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2025年06月06日

家計消費の動向-物価高の中で模索される生活防衛と暮らしの充足

基礎研REPORT(冊子版)6月号[vol.339]

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1―全体では足踏み、メリハリ消費も

個人消費は昨年と比べれば改善傾向にあるが、実質賃金の低迷を背景に足踏み状態が続いている[図表1]。
[図表1]消費者物価指数(CTIマクロ)(2020年=100)
二人以上世帯の消費支出の内訳を見ると、過去5年間で「食料」や「家具・家事用品」、「住居」は減少傾向を示す一方、「交通・通信」や「教養娯楽」は増加傾向を示している*1

つまり、コロナ禍の収束により消費行動が平常化する一方、物価高が継続する中で、消費者には食料や日用品などの日常的な消費を抑制しながら、旅行やレジャーなどの娯楽的な支出や、それに関連する項目には一定の支出を維持する「メリハリ消費」の傾向がうかがえる。

2―メリハリ消費は様々な領域に

1|海外より割安な国内旅行・レジャー
さらに、二人以上世帯の具体的な品目の支出額変化について見ると、2024年以降、海外旅行の動向に左右されやすい「パック旅行費」は前年をおおむね下回る一方、「宿泊料」や「遊園地入場・乗物代」は堅調に推移している[図表2]。

つまり、物価上昇により可処分所得が制約される中で、娯楽の中でも温度差が生じている。相対的に費用を抑えやすい国内旅行や遊園地などは選ばれやすい一方で、円安の影響もあり割高感の強い海外旅行は控えられる傾向があるようだ。

なお、2025年1月には「遊園地入場・乗物代」が大幅に増加した一方で、「映画・演劇等入場料」は減少が目立った。これは年末年始のカレンダーの並びが良く、連続休暇が取りやすかったことや、暖冬で晴天の日が多かった結果、屋外の娯楽を選好された影響があげられる。
[図表2]二人以上世帯の主な個別費目(対前年同月実質増減率)
2|公共交通機関より自由なカーシェア
2024年以降、「鉄道運賃」や「バス代」などの交通費は前年を下回る月が多い一方、「レンタカー・カーシェアリング料金」は前年を上回る月が増えており、公共交通機関と比べて自由度の高い移動手段を選好する傾向が強まっている[図表3(a)(b)]。

なお、「バス代」や「タクシー代」の低迷については供給制約の影響もあげられる。以前から高齢化に伴う運転手不足が課題であったが、コロナ禍で退職者が増えたまま、新規採用が進んでいない状況がある。インバウンドの勢いも増す中で供給が追いつかず、日本人の需要に十分に応えられていない可能性がある。
[図表3]二人以上世帯の主な個別費目(対前年同月実質増減率)交通費
このほか外出関連の品目の動向では、「男性用スーツ」は近年のオフィスウェアのカジュアル化やテレワークの定着を背景に前年を大きく下回る月が目立つ。 一方、「女性用洋服」は、この2年ほどおおむね横ばいで推移している。また、「ファンデーション」や「口紅」などのメイクアップ用品は、2023年は回復基調が続いていたが、2024年以降は再び減少傾向に転じており、濃淡が見える。
3|外食堅調、内食では米需要増
外食の「食事代」や「飲酒代」は、コロナ禍の反動増があった2023年と比べると伸び率こそ緩やかになっているものの、改善傾向を維持している。

内食( 自炊)では、2024年夏にかけて「米」などの穀類の消費が伸びているが、これは米不足への懸念や価格上昇を背景にした買い込み需要に加え、米の代替品として「パスタ」や「即席麺」の需要が高まったことがあげられる[図表4]。

なお、「米」の価格は昨年夏頃から急上昇しており、1年前と比べて約2倍に上がっている(総務省「消費者物価指数」)。
[図表4]二人以上世帯の主な個別費目(対前年同月実質増減率)(a)外食
ここであらためて最近の米の需給の状況について見ていきたい。

近年、米の生産量は減少傾向にあるが、2024年に目立って減少したわけではない[図表5]。2024年の買い込み需要は、2024年というよりも、2022年や2023年の生産量の減少が影響しているものと見られる。2022年・2023年では前年と比べた減少率が拡大した結果(▲3.0%、▲4.4%)、需要量が生産量を上回るようになっている。

よって、消費者の買い込み需要の背景には、長年にわたる生産調整に加えて、過去と比べた米の流通量の減少度合いが強まったことで、供給不足の不安が広がった可能性がある。なお、生産量は2024年(2023年産)では前年比▲1.3%、2025年(2024年産)では+2.7%へと持ち直している。
[図表5]米の生産量と需要量、民間在庫
このほか食に関連する品目の動向では、2022年以降、「生鮮肉」は前年を下回る状況が続く一方、「冷凍調理食品」や「出前」は堅調に推移している。これらの背景には、物価高が続く中で、比較的高価格な食材の購入を控える動きがある一方、利便性重視志向の高い単身世帯や共働き世帯の増加といった中長期的な構造変化があるのだろう。
4|デジタル娯楽は生活に定着
電子書籍や音楽・映像・ゲームソフトといったデジタルコンテンツに対する支出額は、コロナ禍による一時的な増減を経ながらも、概ね前年を上回る水準で推移している[図表6]。これらは名目値であるため、実質ベースでは物価上昇の影響を受けている可能性があるものの、支出額そのものが大きく減少しているわけではない点は注目に値する。

足元では下向きの動きも見られるが、インターネット上には無料コンテンツや低価格の代替サービスが数多く存在する中でも、消費者は一定の支出を維持している。こうした傾向は、デジタルコンテンツが生活の中で一定の価値を持つもの(一定の対価を支払って楽しむもの)として定着していることの表れと言える。
[図表6]二人以上世帯の主な個別費目(対前年同月実質増減率)デジタル娯楽

3―生活防衛と娯楽消費の両立

物価高で可処分所得の伸びが鈍る中、個人消費においては、各所にメリハリ消費の傾向が見られる。

消費全体では、生活必需品に対する支出を抑える一方、娯楽に対しては一定の支出を維持する動きがみられた。また、割高感のある海外旅行よりも国内旅行やレジャーを選択する傾向や、デジタルコンテンツへの支出が堅調に推移している傾向などから、可処分所得に制約がある状況下においても、エンターテインメント分野への支出は大きく減少せず、娯楽が生活満足度を支える要素となっている様子がうかがえた。

消費行動には、可処分所得の水準や消費者の中長期的な経済見通しが大きな影響を与える。ニッセイ基礎研究所では、年後半には賃金の上昇率が物価上昇率を安定的に上回っていくと予測している*2

こうした環境が整えば、消費者の実質的な購買力が高まり、これまでの「節約」を重視したメリハリ消費にも変化が生じ、全体として消費が活発化していくことが期待される。
 
*2 斎藤太郎「2024~2026年度経済見通し」、ニッセイ基礎研究所、基礎研REPORT(冊子版)4月号[vol.337](2025/4/8)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月06日「基礎研マンスリー」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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