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加速し複雑化する供給網再編を巡る動き-ウクライナ侵攻開始から1年を経た米欧関係の視点から
経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり
ウクライナ侵攻で加速した世界の変化
この間、西側は、ロシアへの制裁強化とウクライナ支援の強化によって侵攻と向き合ってきた。ウクライナ侵攻は、西側、特に欧州とロシアの関係を、経済的に相互に依存する関係から、西側が金融や技術を「制裁手段化」し、ロシアがエネルギーや食料を「武器化」して対抗する関係へと変えた。
世界的な低インフレ、低金利局面は唐突に終わりを告げた。食料や肥料、エネルギーの供給の不安定化、価格の高騰、主要中銀による急ピッチの利上げを通じて世界に広がった(図表)。
世界経済は減速した。国際通貨基金(IMF)は、23年4月の「世界経済見通し」で、ウクライナの22年の実質GDPは30.3%減、ロシアは同2.1%減としている。米国は同2.1%、ユーロ圏は同3.5%だったが、米国では高速利上げが行われたことによる景気後退と金融不安懸念が燻っている。欧州は手厚いエネルギー危機対策と暖冬の恩恵で、22年10~12月期、23年1~3月期は2四半期連続のマイナス成長となったが、落ち込み幅は小幅に留まった。新興国・途上国、いわゆるグローバルサウスの殆どの国は戦争や制裁に直接関わっていないが、世界的なインフレ、金融環境の急激な変化からの圧力を受けている。とりわけ食料やエネルギーを輸入に頼り、資本流入を必要とする国々の状況は厳しさを増している。
強まるグローバルな供給網の再編圧力
グローバルな供給網は、「西側の民主主義国家による価値の同盟」と「中ロの権威主義国家」に単純に二分化される訳ではない。数の上では、2つのブロックのどちらか一方に属する国の方がむしろ少数であり、大多数は、米国か中国かの選択を迫られたくないと考えている。2月23日の国連総会の「ロシア軍の撤収を求める決議」も賛成141、反対7、棄権32と侵攻直後の22年3月2日の決議と同じ圧倒的多数で採択されたことが示すように、ロシアの軍事行動を問題視する国は多い。しかし、中国のほか、インドも棄権、決議に賛成した新興国・途上国でも、西側の制裁の影響を懸念し、ウクライナの特別扱いを「二重基準」と見る国は少なくない。
中ロは、ともに権威主義国家であり、西側主導の国際秩序に不満を抱いているが、一枚岩ではない。侵攻直前の首脳会談の共同声明で「無制限の友好と協力」を約束したとは言え、中ロは、侵攻後のロシアへの積極的な支援は控えてきた。ウクライナ侵攻から1年を機に中国外務省が公表した文書1でも、西側の姿勢を批判し、ロシアの主張に寄り添いつつも、原子力発電所の安全性や核兵器の使用に懸念を示すなど、中立姿勢をアピールしてもいる。
1 中国外務省による文書「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場(23年2月24日)」では、「すべての当事者は火に油を注いだり、緊張を高めたりすべきではない」として西側のウクライナへの軍事支援を暗に批判、「一方的な制裁」にも反対の立場を示した。他地域の安全保障を犠牲とする「軍事ブロックの強化・拡大」では平和は実現できないとしてロシアの主張に理解を示している。
デカップリング(分離)ではなくデリスキング(リスク削減)を目指す方針を確認したG7首脳
デリスキングは、今年4月の訪中を前にフォンデアライエン欧州委員会委員長が講演で示した方針である2。EUよりも中国に対して強硬な姿勢を取ってきた米国が、EUの方針に同調した形である。米国の産業界からの要請を踏まえたものと思われる。
G7首脳コミニュニケでは、これらの他、中国に対して「公平な競争条件」、「非市場的政策及び慣行がもたらす課題への対処」の要請、「不当な技術移転やデータ開示などの悪意のある慣行への対抗」、「経済的威圧に対する強靱性促進」、「国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術の保護」、「東シナ海及び南シナ海の状況への懸念」、「台湾海峡の平和と安定」、「両岸問題の平和的解決」、「中国の人権状況について懸念」、「英中共同声明・基本法の下での約束の履行」などを求めた。
2 Speech by President von der Leyen on EU-China relations to the Mercator Institute for China Studies and the European Policy Centre, 30 March 2023
西側のパートナーシップも安全保障分野と経済分野で自ずと様相が異なる
安全保障分野では、米欧は、北大西洋条約機構(NATO)による強固な集団防衛の枠組みを形成している。同盟の強固さは、ウクライナ侵攻への対応で証明された。
経済面でも米欧の結びつきは強固だ。EUの域外貿易相手国として、財の貿易では中国が米国を上回るようになっているが、サービス貿易や直接投資も含めた総合的な関係では、米国はEUにとっての最大のパートナーであり続けている3。米欧関係で特徴的なのは、双方向の直接投資、すなわち米欧をまたがり活動する企業を通じた結びつきの強さである。欧州委員会統計局によれば2021年時点の直接投資残高は米国からEUへの投資が2.3兆ユーロ、米国からEUへの投資が2.1兆ユーロに上る。貿易面でも企業内の取引がおよそ3分の1を占める4。
しかし、米EU間では自由貿易協定(FTA)は頓挫したままで5、ウクライナ侵攻で安全保障環境が激変し、中国経済の影響力拡大によるリスクを共有しながらも、協議を再起動しようとの機運は高まっていない。
3 欧州委員会「EU米国貿易関係 ファクト、数字、最新の動向」による。
4 欧州委員会「EU米国貿易関係 ファクトシート」による。
5 13年から包括的な貿易投資協定「環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)」交渉が進められていたが、オバマ政権期の16年末に交渉が中断、トランプ政権期の19年末に交渉は正式に終了している。
トランプ政権期に悪化した米欧の外交・通商関係は改善
21年6月には、米EU首脳会議の合意に基づき「貿易技術評議会(TTC)」を立ち上げた。TTCは、世界貿易、経済技術的課題へのアプローチを調整し、共通の価値観に基づく大西洋間の貿易と経済関係の深化を図るフォーラムとされている。
TTCの下、米国とEUは政策担当者間が実務協議を行うための作業部会を立ち上げ、定期的に閣僚級会合6を開催する。これまでに21年9月、22年5月、22年12月、23年5月の4回開催されている。
6 米国側はブリンケン国務長官、レモンド商務長官、タイ通商代表部(USTR)代表、EU側は欧州委員会のドムブロフスキス執行副委員長(経済総括・通商担当)、ベスタエアー執行副委員長(欧州デジタル化対応総括・競争政策担当)が参加。
進展する米欧間のTTCを通じた政策対話・規制協力
しかし、TTCは、米EU間の協調の枠組みとして一定の成果を上げている。意図せざるものではあったものの、対ロシア制裁の輸出規制を検討する上で機能した。人口知能(AI)、量子情報科学技術、EV充電インフラなどの新技術や半導体供給網の強靭化などでの具体的な取り組みも進展している。
G7後に開催された第4回会合では、生成AIの急速な普及によって、AIが焦点の1つとなった。米EUは、22年12月の第3回会合で「信頼できる開発・運用に向けた初の共同ロードマップ」の作成で合意し、以後、取り組みを進めてきたが、第4回会合で、生成AIを、ロードマップにおいて、特に重点的な課題として取り組む方針を確認した。
量子情報科学技術については、専門家によるタスクフォースを立ち上げている。タスクフォースでは、研究開発に関わる障壁の削減、技術の準備状況に関する評価の共通の枠組みの開発、知的財産や輸出管理関連の課題について協議し、国際標準化に向けて共に取り組むという。
EV充電インフラについての規格協力も進展している。22年5月に大型車向けの充電システム(MCS)の規格協力で合意、23年5月の第4回会合の共同声明では、プラグの互換性やEVのグリッド統合のインターフェースの共通化に向けた取り組む方針を確認、政府と産業界、グリッドサービス事業者による「政府資金によるEV充電インフラの導入に対する大西洋を横断する技術的推奨事項」をまとめた文書を歓迎し、より効率的な充電インフラと電力網の強化による競争力強化のために協力する方針も示している。
7 TTCの作業部会は(1)技術標準化協力、(2)気候・クリーン技術、(3)安全な供給網(半導体)、(4)情報通信技術・サービス(ICTS)の安全保障と競争力(5G・6G、海底ケーブル、データセンター、クラウドシステムなど)、(5)データ・ガバナンスと技術プラットフォーム、(6)安全保障と人権を脅かす技術の乱用(AI技術)、(7)輸出管理協力(デュアルユース品目など)、(8)投資審査協力、(9)中小企業によるデジタル技術へのアクセスと利用促進、(10)世界的な通商課題の10の領域にわたる。IPEFは、(1)公平で強靭(きょうじん)性のある貿易、(2)サプライチェーンの強靭性、(3)インフラ、脱炭素化、クリーン・エネルギー、(4)税、反腐敗の4本柱からなる。
03-3512-1832
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
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