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コラム
2022年06月23日
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ウクライナでの戦闘の長期化とともに、西側とロシアの攻防も激しさを増している。
北大西洋条約機構(NATO)対ロシアの直接的な武力衝突にこそ発展はしていないが、西側による経済制裁とロシアによる対抗措置の応酬の範囲は広がり、世界的な影響の一層の拡大が懸念されている。
北大西洋条約機構(NATO)対ロシアの直接的な武力衝突にこそ発展はしていないが、西側による経済制裁とロシアによる対抗措置の応酬の範囲は広がり、世界的な影響の一層の拡大が懸念されている。
広がる経済制裁の範囲
西側の武器は通貨、金融、技術、市場だ。ロシア中央銀行への制裁や国際決済手段である国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除、ハイテク製品などの輸出禁止といった制裁措置は西側の優位性を武器として行使したものだ。
ロシアにとっては、欧州連合(EU)が米英と足並みを揃えたことは、おそらく予想外だっただろう。EUの中核国である独仏は米英よりもロシアに宥和的な姿勢をとってきた。EUは化石燃料をロシアに依存するなど経済的な結び付きも緊密だ。その分だけ、EUによるロシアへの経済制裁の効果は高いが、EU側が受ける痛みも大きくなる。それでもEUは、4月の第5次制裁で石炭禁輸、5月には第6次制裁として石油禁輸を全会一致で決めた。EUが痛みを覚悟の上で課した経済制裁の効果も「抜け穴」があれば弱められてしまう。EUは、石油禁輸に合わせて、ロシア産原油・石油製品の海上輸送に関わる保険や資金提供も禁止し、「抜け穴」封じも決めた。ただ、激変緩和のため、石炭禁輸は4カ月、原油の禁輸は6カ月、石油製品は8カ月の移行期間を設け、かつ、パイプラインを通じて供給される原油は例外とし、なんとか全会一致に漕ぎ付けた。保険や資金提供禁止にも6カ月の事業縮小期間を設ける。ウクライナへの侵攻にできる限り早く歯止めを掛けるためには、早期の制裁強化が望ましいが、経済の混乱を回避する観点から、制裁措置の導入は段階的なものとならざるを得ない。
ロシアにとっては、欧州連合(EU)が米英と足並みを揃えたことは、おそらく予想外だっただろう。EUの中核国である独仏は米英よりもロシアに宥和的な姿勢をとってきた。EUは化石燃料をロシアに依存するなど経済的な結び付きも緊密だ。その分だけ、EUによるロシアへの経済制裁の効果は高いが、EU側が受ける痛みも大きくなる。それでもEUは、4月の第5次制裁で石炭禁輸、5月には第6次制裁として石油禁輸を全会一致で決めた。EUが痛みを覚悟の上で課した経済制裁の効果も「抜け穴」があれば弱められてしまう。EUは、石油禁輸に合わせて、ロシア産原油・石油製品の海上輸送に関わる保険や資金提供も禁止し、「抜け穴」封じも決めた。ただ、激変緩和のため、石炭禁輸は4カ月、原油の禁輸は6カ月、石油製品は8カ月の移行期間を設け、かつ、パイプラインを通じて供給される原油は例外とし、なんとか全会一致に漕ぎ付けた。保険や資金提供禁止にも6カ月の事業縮小期間を設ける。ウクライナへの侵攻にできる限り早く歯止めを掛けるためには、早期の制裁強化が望ましいが、経済の混乱を回避する観点から、制裁措置の導入は段階的なものとならざるを得ない。
ガスを巡る攻防
フィンランドのシンクタンク「エネルギー・クリーンエアー研究センター(CREA)」が作成する「ロシア・エネルギー輸出トラッカー」によれば、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、EUはエネルギー代金として611.8億ユーロ(1ユーロ=140円換算で8.6兆円)をロシアに支払っている。石炭15.4億ユーロ(0.2兆円)、石油337.7億ユーロ(4.7兆円)、ガス258.6億ユーロ(3.6兆円)という内訳だ(*)。まだ禁輸対象となっていないガスはパイプラインで供給されており、インフラの制約があるため、石油以上に難易度が高い。しかし、ロシアへの戦費供給の停止、エネルギー安全保障の強化の両面で最優先課題となっている。EUは、3月10~11日の特別首脳会議で、エネルギー供給懸念と価格高騰に対応する「緊急対策」と脱ロシア化石燃料の行動計画「REPowerEU」を進める方針を確認、5月30~31日の特別首脳会議を前に「省エネルギー」、「ガスの供給元の多様化」、「クリーンエネルギーの推進」、「投資の拡大」を4本の柱とする政策文書をまとめた。脱ロシア化石燃料の実現に必要な投資の財源として、復興基金の復興強靭化ファシリティー(RRF)の融資枠やEU予算の基金を活用、3000億ユーロ(42兆円)を確保するという。
ロシアは、こうしたEUの脱ロシアの動きを座視するつもりはないだろう。ロシアにとってもパイプライン・ガスの代替先の早期確保は難しいが、ロシアにはEUが脱ロシア・ガスを実現する前に供給停止のカードを切り、揺さぶりを掛けるインセンティブがある。すでにロシアが一方的に決めたガス代金のルーブル建てでの支払いに応じなかったなどの理由で、ポーランド、ブルガリアに始まり、ドイツ、イタリアなどへのガス供給を停止・削減している。
ガスを巡るEUとロシアの攻防は、需要期となる今年秋口以降に向けて、激しさを増すことになるだろう。
ロシアは、こうしたEUの脱ロシアの動きを座視するつもりはないだろう。ロシアにとってもパイプライン・ガスの代替先の早期確保は難しいが、ロシアにはEUが脱ロシア・ガスを実現する前に供給停止のカードを切り、揺さぶりを掛けるインセンティブがある。すでにロシアが一方的に決めたガス代金のルーブル建てでの支払いに応じなかったなどの理由で、ポーランド、ブルガリアに始まり、ドイツ、イタリアなどへのガス供給を停止・削減している。
ガスを巡るEUとロシアの攻防は、需要期となる今年秋口以降に向けて、激しさを増すことになるだろう。
仲介者不在で不安定さを増す世界
ウクライナ戦争と経済制裁は穀物や肥料輸出にも影響し、世界的な食料危機のリスクも高まっている。この問題でも、ロシアを非難する西側と西側の経済制裁が原因とするロシアの主張は平行線を辿り、問題解決の糸口は見えない。
西側とロシアの対立は総力戦の様相を呈し、双方とも妥協できない勝者なき消耗戦に入りつつあるように思われる。
大国・地域間の経済制裁と報復の激化の問題は当事国・地域間だけでなく、戦争とも制裁とも無関係なエネルギー、食料輸入国等にも影響が及ぶことだ。仲介者不在の世界経済の不安定性は増している。
(*) https://energyandcleanair.org/financing-putins-war/(6月13日アクセス)
西側とロシアの対立は総力戦の様相を呈し、双方とも妥協できない勝者なき消耗戦に入りつつあるように思われる。
大国・地域間の経済制裁と報復の激化の問題は当事国・地域間だけでなく、戦争とも制裁とも無関係なエネルギー、食料輸入国等にも影響が及ぶことだ。仲介者不在の世界経済の不安定性は増している。
(*) https://energyandcleanair.org/financing-putins-war/(6月13日アクセス)
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2022年06月23日「研究員の眼」)

03-3512-1832
経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
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2025/03/07 | 始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂 | 伊藤 さゆり | 基礎研マンスリー |
2025/01/24 | トランプ2.0とユーロ-ユーロ制度のバージョンアップも課題に | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/01/17 | トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?- | 伊藤 さゆり | |
2024/12/13 | 欧州経済見通し-逆風のなか、回復は緩慢な足取りに | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
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