2023年06月13日

物価高の家計への影響と消費者の要望-やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目も

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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(2) 属性別の状況
性別や年代別、ライフステージ別、世帯年収別、個人年収別などいずれの属性においても、全体と同様、そう思う層は「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」で高い傾向がある(図表10)。ただし、個人年収1,000~1,500万円未満では「所得税控除枠の拡大などの負担軽減策の検討が必要だ」(66.7%)で「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」(56.3%)を10%pt以上上回る(+10.4%pt)。また、ライフステージが第一子高校入学や個人年収600~1,000万円未満では「適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」で、世帯年収1,500~2,000万円未満では「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」で「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」をやや上回る。

また、「子育て世帯には優先的に給付金が必要だ」や「食料や日用品などの生活必需品の現物給付が必要だ」を除くと、年齢が高いほどそう思う層が多い傾向がある。特に全体で上位3位を占める「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」や「適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」、「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」については、60歳以上やライフステージが第一子独立以上では、そう思う層が約8割を占めて多い。

一方、70歳以上やライフステージが孫誕生のより高齢な層に加えて、第一子高校入学以下の子育て世帯では「子育て世帯には優先的に給付金が必要だ」が多い傾向がある。なお、当該項目は子どもの年齢が低いほど、そう思う層が多い傾向があり、第一子小学校入学前後では約半数を占める(全体より+10%pt前後)。また、年齢が若いほど「食料や日用品などの生活必需品の現物給付が必要だ」が多い傾向があり、20歳代で41.1%(全体より+6.4%pt)を占める。

このほか50歳代では「行政側からも値上げに関わる情報の提供が必要だ」(63.7%で全体より+5.9%pt)、50歳代や第一子大学入学では「時限的に消費税率の引き下げが必要だ」(いずれも約6割で同+5%pt以上)、第一子大学入学では「生活困窮世帯だけでなく一般世帯にも給付金が必要だ」(67.4%で同+10.9%pt)や「企業が適切に従業員の賃金に還元しているかの監視が必要だ」(71.9%で同+8.8%pt)、「所得税控除枠の拡大などの負担軽減策の検討が必要だ」(68.5%で同+6.7%pt)が多い。
図表10 属性別に見た政府・自治体に対する値上げに関わる要望
年収別には、事業者への要望と同様、収入の多寡というよりも、それぞれの収入階級に多い年代やライフステージの影響が大きいようだ。例えば、世帯年収200万~400万円未満では「公的年金は物価上昇を吸収できる水準への引き上げが必要だ」(59.3%で同+5.9%pt)や「企業が適切に従業員の賃金に還元しているかの監視が必要だ」(68.6%で同+5.5%pt)、「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが必要だ」(75.6%で全体より+5.3%pt)で多いが、当該層では60歳以上が42.8%(当調査全体では33.3%)を占める。

また、個人年収1,500~2,000万円未満では「公的年金は物価上昇を吸収できる水準への引き上げが必要だ」(61.0%で同+7.6%pt)が多いが、当該層では60歳以上が57.1%を占めて多い。このほか、当該層では「子育て世帯には優先的に給付金が必要だ(53.7%で同+11.1%pt)」や「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」(70.7%で同+6.5%pt)、「所得税控除枠の拡大などの負担軽減策の検討が必要だ」(68.3%で同+6.5%pt)も多い。

また、個人年収800万~1,000万円未満では「公的年金は物価上昇を吸収できる水準への引き上げが必要だ」(64.5%で同+11.1%pt)や「適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」(73.7%で同+7.7%pt)、「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」(71.1%で同+6.9%pt)、「行政側からも値上げに関わる情報の提供が必要だ」(63.2%で同+5.4%pt)、「生活困窮世帯だけでなく一般世帯にも給付金が必要だ」(61.8%で同+5.3%pt)が多いが、当該層では第一子小学校入学や第一子中学校入学などの子育て世帯(13.2%)が比較的多く、60歳以上も23.7%を占める。

つまり、いずれの属性でも家計支援策を求める傾向はあるものの、年齢が高いほど企業活動の監視や政府・自治体からの値上げについての情報提供、税制改正といった幅広い要望が強く、子育て世帯を中心とした若い年代では子育て世帯への優先的な給付や現物給付の要望が強い傾向がある。

4――おわりに

4――おわりに~物価高でも5類変更で消費改善に期待、ただし欲求が満たされた後は賃金の伸び次第

本稿ではニッセイ基礎研究所の調査を用いて物価高進行下の消費者意識について捉えた。生活必需品を中心に値上がりが相次ぐ中、消費者は(個別商品としては工夫もあるだろうが)全体としては支出抑制の工夫をするというよりも、やむを得ず値上げを受け入れている様子がうかがえた。

また、消費者意識も変化しており、事業者や政府・自治体への要望を見ると、デフレ進行下では価格を据え置く企業の努力姿勢が消費者に支持されてきたが、現在ではコスト増や従業員の賃金への還元などが適切な形で価格転嫁されることは、やむを得ないものとして、ある程度受け入れる素地が形成されているようだ。昨今の欧米諸国のインフレや企業のコスト増の状況、欧米と比べて日本の賃金が上がらない状況などから、無理な価格抑制は労働者の賃金上昇を抑え、ひいては日本の競争力低下にもつながりかねないという構造的な理解が広がってきたのだと考える。また、調査では、企業活動に対する監視意識の高さも見てとれた。社会の持続可能性への関心が高まる中、労働者への過剰な負担といった無理を要する企業活動は指示されにくい時代となっているのだろう。

なお、属性別には、子育て世帯では生活必需品や教育費、娯楽費など多方面に渡って、高収入層では娯楽費を中心に物価上昇を感じ、支出を増やしているといった違いも見てとれた。また、いずれの属性でも、やむを得ず値上げを受け入れる素地が形成され、企業活動を監視する意識は高い傾向がありつつも、低年齢児のいる子育て世帯を中心に、生活必需品の現物給付や商品の品質を落としても価格を据え置くような要望が比較的強い傾向も見られ、子育て世帯の経済状況の厳しさも垣間見えた。

5月に新型コロナウイルス感染症の感染症分類が変更されて以降、コロナ禍で控えられてきた外食や旅行などを中心に消費行動は一層、活発化している。物価高は継続しつつも、コロナ禍の消費抑制で家計の貯蓄はおしなべて増えている5影響も相まって、今後の個人消費には更なる改善が期待できるだろう。一方で今年の春は賃上げの機運が高まったものの、現在のところ、4月の労働者の実質賃金(現金給与総額)は前年同月比▲3.0%に留まる(速報値、厚生労働省「毎月勤労統計」)。今後の賃金や夏の賞与の改善が期待されるところだが、物価上昇に対して実質賃金の伸びが劣後する状況が続けば、消費者の行動欲求が一旦、満たされた後は節約志向が色濃くあらわれる可能性がある。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2023年06月13日「基礎研レポート」)

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【物価高の家計への影響と消費者の要望-やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目も】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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