2023年07月28日

ECB政策理事会-今回は利上げ、次回以降は白紙(データ次第)

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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(リスク評価)
  • 経済成長とインフレ見通しには引き続き大きな不確実性がある
    • 成長率への下方リスクには、ロシアのウクライナへの正当化できない戦争や、地政学的な緊張が広範囲に増加すること、それらにより世界的な貿易が断片化する可能性が、ユーロ圏経済の重しになる
    • 金融政策の効果が予想以上に強力に働くこと、あるいは世界経済が弱まり、ユーロ圏の輸出が抑制されることもまた、成長率の下押しになる
    • 逆に、労働市場が強く、実質所得が上昇し、不確実性が解消して人々や企業の景況感を改善させ、支出を増加させれば、予想よりも成長率が高まる可能性がある
 
  • インフレ率の上方リスクには、ロシアの黒海穀物合意からの一方的な離脱に関連して、エネルギーや食料品価格の上昇圧力の再発が挙げられる
    • 気候変動危機の進展に照らして、天候悪化により食料品価格が予想より押し上げられる可能性がある
    • 継続的にインフレ期待が我々の目標を上回ること、もしくは賃金や利益率の予想以上の上昇もまた、中期的に見てもインフレ率を押し上げる可能性がある
    • 多くの国における最近の賃金交渉の結果も、インフレ率の上方リスクに追加される
    • 対照的に需要の低迷、例えば金融政策が強く伝達されれば、特に中期的には物価上昇圧力が低下するだろう
    • 加えて、エネルギー価格の減少と、食料インフレの低下の他の財・サービスへの転嫁が現在の予想よりも急速に進めば、インフレ率も速く低下するだろう
 
(金融・通貨環境)
  • 我々の金融引き締めは引き続き、広範囲の金融環境に強く伝達されている
    • 一部はECBの貸出条件付長期資金供給オペ(TLTRO)の段階的廃止を受けて、短期から中期の無リスク金利は前回の会合以降に上昇し、銀行の資金調達コストは高まっている
    • 銀行が良く準備をしていたため、6月の大規模なTLTROの返済は円滑に完了した
    • 企業貸出と住宅ローンの平均貸出金利は5月に上昇し、それぞれ4.6%と3.6%なった
 
  • 銀行貸出調査によれば、高い借入金利、関連する支出計画の削減によって、信用需要は4-6月期に急減した
    • さらに企業や家計への貸出基準はさらにタイト化し、銀行は顧客の直面するリスクへの警戒感を高め、リスク許容度も低下している
    • 金融環境のタイト化は住宅購入を困難にし、投資の魅力を引き下げており、住宅ローンへの需要は5四半期連続で減少している
 
  • こうした背景を受けて、前年比の貸出は6月に減速し、企業向けで3.0%、家計向けで1.7%となり、4-6月期の前期比年率ではそれぞれ0.0%と▲0.2%となった
    • 貸出の弱く、ユーロシステムのバランスシートが削減されるなか、広義の通貨成長率は前年比で0.6%に低下し、4-6月期の前期比年率では▲1.1%となった
 
(結論)
  • (声明文冒頭に記載の利上げと、金融政策スタンスへの再言及)
 
(質疑応答(趣旨))
  • 9月のガイダンスがないとうことから、理事会は次回の追加利上げ、利上げ停止、すでに金利がピークに達しているということが等しくありうる(open)ということか
    • 今回の決定は全会一致で決定された
    • 9月およびその後の会合における決定は、白紙(open mind)である
    • データによる決定は月によって異なり、利上げするかもしれないし、据え置くかもしれず、9月の決定は確定的ではない
 
  • 最低準備預金の付利引き下げの決定には、どれだけ中銀損失への懸念が影響したのか
    • 我々には金融政策の実行を可能な限り効率的にする義務がある
    • 我々が支払う利息をゼロに削減することで、金融政策はより効率的になる
 
  • 金融政策決定のタイムラグへの懸念と、インフレへの影響について。記録的なペースでの金融引き締めが実施されているので、利上げの影響を見るにはまだ少し待たなければいけないという議論がある。これに関する議論はどうなっているか。
    • 金融政策の伝達には、2段階の過程がある
    • 1つ目は金融環境への伝達、2つ目は金融環境から経済への伝達
    • 1つ目の段階については明らかに伝達されており、2つ目の段階もまた伝達が始まっている
 
  • バランスシートの削減を加速させることに関する議論をしたかを教えて欲しい。もししていないなら、年後半の論点となるのか
    • 我々はバランスシート削減に関する議論はしていないが、バランスシートが削減されているという事実は明らかに認識している
 
  • 前回の会合では、一時停止は考えていないと述べた。今日も同じ発言を繰り返すか
    • 我々はデータ依存の段階に来ており、スタッフによる新しい見通しも作成される予定である
    • 2回公表される新しいデータを確認し、どの程度伝達が進んだかの情報を考慮して、利上げか据え置きかを決める
    • 利下げをするつもりがないという事は保証できる
 
  • 理事会の多くの同僚が利上げについて、足りないリスクはやりすぎることのリスクを上回ると繰り返しているが、これに同意するか
    • 支持するかについては残念ながら回答できない
    • 同僚が見解を示すことについては構わないし、あれこれ展開させるのも自由だ
 
  • 金融の安定性について。欧州の商業用不動産について懸念事項だと考えているか
    • (デギンドス氏)金融安定レビューを見れば明らかなように、商業用不動産とその価格下落には大きな注意を払ってきた
    • 様々な主体が商業用不動産市場に参加しているが、主にはノンバンクであり、この点に注目して過去には分析も行った
    • 今後も注視を続けるつもりである
 
  • 賃金と物価のスパイラルについて詳しく教えて欲しい
    • 賃金と利益率の動向を見る限り、2次的効果(second round effect)は少なくとも現時点では見られておらず、そのリスクが強まっている兆しはない
    • しかしインフレに関してはサービスインフレが難問であり、注視している
 
  • 9月会合に関して、利上げあるいは一時停止の可能性について、本日時点では、立証責任はインフレ見通しの改善にあるのか、あるいは状況が悪化しなければ十分なのか
    • 立証責任はデータにあると思う
    • 我々はデータを入手して、それを評価する
 
  • スペインのヘッドラインインフレ率は責務に沿ったものであり、労働環境もここ10年で最も過熱している。利上げ停止には、こうした環境がユーロ圏全体で起こることを期待しているのか、それとも失業率の増加が必要なのか
    • インフレ率が依然として高く、長期間続くと見られている加盟国もある
    • そのため、我々は全体の数値に注意を払っている
    • 我々の希望はインフレ率が中期的に2%に低下することであり、最大の責務である
    • FRBと異なり、2つの責務は負っていない
 
  • 金融引き締めがユーロ圏の弱さにどの程度寄与していると考えているか
    • すでに述べたように、金融環境段階では多くが伝達されているが、経済段階ではまだそれほどではない
 
  • 利上げを停止するためには、9月での成長率見通し引き下げやインフレ率見通し引き下げという観点から、何が必要になるか
    • 9月に発表される見通し関連では、多くのデータや考慮事項があり、事前に回答することは出来ない
 
  • 近い将来の利上げ停止を示唆している。これは、利上げ停止期間にQTが加速することを意味しているのか。これは理事会におけるハト派とタカ派のある種の取引(trade-off)となるか
    • 現在の状況下における主要な手段は金利である
    • そのため、金利とQTの間における取引はない
 
  • 最近のいくつかの経済指標は予想よりも弱く、ECBが利上げをしすぎることを警戒するエコノミストもいて、彼らはさらなる我慢が必要だと考えている。これに対する回答は
    • やりすぎることは、我々が考えていることではない
    • 我々はやるべきことをする必要があり、現在は利上げである
    • 近づいていることは認識しており、机には利上げの継続と一時停止の選択肢がある
 
  • ECBの新しいスコアリング制度の下でのグリーンボンド購入がほぼ止まっていると環境活動家は批判している。ECBが気候変動対応に貢献できるという観点について、約束しすぎたのではないか
    • 我々はパリ協定のコミットメントを堅持しており、2023年を通じてパリ協定に沿う手段・方法を検討する予定である
 
  • 将来の決定に関する立証責任はデータあると述べた。どのようなデータが与えられれば、一時停止することができるのか、特に今後数か月で利上げを停止させるデータとは何か。コアインフレなのか、ユーロ圏経済の下振れやそれに関する懸念か
    • すべてのデータが重要になる
    • 9月会合までの2回公表されるインフレデータのすべてを確認する
    • ECBの公表するインフレ見通しと、24年・25年のインフレ率は我々にとって非常に参考になる
 
  • 米国とユーロ圏の比較について。ユーロ圏のほうがわずかに高く、同じようなコアインフレ率の下で米国はECBより大幅に金利を引き上げた。前職のIMFは今週、ECBはまたカバーすべき領域があると述べたが、これに同意するか。利上げついてもっとやるべき仕事があると考えているか
    • 米国のインフレと欧州のインフレは、財政、労働市場、エネルギーといった異なる要因によって引き起こされ現在の数値となっている
    • カバーすべき領域があるかについては、現時点では言えない
 
  • インフレとの闘いについて、インフレ脱却に近づいているとの欧州市民に伝えるメッセージはあるか。今回の声明はコメントには何か良い情報があるか
    • 我々は前進しているが十分ではない
 
  • ユーロ圏の銀行貸出調査への評価について、過去20年間見られなかったような需要データだったと思うが、その影響について理事会で議論し、決定に影響したか
    • 銀行貸出調査については、注視しており議論も行った。
    • 貸出の減少は我々が議論してきた伝達要素のひとつであり、需要については特に企業において明らかに生じている
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年07月28日「経済・金融フラッシュ」)

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