2023年06月09日

米国経済の見通し-労働市場の好調が続けばインフレ高止まりによる金融引締め長期化の可能性

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(住宅投資)足元で減速に歯止めがかかっている可能性
実質GDPにおける住宅投資は、前述のように23年1-3月期まで8期連続のマイナス成長となるなど、住宅市場は不振が続いているものの、マイナス幅が大幅に縮小しており、住宅市場には底入れの兆しがみられる。実際に、住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は23年4月が+8.4%(前月:▲6.4%)と22年4月以来1年ぶりの増加に転じた(図表14)。さらに、先行指標である住宅着工許可件数(同)も+17.5%(前月:▲8.3%)と22年3月以来13ヵ月ぶりにプラスに転じており、足元で住宅市場の減速に歯止めがかかっている可能性が高い。

一方、住宅ローン金利(30年)は22年11月には一時7.1%台まで上昇した後、景気後退懸念に伴う23年内の利下げ観測もあって23年1月には一時6.2%まで低下した(図表15)。もっとも、年内利下げ観測が後退する中、足元では再び6.9%台まで上昇している。
(図表14)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表15)住宅ローン金利および住宅ローン申請件数
米抵当銀行協会(MBA)が公表している住宅購入目的の住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は住宅ローン金利の変動の影響を受けており、住宅ローン金利が上昇した22年10月に一時160近辺まで低下した後、住宅ローン金利の低下に伴い23年1月下旬に210近辺まで反発するなど住宅ローン需要は回復した。もっとも、その後は再び住宅ローン金利が上昇していることもあって、足元では154近辺に低下している。

今後の住宅ローン基準の厳格化が住宅ローン需要を低下させる可能性がある一方、住宅ローン金利はFRBによる政策金利の23年内据え置きと、24年の利下げ転換もあって、今後は緩やかな低下が見込まれ、住宅需要が底入れする可能性がある。当研究所は実質GDPにおける住宅投資(前年比)が22年の▲10.6%から23年は▲13.1%とマイナス幅が拡大した後、24年は+0.1%と小幅ながらプラス成長に転じると予想する。
(政府支出、債務残高)財政責任法により、財政赤字は今後10年間で▲1.5兆ドル削減見込み
前述の通り、米議会は財政赤字削減と引き換えに連邦政府の法定債務上限額(現行31.4兆ドル)を25年1月まで不適用とすることを盛り込んだ「財政責任法」(the Fiscal Responsibility Act of 2023)を超党派で可決し、6月2日にバイデン大統領の署名を経て成立させた。

同法では24年度(23年10月~24年9月)の裁量的経費を国防関連で8,863億ドルと23年度の8,8583億ドルから+3.3%増額する一方、非国防関連では23年度の7,672億ドルから24年度に7,037億ドルと▲8.3%減額することを盛り込んでいる。一方、25年度は国防、非国防ともに24年度からそれぞれ1%の伸びに留まる。この結果、裁量的経費合計では23年度の1兆6,255億ドルから24年度は1兆5,900億ドルと前年比▲2.2%、25年度は1兆6,059億ドルと前年比+1.0%となる。

もっとも、同法では災害救助などの特定のプログラムはこれらの裁量的経費の例外として認められており、これらの例外規定などを含めた裁量的経費の合計額は23年度の1兆8265億ドルから24年度が1兆7953億ドル(前年度比▲1.7%)、25年度が1兆8,179億ドル(+1.3%)となっており、24年度の非国防予算額についても概ね前年度並みが見込まれている。
(図表16)財政収支・債務残高見通し 同法施行に関する議会予算局(CBO)の試算では、24年度の財政赤字が23年5月時点のベースライン予測より▲695億ドル(名目GDP比▲0.3%ポイント)削減されるほか、33年度にかけて各年度の財政赤字(名目GDP比)が▲0.3%ポイント~▲0.5%ポイント削減される見通しになっている(図表16)。これらの結果、今後10年間の財政赤字削減額は▲1兆5,277億ドルが見込まれている。また、債務残高(名目GDP比)も33年度時点でベースライン予測の119%から財政責任法の施行によって115%と▲4%ポイントの削減が見込まれている。

一方、24年度の予算審議では毎年審議が難航する裁量的経費の金額について、財政責任法で決まったことから、歳出法案審議はスムーズに進むことが見込まれ、審議が難航して政府閉鎖に陥るリスクは大きく低下したとみられる。

また、24年度の裁量的経費がほぼ前年度並みとなったことで米経済への影響も限定的に留まろう。

当研究所は実質GDPにおける政府支出(前年比)予想について、22年の暦年ベースで▲0.6%から23年は+2.6%とプラス成長になった後、24年も+1.0%と小幅ながらプラス成長を維持すると予想する。
(貿易)外需の成長寄与度は足元でマイナスも成長率格差から24年にかけてプラス転換を予想
実質GDPにおける23年1-3月期の外需は成長率寄与度が横這いとなったが、輸出入の内訳をみると輸出が前期比年率+5.2%(前期:+3.8%)と前期から小幅に伸びが加速した一方、輸入が+4.0%(前期:▲5.5%)と前期からプラスに転じるなど、当期は輸出入ともに前期から増加する結果となった。

なお、先日発表された23年4月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で684億ドル(前月:670億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が+14億ドル拡大した(図表17)。輸出入では輸入が▲19億ドル減少した一方、輸出が▲34億ドル減少と輸出入ともに減少に転じる中で、輸出が輸入の減少幅を上回る減少となり、貿易赤字を拡大させた。このため、4月の貿易収支は4-6月期の外需の成長率寄与度がマイナスに転じる可能性を示唆している。
(図表17)貿易収支(財・サービス)/(図表18)米国の輸出相手国の成長率と外需の成長率寄与度
一方、IMFの見通しに基づく米国の輸出相手国上位10ヵ国の平均成長率は、23年、24年ともに輸出相手国の成長率が当研究所の米国成長率見通しを上回るとみられる(図表18)。このため、4-6月期は一時的に外需の成長率寄与度がマイナスに転じるものの、海外との成長格差からその後は24年にかけてプラスに転じる可能性が高い。

当研究所は外需の成長率寄与度について、22年の▲0.6%ポイントから23年は+0.4%ポイントとプラスに転じるほか、24年も+0.1%ポイントと僅かながらプラス寄与を維持すると予想する。

3.物価・金融政策・長期金利の動向

3.物価・金融政策・長期金利の動向

(物価)賃金動向がインフレ低下の鍵
CPI(前年同月比)は前述のように総合指数の低下基調が持続しているものの、物価の基調を示すコア指数は、23年1月以降は+5.5%~+5.6%で横ばいとなっており高止まりしている(前掲図表8)。CPIの内訳をみると、エネルギーと食料品価格の低下基調が持続している一方、22年2月の+12.3%をピークに低下基調が持続していたコア財価格は中古車価格が上昇に転じたこともあって、上昇幅は限定的に留まっているものの、23年2月の+1.0%から2ヵ月連続で上昇した(図表19)。一方、コア財価格に影響する供給制約については、輸送コストやPMIなどからニューヨーク連銀が推計する世界サプライチェーン圧力指数は23年4月で過去からの標準偏差が▲1.3と08年11月以来の水準に低下しており、世界のサプライチェーンからみた供給制約は解消したとみられる(図表20)。

コアサービス価格のうち、住居費については23年4月が+8.1%と前月の+8.2%からは小幅低下したものの、依然として高い水準を維持している。もっとも、住宅価格の伸びが大幅に鈍化する中で新規契約の家賃の伸びは落ち着いてきており、住居費は早晩低下基調に転じることが見込まれる。一方、コアサービス価格のうち、住居費を除いた部分については23年4月が+5.0%と22年9月の+6.7%からは低下したものの、低下は緩やかに留まっている。同指数はサービス業を中心に賃金との連動性が高いと指摘されているが、前述のように足元で労働需給が逼迫しており、賃金上昇率は高止まりしていることが同指数の高止まりの要因とみられる。今後のコアCPIの低下スピードは賃金動向が鍵となろう。
(図表19)CPI内訳(前年同月比)/(図表20)世界サプライチェーン圧力指数
当研究所は、足元の堅調な景気状況や労働需給の逼迫に伴う賃金の高止まりを反映して、当面はインフレの高止まりが見込まれるものの、その後は前年同月比でみたエネルギーや食料品価格の伸び鈍化や、住居費や賃金上昇率の低下から、24年末にかけてインフレの緩やかな低下を予想する。CPIの総合指数(前年比)は22年の+8.0%から23年は+4.1%、24年は+2.9%に低下すると予想する。もっとも、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー、食料品価格動向が不透明なほか、労働需給の逼迫に伴い賃金上昇率が高止まりする可能性があるため、インフレ見通しには上振れリスクがある。
(図表21)PCE価格、失業率、政策金利およびFOMC参加者見通し (金融政策)政策金利は5.25%で年内据え置き、24年末が4.0%を予想
FRBはインフレ抑制のために22年3月から政策金利の引上げを開始し、6月から11月にかけて4会合連続で0.75%引上げるなど23年5月までに政策金利を合計5%ポイント引上げた(図表21)。23年3月のFOMC会合で示されたFOMC参加者の政策金利見通し(中央値)は23年内の政策金利据え置き方針を示唆している。

また、バランスシート政策については22年6月に量的引締めを開始し、9月以降は米国債と住宅ローン担保証券(MBS)を合わせて950億ドルのペースで残高を縮小させている。

一方、前回(5月)のFOMC会合では声明文のフォワードガイダンス部分で「目標レンジの継続的な引上げが適切」との表現が削除され「追加的な金融引締めの程度を見極める上で、委員会は金融政策の累積的な引締め、金融政策が経済活動やインフレに影響を与える時間差、経済・金融情勢を考慮する予定である」との表現が追加されたため、次回の6月FOMC会合で政策金利が据え置かれる可能性が高まった。前回会合からの経済指標は堅調な雇用統計やコアインフレの高止まりなど利上げ継続の必要性を示唆しているものの、信用収縮に伴う経済への影響を見極めるために次回会合では政策金利を据え置こう。

当研究所はこれまでの金融引締めの効果もあって労働需要は今後緩やかに低下し、労働需給の緩和から賃金は緩やかに低下すると予想している。このため、政策金利は23年内は据え置かれると予想している。

もっとも、信用収縮の経済に与える影響が限定的との見方が強まる中で、労働市場が堅調を維持し、労働需給の逼迫から賃金が高止まりし、インフレ高進が長期化する場合には23年内の追加利上げの可能性が高まろう。

一方、FRBが利下げに転じる時期は、インフレ率が物価目標達成の視野に入る24年3月を予想する。FRBはインフレ率の低下基調が持続する中、24年は合計▲1.25%ポイントの引下げを実施し、24年末の政策金利を4.0%まで低下させよう。

一方、バランスシート政策については、パウエル議長はこれまで金融政策の調整手段は一義的には政策金利としているため、バランスシートの縮小金額を機動的に調整する可能性は低いだろう。このため、当面FRBは月950億ドルの削減ペースを維持すると予想する。
(図表22)米国金利見通し (長期金利)23年10-12月期平均が3.4%、24年が同2.9%への低下を予想。
長期金利(10年金利)は、23年2月に発表された雇用統計や個人消費が堅調となったほか、CPIもインフレの高止まりを示したことから金融引締めが長期化するとの見方が強まり、3月上旬に一時4%超の水準まで上昇した(図表22)。しかし、その後は3月上旬のシリコンバレー銀行の破綻をきっかけに広がった金融不安を背景に長期金利は低下に転じ、4月上旬には一時3.3%台に低下した。その後は、堅調な米経済指標などを受けて政策金利の引上げが継続するとの見方や連邦債務上限問題を嫌気して5月下旬には一時3.8%台に上昇した。足元は3.7%台で推移している。

当研究所は、当面はインフレの高止まりなどから長期金利は一時的に上昇する可能性はあるものの、政策金利が23年内は据え置かれるほか、24年には利下げに転じることや、インフレが緩やかながら低下基調が持続することを背景に、23年10-12月期平均で3.4%へ24年10-12月期が2.9%へ低下すると予想する。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年06月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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