2023年07月28日

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3. 札幌オフィス市場の見通し

3-1. 新規需要の見通し
(1)オフィスワーカー数の見通し
住民基本台帳人口移動報告によると、2022年の札幌市の転入超過数は+8,913人となり、転入超過を維持したものの、前年から▲8%減少した(図表-11)。

2022年の北海道の就業者数は260.2万人(前年比▲1.0万人)となり、3年連続で減少した(図表-12)。
図表-11 主要都市の転入超過数/図表-12 北海道の就業者数
また、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、2022年の札幌市の生産年齢人口は119.8万人(前年比▲0.4%)となり、減少が続いている(図表-13)。
図表-13 札幌市の生産年齢人口
以下では、札幌のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「北海道」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI3」(北海道財務支局)は、2020年第2四半期に「▲41.8」と一気に悪化した。その後は、回復と悪化を繰り返しながら推移し、2023年第2四半期は「+2.9」となった(図表-14)。

「従業員数判断BSI4」(北海道財務支局)は、人手不足を表わす「+36.1」(2020 年第1四半期)から「+12.3」(第2四半期)へ低下した。その後は回復に向かい、2023 年第2四半期は「+24.6」となった。全国平均(+22.6)と比べると一貫して人手不足の状況が継続している(図表-15)。
図表-14 企業の景況判断BSI(全産業)/図表-15 従業員数判断BSI(全産業)
北海道では、コロナ禍が「企業の経営環境」および「雇用環境」に与えたダメージは全国平均と比べて限定的であった。一方、札幌市では、人口の流入超過が継続しているもののその勢いは鈍化しており、生産年齢人口は減少基調で推移している。また、北海道全体の就業者は3年連続で減少している。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数の拡大は今後、力強さに欠くことが予想される。
 
3 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感が悪いことを示す。
4 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
(2)テレワークの普及がオフィス需要に及ぼす影響
札幌市の「札幌市企業経営動向調査」によれば、テレワークを導入していると回答した割合(2022年度上期)は28%であった(図表-16)。大企業に限定すると「導入済み」との回答は45%、業種別ではオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」が86%に達している(図表-17)。札幌においても、コロナ禍を経て、大企業やオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」等を中心に、テレワークの導入が進んでいる。
図表-16 札幌市 業種別テレワーク導入率/図表-17 札幌市 業種別テレワーク導入率(2022年上期)
また、総務省「地方公共団体が誘致又は関与したサテライトオフィスの開設状況調査」によれば、北海道におけるサテライトオフィス開設数は、2020年末の86ヵ所から2021年末の110ヵ所に増加した。このうち、「札幌市」での開設数は56ヵ所であった(図表-18)。テレワークの普及により働く場所の選択肢が増えるなか、オフィス賃料が相対的に廉価であることや、本社移転・拠点進出に対する補助5等を背景に、サテライトオフィスの開設が増加していると考えられる6

ただし、東京や他の地方主要都市と比較してテレワークの普及スピードは緩やかであり、現時点においてオフィス需要への影響は限定的であるようだ7。今後、テレワークの普及が更に進んだ場合、テレワークを前提としたワークプレイスの見直しや、サテライトオフィスの開設等が増えることが想定され、引き続きオフィス需要への影響を注視する必要がある。
図表-18 都道府県別サテライトオフィス開設数
 
5 スタートアップ企業による札幌市内への本社移転・拠点進出に対する補助(「スタートアップ立地促進補助金」)等
6 北海道新聞「サテライトオフィス*道内110カ所 全国最多*テレワーク普及で」(2022年10月27日)
7 北海道新聞 「札幌オフィス 低空室率続く*全国屈指2%台*コロナ禍*テレワーク低調 需要堅く」(2023年7月20日)
(3)IT関連企業やコールセンター企業のオフィス需要の見通し
札幌市では、IT関連企業やコールセンター企業による新規拠点の開設がオフィス需要を下支えしている。

一般社団法人北海道IT推進協会「北海道ITレポート」によれば、北海道におけるIT産業の売上高は増加傾向で推移しており、2022年度は過去最高の約5,260億円に達する見通しである(図表-19)。また、同レポートによれば、「今後3 年程度先の総従業者数の見込み」について、「従業者数の増加を想定」との回答が約6割を占め、「従業者数の減少を想定」を大幅に上回っている(図表-20)。

なお、札幌市は、IT・コンテンツ・バイオ企業の開発・研究拠点の新設8や、本社機能やバックオフィスの移転9に対して、これまで人件費・開発費を対象に補助金を交付していたが、2023年7月よりオフィス賃料への補助金に変更する予定である。
図表-19 北海道におけるIT産業総売上高の推移/図表-20 今後3 年程度先の総従業者数の見込み
また、札幌市は、コールセンター運営をサポートする様々な施策を講じてきたことや、低コストで効率よくオペレーターを確保できる環境にあることから、コールセンター企業によるオフィス拡張ニーズが強い。一般社団法人日本コールセンター協会「コールセンター企業 実態調査」によれば、コールセンターの拠点数は北海道が63拠点(このうち、札幌市は60拠点)と東京都に次いで2番目に多い(図表-21)。コールセンターや IT関連企業は、札幌市の新築オフィスビルの入居テナント候補として、引き続き期待が大きい。

一方、コールセンターの新設・増設補助制度10の新規申請受付は、2023年9月末で終了する予定である。また、コロナ禍を経て、コールセンターのビジネスモデルは、(1)「在宅勤務」の導入、(2)拠点分散による大規模コールセンターの減少、(3)AI等を活用した顧客対応の自動化など、今後大きく転換する可能性があり、拠点戦略の見直しを検討する企業が増加する懸念もある。

前述の通り、「情報通信業」では「テレワーク」の普及が進んでおり、ワークプレイスの見直しが順次拡がることも考えられる。

以上を鑑みると、札幌のオフィス市場において存在感を高めてきたコールセンターやIT関連企業の新規需要が頭打ちするリスクに留意する必要がありそうだ。
図表-21 コールセンターの拠点数(都道府県別)
 
8 「IT・コンテンツ・バイオ研究開発 制作拠点向け補助金」
9 「本社機能(バックオフィス機能)移転向け補助金」
10 「コールセンター・バックオフィス立地促進補助金」
(4)半導体投資拡大がもたらすオフィス需要への影響
AI 技術の進展等に伴い半導体市場の拡大が期待されるなか、2023年2月に、半導体メーカーのラピダスが千歳市の工業団地「千歳美々ワールド」に工場を設立することを発表した。2025年に工場の試作ライン、2020年代後半に量産ラインの立ち上げを目標としており11、総投資額は5兆円で、北海道内の民間投資として過去最大となる予定である。

2023年9月にスタートする工場建設は、不動産市場にも影響を及ぼす可能性がある。北海道建設新聞によれば、建設作業員はピーク時に6千人となり、宿舎(約2千人)以外の約4千人分の賃貸住宅需要が千歳市周辺で発生する見通しとのことである12。また、今後、半導体関連の設備投資や企業進出等が活発化することで、札幌のオフィス需要の高まりも期待される。

一方、北海道新幹線の札幌駅までの延伸工事や、延伸を踏まえた札幌中心部の再開発(詳細は後述)において、作業員や資材、重機等が不足する懸念もある13

現状、北海道は他の地域と比べて半導体産業の集積が限定的である。ラピダスが次世代半導体を量産するには、相応の半導体関連企業の進出が必要であり、量産が実現した際には、道内の産業構造が大きく変化する可能性が指摘されている14。こうした産業構造の変化がもたらすオフィス需要への影響について、今後の動向を注視したい。
 
11 日刊自動車新聞 「国産次世代半導体のラピダス、北海道千歳市に工場新設 2020年代後半にも量産」(2023年3月1日)
12 北海道建設新聞 「ラピダス情報共有へ千歳市周辺自治体の連携組織が25日発足」(2023年7月14日)
13 日本経済新聞 「ラピダス余波、札幌再開発を選別 重機や作業員逼迫」(2023年5月30日)
14 北海道銀行 調査ニュース「次世代半導体メーカー「ラピダス」の道内進出について(2)~生産面からみる道内外の半導体産業~」No.457(2023.6)
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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