コラム
2023年06月07日

賃上げは適応力が左右する時代-インバウンドで安さの是正が進むかがポイント

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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最近、都内で「従業員を確保できないため、当面営業を休ませていただきます」といった張り紙を見かけることが増えた。これまで日本の労働力人口は、女性や高齢者の労働参加が進むことで、生産年齢人口(15-64歳)が減る中でも増えて来たが、ここ数年はそれも頭打ちとなっている。女性のM字カーブは欧州並みに解消が進み、人口のボリュームゾーンの団塊世代も75歳以上となり、労働市場からの退出が進む。労働力人口の急激な減少は避けられそうにない。この先、日本では「成り手なし」の企業や産業が散見されるようになるだろう。

1――30年ぶりの賃上げ幅、来年以降、企業の適応力が明暗を分ける

今年の賃上げは30年ぶりの大幅引き上げとなった。昨年の今頃は「賃上げはできるのか」といった論調が多く、経営者からも「できない」との声が多く聞かれたが、社会の雰囲気はガラリッと変わった。問題は来年以降だ。

これから先、賃上げのできる企業とそうでない企業は、はっきり分かれて行く。短期的には、世界経済の動向やエネルギー問題、為替などに左右されるだろうが、中長期的には、経営の在り方の変化に付いて行けるか否かが、賃上げを実現できる企業とそうでない企業とを分けるだろう。

消費者は、とにかく値上げを嫌う。しかし、物価上昇が続くこのご時世、値上げを受け入れざるを得ない面もある。ただ、値上げする以上は、付加価値の追加がなければ、当然納得はしない。企業は、これまでの安過ぎた製品やサービスの価格を修正したあとは、新機能を追加し、付加価値を高めた商品を投入して、値段は高いが消費者に受け入れられる商品を出して来るはずだ。
労働生産性(付加価値額/労働量) これまで企業は、労働生産性(付加価値額/労働量)を上げるために、どちらかと言えば分母のカット、いわゆる「コストカット」に努めてきた。しかし、これから賃上げをしなければ人が雇えない時代が来る。エネルギーなど様々なコストも上がり、分母のコントロールは難しくなっていく。

今後やるべきことは分子の拡大であり、値上げや付加価値を生むことだ。そのための人的投資をきっちり行い、実際に付加価値を創出した従業員に賃上げで報いる。分子を最大化する経営に転換し、コストだけを削る経営からは卒業することである。

2――コロナ前と 「異なる」インバウンドが試金石

[図表1]訪日外国人一般客1人当たりの旅行支出額 5月8日にコロナ水際対策が終了し、中国人旅行客の回復が見込まれる。世界は日本の魅力を評価し、インバウンドが増えるだろう。

しかし、彼らが日本に感じる魅力の一番は、何と言っても日本の安さだ。大事なことは、コロナ前と同じことをしないということ。人手不足が深刻化する中、安売りは絶対にいけない。きちんと料金を頂くことを考えなければならない。
[図表2]訪日外国人が訪日時に行ったことと、「次回したいこと」 最近のインバウンドは、コロナ前より金額が1.5倍に増えている。円安で旅行者の負担感が小さいこともあるが、日本の商品・サービスが割安に見えている。

また、アンケートで「日本で次回したいこと」を尋ねると、「温泉入浴」「旅館に宿泊」「四季の体感」「自然体験ツアー・農漁村体験」などが挙がる。長期滞在を前提にした体験項目が目立つ。これは正しく、これまで生産性が低いとされた地方や、宿泊・飲食業が活躍の中心に置かれる分野である。「安さの是正」ができる顧客が、そこに居る。

海外からみて「安すぎる」日本の修正が、どこまで進むかは重要なポイントである。これは単なる値上ではなく、過去の安さの修正であり、適正な水準を探る調整だ。

ただ、その後には、継続的な付加価値の引き上げが勝負を決める。毎年の付加価値の向上が、値上げしても、恒常的に受け入れられるモノ・サービスを創る。そうすることで賃上げが可能となり、低賃金だった宿泊・飲食業、そして地域の産業が蘇る。これが全国に拡大し、日本が活性化する。


このレポートは、財界 (経済の本質を衝く「付加価値アップの値上げが賃上げを実現する」(6月7日号)を加筆修正したものです。
 
 

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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