2023年06月06日

物価高の高齢者への影響~食料や光熱費の値上げが家計圧迫。今後の消費のキーワードは「良いものを長く使う」と「健康」

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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1――はじめに

歴史的な物価高と人手不足を受けて、今年の春闘では企業側の満額回答が相次ぎ、労働組合の中央組織・連合によると、5月8日までに企業側から回答を得た労組の平均賃上げ率は、前年を上回る3.67%(加重平均)となった1。連合によると、比較可能な2013年以降、最も高い数値だという。これに対し、物価上昇の水準はどうだったかと言うと、2022年平均の総務省の消費者物価指数(総合)は前年比2.5%上昇だった。連合では、賃上げ率のうち約2%は定期昇給分で、残りがベースアップ分とされているが、いずれにせよ、働く人から見れば、賃金の上昇率が前年の物価上昇率を上回っており、物価高による家計負担が緩和される家庭が多いと考えられる(図表1)。

一方で、賃上げの恩恵が小さい高齢者の暮らしはどうかと言うと、厚生労働省によると、2023年度の年金改定では、年金額が3年ぶりの引き上げとなったものの、67歳以下は前年度比2.2%、68歳以上は同1.9%の引き上げにとどまった2。つまり、年金暮らしの高齢者にとっては、前年の物価上昇率を年金改定によって吸収できない状況である。年金改定は、物価と賃金の変化を反映する仕組みになっているが、年金財政健全化のために、現在は、年金水準を段階的に引き下げる「マクロ経済スライド」という措置が実施されているためである3

そこで本稿では改めて、物価高の高齢者への影響の大きさや意識をみるために、ニッセイ基礎研究所が今年3月29~31日に20~74歳の男女2,398人を対象に実施したインターネット調査「第12回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」の結果を基に状況をまとめる。
図表1 消費者物価指数と賃上げ率、年金改定率の対前年比の比較
 
1 連合プレスリリース(2023年5月10日)。
2 厚生労働プレスリリース(2023年1月20日)。
3 中嶋邦夫(2023)「2023年度の年金額(確定値)は、67歳までは2.2%増、68歳からは1.9%増だが、実質的には目減り-年金額改定の仕組み・確定値・注目ポイント」(基礎研レポート)

2――物価高の高齢者への影響

2――物価高の高齢者への影響

2-1| 物価高の家計への影響
まず、ニッセイ基礎研究所「第12回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」から、物価高の家計への影響についてみていきたい(図表2)。「とても影響がある」との回答は、高齢者では43.7%、非高齢者(20歳から64歳まで)では42.1%、全体では42.4%であり、年齢層による違いは見られなかった。「やや影響がある」は高齢者は43.7%、非高齢者は37.1%、全体は38.4%で、高齢者は全体よりも有意に高かった。
図表2  物価高の家計への影響に関する実感の比較
2-2| 物価高の影響が大きい項目
物価高は幅広い範囲に及んでいるが、何の商品・サービスによって、物価上昇の影響を感じたかについて尋ねたもの(複数選択)が図表3である。高齢者で選択割合が多かった1位は「食料」92.7%、2位は「電気代・ガス代」(91.9%)でいずれも約9割に上った。日常生活に不可欠な食料や光熱費の値上げが、高齢者世帯の家計を圧迫していることを示した。
図表3  物価高の家計への影響に関する実感の比較
ここで、普段の高齢者の消費生活の特徴を見るために、総務省「全国家計構造調査(2019年)」から、世帯主の年齢階級別に、全消費支出に占める支出割合が大きい上位10項目を、筆者がランキングしたもの(図表4)を参照する。これによると、「一般外食」の順位は、「30歳未満」から「60~69歳」までは4位以内であるのに対し、「70~79歳」と「80歳以上」では9位に下がっている。それとは対照的に、「野菜・海藻」が60歳代以下ではランク外だったのに対し、「70~79歳」では7位、「80歳以上」では6位に入っている。つまり、高齢層では若年・中年層に比べて外食の支出割合が小さい代わりに、自炊のための生鮮食品への支出割合が大きいと言える。普段からこのようなライフスタイルであるために、食料品の値上げは、若年・中年層よりも、高齢層の家計への影響が大きいと言える。

同様に、支出割合ランキング(図表4)では、「電気代」も「60~69歳」では7位、「70~79歳」では5位と、若年・中年層(9~10位)に比べて順位が高くなっており、電気料金の値上げは高齢層への打撃が大きいことが分かる。因みに「80歳以上」では「電気代」は3位と全年齢階級の中で最も高くなっている。ニッセイ基礎研究所の調査(図表3)は対象年齢を74歳までとしているが、後期高齢者の世帯に限れば、電気料金の高騰は、本調査の結果以上に家計を圧迫している可能性がある。

図表3に戻ると、高齢者が物価高を感じている項目の3位は「ガソリン代」(57.3%)である。支出割合ランキング(図表4)でも、ガソリン代を含む「自動車等維持費」は「60~69歳」「70~79歳」では1位、2位と順位が高く、高齢者の家計への影響が大きいことが分かる。コロナ禍以降、高齢者は公共交通を避けてマイカーを利用することが増えた影響もあると考えられる4

逆に、支出割合ランキング(図表4)では、住宅の修繕工事を含む「工事その他のサービス」が60~69歳では9位、70~79歳では4位に入っているのに、ニッセイ基礎研究所の調査(図表3)では「住居の設備・修繕」は6.9%と選択割合が小さい。物価高の状況で、高齢者世帯のなかには、住宅の修繕が必要な状態になっても、実施を先延ばしにしているケースもあるかもしれない。
図表4 世帯主の年齢階級別にみた消費支出の構成比ランキング
2-3| 物価高への防衛策
次に、物価高への防衛策について、複数回答方式で聞いた結果が図表5である。最も大きかったのは「節電を心がける」(66.9%)で、全体(50.7%)より有意に高かった。すぐに取り組みやすい手段であることや、2-2|でみた、家計への影響の大きさの裏返しだと考えられる。2位は「できるだけ不要なものは買わない」(63.0%)で、全体(52.4%)よりも有意に高かった。その他にも、「外食を減らす」(31.7%)、「洋服や装飾品を買い控える」(27.6%)、「旅行やレジャーなどの娯楽費用を減らす」(23.9%)なども全体より有意に高い数値となっており、高齢者には、ぜいたく品はできるだけ買い控える動きが強いことが分かる。生活必需品についても「特売日やセールで買うようにする」が全体より大きく、割安に入手するよう努めていることが分かる。

また「できるだけ長く使えるものは使い続ける」も全体より有意に高い18.1%で、単に節約するだけではなく、ものを大事に使う「始末する」という姿勢が伺える。「貯蓄や投資を切り崩す」は14.4%だった。全体(10.3%)と有意な差は無かったが、物価高が続けば、勤労収入の少ない高齢者の資産が目減りを続け、暮らしはより厳しくなっていく可能性がある。
図表5  物価高への防衛策(複数回答)
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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