・世帯構成であれば保険料水準が同じ』ことを目指していく都道府県内の国保の保険料水準の統一の取組はこの点からも優先度が高い」と強調していた。

こうした経緯を踏まえ、2022年12月に示された医療保険部会の「議論の整理」では、「保険料水準の統一に向けた取組を国としても強力に支援するため、保険料水準統一加速化プラン(仮称)を策定する」と規定された。

さらに、2023年6月に示された新しい策定要領でも、次期運営方針の6年間を「国保の財政運営の安定化を図りつつ、都道府県単位化の趣旨の更なる深化を図るため、次期国保運営方針では、保険料水準の統一の達成目標や達成年度、達成に向けた取組等を定め、保険料水準の平準化に向けた取組を一段と加速化させるための期間」と位置付けるという方向性が示された。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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