2023年07月11日

加速し複雑化する供給網再編を巡る動き-ウクライナ侵攻開始から1年を経た米欧関係の視点から

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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■要旨
 
  • ウクライナへの軍事侵攻からの1年で、世界的な低インフレ、低金利局面は唐突に終わり、グローバルな供給網の再編圧力は強まっている。西側とロシアの制裁・対抗措置の応酬ばかりでなく、経済安全保障強化、環境・人権など持続可能な経済成長のための規制の強化も供給網再編の圧力となっている。
     
  • グローバルな供給網は西側の民主主義国家対中ロの権威主義国家に単純に二分化されようとしている訳ではない。数の上では、どちらか一方のブロックに属する国の方がむしろ少数であり、大多数は、米国か中国かの選択を迫られたくないと考えている。中ロも一枚岩ではない。そもそも、グローバルな供給網に深く組み込まれている中国のデカップリング(分離)は、西側にとっても打撃が大きい。G7広島首脳コミュニケでも、デカップリングと内向き志向を明確に否定、デリスキング(リスク削減)と多様化により供給網を強靭化する方針を確認した。
     
  • 西側のパートナーシップも安全保障分野と経済分野では自ずと様相が異なる。米EU間に自由貿易協定(FTA)はなく、21年に立ち上げた政策対話・規制協力の枠組み「貿易技術評議会(TTC)」を通じた規制・規格協力、半導体等の供給網強靭化などでの取り組みを進めている。一方、米国のインフレ抑制法(IRA)に対するEUの「グリーンディール産業計画」など補助金による戦略産業の囲い込みを競い合う構図となってもいる。
     
  • 規制や補助金によるグローバル経済の断片化は、効率性の低下、コスト高につながる。ごく限定した範囲に留めることが理想であり、産業界の要請でもある。米EUもTTCを通じ、半導体やクリーン・エネルギーを巡るインセンティブ競争を回避すべく動き出している。しかし、中国への対抗や、国内・域内の政治的な事情を抱え、欧米の産業政策は、国内回帰「リショアリング」や隣接する地域での供給網構築「ニアショアリング」に傾きやすいのが現実である。
     
  • 供給網再編と戦略産業の投資誘致を巡る競争は、経済安全保障上、不可欠な狭い領域、民主主義対権威主義という単純な図式には収まらない複雑な様相を呈しつつある。表面的な事象や合意の文言にとらわれず、現実の投資の動きや政策の展開を注視する必要がある。


■目次

・ウクライナ侵攻で加速した世界の変化
・強まるグローバルな供給網の再編圧力
・デカップリング(分離)ではなくデリスキング(リスク削減)を目指す方針を確認したG7首脳
・西側のパートナーシップも安全保障分野と経済分野で自ずと様相が異なる
・トランプ政権期に悪化した米欧の外交・通商関係は改善
・進展する米欧間のTTCを通じた政策対話・規制協力
・供給網強靭化では半導体について優先協議。補助金競争回避のための透明化メカニズムも完成
・懸案事項への対応進展の一方、浮上した米国のインフレ抑制法(IRA)を巡る対立
・IRAの対抗の性格を薄めた「欧州グリーンディール産業計画」
・加速し複雑化する供給網を巡る駆け引き


※ 本稿は2023年2月28日発行「Weeklyエコノミスト・レター」を、その後の展開を踏まえて加筆・修正し、転載したものである。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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