2023年06月13日

物価高の家計への影響と消費者の要望-やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目も

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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3――物価高進行下の消費者の要望~やむを得ず価格転嫁を受け入れる素地の形成、企業に監視の目

1|事業者への要望~従業員への還元、「多少の値上げは仕方ないが量・質は変えないで欲しい」58.8%
(1)全体の状況
店舗やメーカーなどの事業者に対する値上げに関わる要望についてたずねたところ、そう思う層(「そう思う」+「ややそう思う」)が圧倒的に多いのは「今後、(ガソリン代や電気代、原材料費などの)製造コストが下がった際は、きちんと値下げをして欲しい」(82.4%)であり、次いで「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」(68.7%)、「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」(68.1%)、「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」(58.8%)までが半数を超える(図表7)。
図表7 事業者に対する値上げに関わる要望(n=2,558)
一方、「商品の品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」については、そう思わない層(「そう思わない」+「あまりそう思わない」)(32.3%)が比較的多く、そう思う層(28.1%)をやや上回る(+4.2%pt)。

これまでのデフレ進行下では、企業努力によって極力値上げをしない姿勢が消費者に支持されてきた。一方で、以上の結果を見れば、現在ではコスト増や従業員の賃金への還元などが適切な形で価格転嫁されることは、やむを得ないものとして、消費者にある程度受け入れられる素地が形成されている様子がうかがえる。

さらに、現在では、商品の量や質、利便性(取り扱い店舗やサービス利用時間帯の縮小など)を落としてでも値上げをしない姿勢を支持する消費者は多数派ではなくなっている。特に、品質を下げてでも値上げをしないことについては、むしろ批判的な消費者も目立つようだ。

これらの背景には、欧米諸国のインフレや原材料費の高騰で苦しむ企業の厳しい状況、また、欧米諸国と比べて賃金が上がらない日本の状況から、日本の消費者においても、無理に価格を抑えることは労働者の賃金上昇を抑え、ひいては日本の競争力低下にもつながりかねないという構造的な理解が広がってきたことがあげられる。また、昨今では社会の持続可能性、サステナビリティに関わる意識も高まる中で、例えば、何らかのイノベーションによる生産性向上などで低価格が実現されるのであれば消費者に支持されるのだろうが、労働者への負担が生じるような無理な企業努力によって価格を据え置くような姿勢は指示されにくい時代へと変化しているのではないか。
(2) 属性別の状況
性別や年代別、ライフステージ別、世帯年収別、個人年収別などいずれの属性においても、全体と同様に、そう思う層は「今後、製造コストが下がった際は、きちんと値下げをして欲しい」や「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」、「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」で高い傾向がある(図表8)。ただし、ライフステージ別が第一子小学校入学では「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」(67.6%)で「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」(64.1%)をやや上回る。

また、そう思う層は「今後、製造コストが下がった際は、きちんと値下げをして欲しい」や「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」、「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」、「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」では高齢層で高い傾向がある。一方、「利便性は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」をはじめとした極力価格据え置きを求める志向は必ずしもその通りではない。20歳代や小中学生の子どものいる子育て世帯など比較的若い層では値上げより利便性や質の低下を、70~74歳や孫誕生などの高齢層では量の減少を許容する傾向が相対的に強くなっている。ただし、いずれも、極力価格据え置きを求める志向は「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」といった値上げをある程度許容する志向と比べて弱くなっている(そう思う層が少ない)。

また、年収別に見ると、収入の多寡というよりも、それぞれの収入階級に多い年代やライフステージの影響が大きいようだ。例えば、世帯年収200万円未満では、全体と比べてそう思う層が「品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」(33.8%で全体より+5.7%pt)で多いが、当該層では60歳以上が48.0%(当調査全体では33.3%)を占める。また、世帯年収800万~1,000万円未満では「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」(64.6%で同+5.7%pt)が多いが、第一子小学校入学や中学校入学の子育て世帯が16.3%(当調査全体では8.4%)を占める。また、世帯年収800万~1,000万円未満では「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」(75.1%で全体より6.3+%pt)も多い。

つまり、いずれの属性でも適切な形での価格転嫁は、やむを得ないものとして、ある程度受け入れる素地ができている上で、相対的には子育て世帯では値上げより利便性や質の低下を、高齢者では量の減少を許容するといった傾向も見られる。
図表8 属性別に見た事業者に対する値上げに関わる要望
2|政府・自治体への要望~家計支援策、適切な価格転嫁や賃上げなど企業活動の監視、税制改正も
(1) 全体の状況
政府や自治体に対する値上げに関わる要望についてたずねたところ、そう思う層が最も多いのは「(家計支援策として、)電気代やガス代など(物価が上昇している費目)の価格を抑制するような取り組みが(継続的に)必要だ」(70.3%)であり、次いで「(下請け企業が泣き寝入りせず)適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」(66.0%)、「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」(64.1%)、「(値上げで)企業が適切に従業員の賃金に還元しているかの監視が必要だ」(63.1%)、「(家計支援策として、)所得税控除枠の拡大など税制改正(による負担軽減策の検討)が必要だ」(61.8%)、「行政側からも(企業の)商品やサービスの値上げに関わる情報の提供が必要だ」(57.8%)、「(家計支援策として、)生活困窮世帯だけでなく一般世帯にも給付金が必要だ」(56.4%)、「(家計支援策として、高齢者への影響を抑えるために)公的年金は物価上昇を吸収できる水準への引き上げが必要だ」(53.5%)、「(家計支援策として、)時限的に消費税率の引き下げが必要だ」(53.0%)までが半数を超える(図表9)。一方、「(家計支援策として、)食料などの生活必需品の現物給付が必要だ」については、そう思わない層(25.5%)が比較的多い。

つまり、消費者は政府や自治体に対して、現状実施されている電気代等の価格抑制策などの家計支援策を強く求める一方で、適切な価格転嫁や賃金への還元など企業活動の監視も同時に強く求めている様子がうかがえる。なお、一般世帯への給付金や時限的な消費税率の引き上げについては、そう思う層に対して内訳の「そう思う」割合が高い傾向があるため、他の要望と比べて強い要望を持つ層が一部に存在するようだ。
図表9 政府・自治体に対する値上げに関わる要望(n=2,558)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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