2023年06月05日

投資信託の信託報酬は低下したか?

武蔵大学 経済学部 北村 智紀

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NISA(少額投資非課税制度)やiDeCO(個人型確定拠出年金)などの税制優遇制度の後押しもあり、投信への投資を検討する人が多くなっている。どのようなファンドに投資するかで、その後の運用成果が大きく異なるので、ファンド選択が投資の重要な要素であるが、投資対象やそのリスクといったファンドの特長の他に、手数料の水準も重要な判断材料であろう。
 
投信の手数料のうち信託報酬(投資した資金から定期的に差し引かれる手数料)が、どのように変わったかを検討する。金融庁等が指摘するように、これまで投信の手数料が高いという問題があり、投信業界の競争を促進するために、2017年に「顧客本位の業務運営に関する原則」が導入された。金融機関(銀行、証券会社、資産運用会社など)にこの原則の受け入れを呼びかけ、より良い金融商品・サービスの提供を競争することを狙った政策である。2024年には新NISA導入がはじまるが、さらなる顧客獲得競争が予測される。
 
図表1は、2017年3月(原則の公表時)および2020年2月(コロナ前)における信託報酬の平均値と、2時点間の差をみたものである。純資産額で加重した平均値を示している。これは投信市場全体の傾向を見るためで、純資産が大きいファンドほど平均を計算するウエイトが大きくなっている。モーニングスター社のデータベース(Morningstar Direct)を利用している。信託報酬はデータベース上の公表値であり、ファンド設計上の最大値と考えられる。実勢値とは異なる可能性があるが、投信市場全体の傾向を分析するのであれば支障ないと思われる。
図表1:(純資産加重平均)信託報酬の差(全ファンド)
国内株式投信と外国株式投信のどちらも、パッシブファンドの信託報酬は低下している。2017年と2020年とを比較して統計学的には1%有意水準で差が認められる。これは手数料が低いファンドが設定されたことや、そのようなファンドに資金が集まったことを示している。インターネットを経由した投資が普及し、手数料が低いパッシブファンドへの投資家の関心が高まったことが理由の一つであろう。パッシブファンドへの投資には一定の知識が必要であることから、一部の投資家の金融リテラシーが高まっている可能性もある。

一方で、アクティブファンドについては、国内株式投信では信託報酬は変化していない。外国株式投信では信託報酬は逆に上昇した。これは信託報酬の高いファンド(新興国株式へ投資するファンドや仕組みが複雑なファンド)への資金のシフトが考えられる。外国債券へ投資するファンドの信託報酬も変化がない。
 
海外における研究では、低コストのパッシブファンドが普及する国では、アクティブファンドの手数料も低下する傾向が示されている。パッシブファンドでの金融機関間の競争が、アクティブファンドにも影響するためである。しかし、これまでのところ、日本のアクティブファンドの信託報酬は低下していない。
 
この理由としては、(1)パッシブファンドを利用する投資家は手数料が低いことに関心があるが、アクティブファンドを利用する投資家は手数料への関心が低いため、パッシブファンドでの信託報酬の低下がアクティブファンドに影響しない。(2)販売会社や運用会社が手数料の比較的高いアクティブファンドの販売促進を行った。(3)パッシブファンドの手数料低下がアクティブファンドに影響するまで時間がかかる、などが考えられるが、実際の理由がどのようなものであるかについてさらなる調査・研究が必要である。
 
図表2は、同様な分析を確定拠出年金(DC)用のファンドに限定した結果である。国内株式のアクティブファンドを除き、信託報酬は有意に低下している。国内株式と外国株式ともに、DC向けのパッシブファンドの信託報酬はもともと低いが、さらにコストの低いファンドに資金が集まる傾向がみられ、ファンド間の競争が高まっているものと思われる。パッシブファンドの場合、投資対象や運用の巧拙でファンドの差別化をすることが難しく、競争環境の高まりが手数料の引き下げに直結しやすい。
図表2:(純資産加重平均)信託報酬の差(DCファンド)
金融商品・サービスへの評価は、単に手数料が低いのが良いわけではなく、本来は、商品やサービスの内容に値する手数料かどうか、を考えるべきである。投資信託の手数料も同様であり、ファンドの内容、取引の容易さや付随するサービス、パフォーマンスなど総合的に判断すべきである。投資家としても、いい商品かどうかを判断するには一定のスキルがいる。金融機関やDCを提供する事業会社では、投資家(加入者)がこのような知識・経験を身に着けられるよう情報提供が必要であろう。
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武蔵大学 経済学部

北村 智紀

研究・専門分野

(2023年06月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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