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「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(3)-行政の権限強化だけで解決できない難しさ、合意形成が重要に
 
                                                保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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3――関係者の合意形成に向けた考え方
まず、「行政の論理」から発想しない必要性です。往々にして、自治体は「病床が将来余る」「要介護認定率が高い」など「行政の論理」を合意形成の場に持ち込み、「××という政策を進めたいので、ご理解下さい」と言いたがります。さらに自らの意向が通らないと、今度は「住民や専門職を巻き込む」と言い始め、空回りする傾向があります。こうした状況を見た有識者も往々にして、「インセンティブで現場を動かせ」と口にしたがります。
しかし、医療・介護の経営者や専門職は別に行政のために仕事しているわけではないし、経済的な報酬よりも患者・利用者の利益を重視する傾向が見られます(もちろん、採算性は常に意識する必要がありますが)。さらに、多くの専門職は自らの専門性に誇りを持っており、数年で異動する自治体職員が偉そうなことを言っても、「どうせ形式だけでしょ」「2年後に代わる人の話を聞いてもね」などと足元を見ている可能性さえあります。このため、「行政の論理」は一旦脇に置いといて、患者・利用者の利益から一緒に考えるアプローチが重要になります。
さらに、異なる利害に配慮することも欠かせません。行政が地域の全体像を把握できるデータを出しても、医療・介護の経営者や専門職の全てが同じ方向を向いてくれるとは限りません。それぞれの事業体には経営判断が絡んでいるし、現場で働く専門職も経営陣の意向を気にする必要があります。
このため、自治体職員が異なる利害に配慮しつつ、コーティネーターのような立場で、方向性を少しずつ固めて行く必要があります。その一つとして、経営者や専門職の困りごとの解決に繋がるような物言いで、自治体の施策について理解や協力を得てもらう方法が考えられます。
例えば、多忙を極める地域包括支援センターの職員に対し、「介護予防に力を入れて下さい」「高齢者が気軽に体操などを楽しめる場を確保して」などと要望しても、「現場を知らない事務方が訳分からんことを言って来る」と思われてしまう可能性があります。たとえデータや施策が正しかったとしても、忙しい現場に新しい案件を持ち込めば、拒否反応が返って来るのは当然です。
実際、既述した市町村支援のプログラムでは、多くの市町村職員が「委託している地域包括支援センターの関係が悪いので、何とかしたい」と訴えるため、当初はビックリした記憶があります。何か国レベルで新しい施策や事業が制度化されると、「国→市町村→社会福祉法人などに委託されている地域包括支援センター」という形で事業が流れ、最前線にシワ寄せが行っているため、市町村と地域包括支援センターの関係性が悪化しているという構図です。
ただ、もし市町村職員が孤独死を防ぐための見守りネットワークを強化しようとする際、「最初は負担が重くなるかもしれませんが、重症化する前に相談が寄せられるようになり、地域包括支援センターの負担を減らせる方向に働きます」と説明すれば、業務過多に苦しむ職員も聞く耳を持ってくれるかもしれません。
このように振る舞う必要性については、住民や企業との関係でも同じです。例えば、第2回で「担い手」という言葉についての違和感を少し披露しましたが、往々にして、住民の支え合いとか、企業の高齢者向けサービスを見て、自治体職員は「『担い手』として活用」「企業や住民を巻き込んで…」などと言いたがります。いずれも分かりやすい言葉なので、仕方がない面があるのですが、別に住民は行政の「担い手」になるために地域活動を展開しているわけじゃないし、企業も行政に巻き込まれる気はないと思います。
こうした状況で、何も意識せずに「担い手」「巻き込む」といった言葉を使っていると、「行政の論理」から離れにくくなるし、異なる利害にも配慮できなくなります。揚げ足を取る気はありませんが、細かい言葉遣いから意識を変えて行く必要があります。
実際、先に触れた市町村支援プログラムの関係では、市町村職員から「数年前から多職種連携の会議を開いているが、ケアマネジャーが来てくれなくなった」という悩みを頻繁に耳にします。これは介護業界で数年前、喧伝された「規範的統合」という言葉を「合意形成」という本来の意味ではなく、「市町村の基本方針を住民、専門職、事業者などに共有させること」と誤解し、ケアマネジャーが作ったケアプラン(介護サービス計画)に物言いを付けるなど、「行政の論理」を全開にした反動と思われます(実際に一部の市町村では、ケアマネジャーが地域ケア会議を「お白州」と言って忌避していると側聞します)。
このケースに限らず、医療・介護職員が持つ専門性を尊重しなければ、自治体の方針に協力してくれなくなる可能性を肝に銘じる必要があります。
さらに、合意形成には「文脈」も非常に重要になります。医療・介護の現場は毎日、事務や実践が流れており、いきなり大転換するのは困難な面があります。このため、自治体職員が示すデータや将来予想、立案した施策などが正しかったとしても、多忙を極める経営者や現場の職員に受け入れてもらえないケースは多々あります。
ただ、それでも日々の経営や業務で感じている疑問に何かしら引っ掛かれば、協議のテーブルに乗ってくれるかもしれないし、協力を得られる可能性もあります。例えば、大規模病院からの入退院支援に関して病院と病院、病院と診療所の連携が上手く行っていない地域と、介護予防について専門職の関心が高まっている地域、不幸なことに孤独死が発生して見守りに対する危機意識が共有された地域では、それぞれ関心事が異なります。
このため、自治体職員が患者・利用者目線での困り事に応じて、テーマやデータの出し方を工夫すれば、医療・介護の経営者や専門職、住民、企業などの関心を惹き付けられるかもしれません。公共政策の研究では、制度形成に至る出来事のタイミングや配列が重視される13のですが、それぞれの地域で関心事やテーマに応じたエピソードやストーリー、文脈が非常に重要になります。こうした地域社会の変化を読み取り、事業者と専門職などと解決策を図れるのは自治体しか考えられません。
13 Paul Pierson(2004)“Politics in time”[粕谷祐子監訳・今井真士訳(2010)『ポリティクス・イン・タイム』勁草書房]を参照。
もちろん、このように様々な関係者と合意形成を図るのは決して容易ではありません。その際に使えるツールの一つとして、「ロジックモデル」があります。
これは達成したい成果(outcome)に向けて、必要な要素や施策を体系的かつ論理的に図示化するモデルになります。モデルの作り方については、様々な考え方や「流儀」が見られますが、要は「インプット→アクティビティ→アプトプット→初期アウトカム→中期アウトカム→インパクト」といった形で、エビデンス(証拠)や代表的なエピソードなどを用いつつ、政策目的と政策手段の波及経路を明確にした上で、その政策が当初の目標実現に向かっているかどうかチェックすることが重視されています14。
例えば、昨年12月に示された厚生労働省の「第8次医療計画に関する見直し検討会」の報告書では、「地域の現状や課題に即した施策の検討においてロジックモデル等のツールが有用」という文言が入り、2024年度からの医療計画の改定に向けた国の通知にも同じような文言が盛り込まれました。先に触れた市町村支援プログラムでも、ロジックモデルを用いつつ、高齢者介護に関する市町村の政策形成を支援しています。
ただ、「地域の実情」を踏まえず、関係者の意見も聞かないまま、自治体職員だけで綺麗なモデルを作っても、それは単なる「妄想」に終わってしまいます。さらに、一方的に関係者を従わせる意図でモデルを作ると、行政による専制に繋がります。あくまでも合意形成と施策の評価・改善のツールとして理解する必要があります。
14 ロジックモデルについては、2023年4月作成の内閣官房行政改革推進本部事務局「EBPMガイドブック Ver1.2」に加えて、大竹文雄・内山融・小林庸平編著(2022)『EBPM:エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』日本経済新聞出版社、Eugene Bardach(2012)”A Practical Guide for Policy Analysis"[白石賢司,・鍋島学・南津和広訳(2012)『政策立案の技法』東洋経済新報社]、亀井善太郎「第12回~第15回府省庁横断勉強会(EBPMワークショップ)用テンプレート」(2022年8月)などを参照。介護分野における応用可能性に関しては、服部真治(2023)「地域包括ケアシステム構築と保険者機能の強化のための技法」『国際文化研修』Vol.120も参照。
4――おわりに
しかし、いきなり権限を強化しても体制整備は進まないし、「自治体の主体性や創意工夫」が直ちに「権限の強化」を意味するわけではありません。実際に「どんな権限をどうやって強化するのか」「それが現場にどんな悪影響を及ぼすのか」といった点まで考慮すれば、権限強化だけが解決策ではないことに気付くはずです。このように政策立案者が社会を強権的に変えられるという考え方に対し、自由主義経済学者のハイエクは「傲慢な設計主義」と批判した15のですが、いきなり「権限強化」に頼ろうとする考え方は設計主義にも映ります。
むしろ、迂遠に映るかもしれませんが、自治体がコーディネーターのような存在となり、丁寧な情報共有や合意形成を図りつつ、異なる利害を調整して行く必要があります。些かトートロジー(同語反復)的な言い回しになりますが、「地域の実情」に沿った体制整備は「地域の実情」を丁寧に把握し、「地域の実情」に沿って、関係者と一緒に地道に体制整備を進めていくしかないのです。第4回は「地域の実情」に応じた医療提供体制改革の論点と動向を考察します。
15 ハイエクの設計主義批判については、西山千明監修・嶋津格監訳(2010)『ハイエク全集第II期 第4巻』春秋社などを参照。
(2023年07月26日「研究員の眼」)
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- プロフィール
 【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職
 【加入団体等】
 ・社会政策学会
 ・日本財政学会
 ・日本地方財政学会
 ・自治体学会
 ・日本ケアマネジメント学会
 ・関東学院大学法学部非常勤講師
 【講演等】
 ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
 ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
 【主な著書・寄稿など】
 ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
 ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
 ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
 ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
 ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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