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- 在職老齢年金制度の廃止と就業・年金受給行動(仮想実験)
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2025年06月04日
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在職老齢年金制度は、厚生年金の受給者が働き続ける場合、給与と年金の合計が一定の基準を超えると、年金が減額または支給停止される仕組みである。過去の研究では、「働くと年金が減る」という認識が高齢者の就業意欲を削ぎ、年金の早期受給を後押しする要因とされている。
65歳以上の在職老齢年金制度では、年金と給与(基本月額と総報酬月額相当額)の合計が51万円以下であれば年金は全額支給されるが、51万円を超えると年金が減額される:
在職老齢年金が高齢者の就労を抑制するとはどういうことか。図表1の左図が、高齢者の本来の収入分布だとしよう。簡略化のため、この分布は平均を中心に左右対称であると仮定する。在職老齢年金制度が存在すると、働く意欲や能力があっても、「働いて年金が減るのはもったいない。それほど働かなくてもよいか」と考え、年金が減額されない限度付近の給与水準にとどめようとする行動が生じる。この結果、右図のように、収入分布は年金減額の閾値(この例では51万円)付近に集中し、それを超える高収入層の割合が減る。本来、高いスキルと意欲を持つ人が就労を抑えることは、日本経済にとって損失である。
在職老齢年金を廃止すれば、理論上は右図から左図へと分布が戻り、本来の就労行動が回復するはずだ。しかし、実際に就労抑制が解消されるかどうかは、経済状況や人々の働き方・意識に左右され、理論どおりに進むとは限らない。
65歳以上の在職老齢年金制度では、年金と給与(基本月額と総報酬月額相当額)の合計が51万円以下であれば年金は全額支給されるが、51万円を超えると年金が減額される:
年金額 -{年金額+給与額 - 51万円}÷ 2
この計算結果がマイナスとなる場合、年金は全額支給停止となる(日本年金機構, 2025)。さらに、在職中に年金の受給を繰り下げた場合でも、本来受け取るはずだった年金の減額分は、繰り下げによる年金額の増額(年金数理調整)の対象とならない。すなわち、受給を遅らせても、その分の年金は増えない(厚生労働省, 2025)。在職老齢年金が高齢者の就労を抑制するとはどういうことか。図表1の左図が、高齢者の本来の収入分布だとしよう。簡略化のため、この分布は平均を中心に左右対称であると仮定する。在職老齢年金制度が存在すると、働く意欲や能力があっても、「働いて年金が減るのはもったいない。それほど働かなくてもよいか」と考え、年金が減額されない限度付近の給与水準にとどめようとする行動が生じる。この結果、右図のように、収入分布は年金減額の閾値(この例では51万円)付近に集中し、それを超える高収入層の割合が減る。本来、高いスキルと意欲を持つ人が就労を抑えることは、日本経済にとって損失である。
在職老齢年金を廃止すれば、理論上は右図から左図へと分布が戻り、本来の就労行動が回復するはずだ。しかし、実際に就労抑制が解消されるかどうかは、経済状況や人々の働き方・意識に左右され、理論どおりに進むとは限らない。
そこで、在職老齢年金制度を仮想的に廃止した場合、給与や年金受給(収入プラン)の選択がどのように変化するかを、実験を通じて検証した。廃止のパターンとして、(A) 数理調整抑制の廃止(繰下げ受給時に数理調整が適用され、延期すれば年金が増額される)、(B) 受給額抑制の廃止(就労によって年金が減額されない)、(C) 在職老齢年金の完全廃止((A)と(B)の双方を実施)の3通りを設定した。分析対象は、政策議論への示唆を得るため、今後在職老齢年金の対象となる可能性がある40~59歳の男性会社員とした。
図表2は実験結果である。制度変更が「収入の高低」と「年金受給の有無」で構成される収入プランの選択に与える影響を示す。数値は各プランの選択割合がどの程度増加するかを示している。「収入高」はフルタイム勤務や高時給の職、「収入低」は短時間勤務等、「年金受給あり」は65歳開始、「年金受給なし」は66歳以降開始を想定している。
図表2は実験結果である。制度変更が「収入の高低」と「年金受給の有無」で構成される収入プランの選択に与える影響を示す。数値は各プランの選択割合がどの程度増加するかを示している。「収入高」はフルタイム勤務や高時給の職、「収入低」は短時間勤務等、「年金受給あり」は65歳開始、「年金受給なし」は66歳以降開始を想定している。
(A) 数理調整抑制の廃止では、列(2)に示されるように、高い収入を得ながら就業を継続し、年金を受給しないプランへの選好が強まった(係数0.230、統計的に有意)。これに対し、(B) 受給額抑制の廃止では、列(1)において、就業は継続するものの、65歳からの年金受給を選好する傾向が見られた(係数0.237、有意)。(C) 制度の完全廃止では、全体として高収入での就業意欲は高まったが、年金受給開始の時期には一貫した遅延傾向は確認されなかった。
これらの結果は、在職老齢年金制度の構造的要素の変更が、就業継続と受給行動の両方に影響を与えていることを示しており、今後の制度改革においては、制度の複雑さを緩和しつつ、所得階層や行動特性に応じた柔軟な制度設計が求められることを示唆している。
これらの結果は、在職老齢年金制度の構造的要素の変更が、就業継続と受給行動の両方に影響を与えていることを示しており、今後の制度改革においては、制度の複雑さを緩和しつつ、所得階層や行動特性に応じた柔軟な制度設計が求められることを示唆している。
参考文献
Kitamura, T., & Adachi, Y. (2024). Impact of eliminating retirement earnings test on labor supply and pension benefit claims. PLOS one, 19(8), e0304458. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0304458
日本年金機構(2025)「在職老齢年金の計算方法」https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html
厚生労働省(2025)「[年金制度の仕組みと考え方] 第11 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給」https://www.mhlw.go.jp/stf/nenkin_shikumi_011.html
当研究は文部科学省科研費基盤C(19131895)より財政支援を受けている。
Kitamura, T., & Adachi, Y. (2024). Impact of eliminating retirement earnings test on labor supply and pension benefit claims. PLOS one, 19(8), e0304458. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0304458
日本年金機構(2025)「在職老齢年金の計算方法」https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html
厚生労働省(2025)「[年金制度の仕組みと考え方] 第11 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給」https://www.mhlw.go.jp/stf/nenkin_shikumi_011.html
当研究は文部科学省科研費基盤C(19131895)より財政支援を受けている。
(2025年06月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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