2020年06月03日

「顧客本位の業務運営に関する原則」で投信の手数料は低下したか?

客員研究員 東北学院大学 経営学部 北村 智紀

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金融庁は2016年12月に「顧客本位の業務運営に関する原則(以下、同原則とする)」を公表した。同原則は図表1の左側にある7つの項目からなるもので、金融機関に対して、原則1に沿って、顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針を策定・公表し、定期的に見直しすることを求めている。

これまで法令改正等により投資家保護の取り組みが行われてきたが、一方で、これが最低基準(ミニマム・スタンダード)となり、金融機関の形式的・画一的な対応を助長してきた。そこで、金融機関の主体的な創意工夫によるベストプラクティスを目指して同原則を導入し、顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を促すことを狙ったものである。

投信の販売においても、これまで多くの問題が指摘されてきた(図表1右側)。売れ筋投信は特定のテーマを対象としたものが多く、販売手数料や信託報酬の高さも言われてきた。さらに従業員の業績目標が、販売手数料等収入に偏っていることや、系列の運用会社の販売がより重視されてきた。これらにより投信の回転売買(短期的な売買の繰り返し)が助長されてきた。
図表1:顧客本位の業務運営に関する原則と投資信託販売の問題点
これらの問題点には、信託報酬(純資産残高から控除される年間手数料)や販売手数料(販売時に課される手数料)が関連するため、ここでは同原則が公表された2017年以降、国内株式に投資する投信の信託報酬率と最大販売手数料率が以前と比べ低下したかを比較し、同原則に効果があったのかを検証した。利用したデータは、モーニングスター社の月次データで、分析期間は2013年1月から2020年2月までである。ラップ専用、DC専用を除いた公募投信7,131本の中から、この間に新規設定した日本株に投資する411本の投信を分析対象とした。

図表2の上段は、同原則が公表された2017年以降と、それ以前での新規設定ファンドの信託報酬率の比較である。左側の全ファンドでは2016年以前の信託報酬率の平均は年1.11%であったの対し、2017年以降に設定された投信では1.01%となり、わずかであるが、0.1%低下している。このうち、アクティブ・ファンドの信託報酬率では有意な低下は見られなかったが、インデックス・ファンドの信託報酬率は、2016年以前では年0.45%であったが、2017年には年0.25%になり、0.21%低下した。

図表2の下段は、最高販売手数料率の比較である。左側の全ファンドでは2016年以前の販売手数料率の平均は2.52%であったの対し、2017年以降に設定された投信では2.01%となり、0.52%低下している。このうち、アクティブ・ファンドの販売手数料は、2016年以前は2.82%であったが、2017年以降で2.50%になり、0.32%低下した。また、インデックス・ファンドでは、2016年以前の1.55%から、2017年以降は0.52%になり、1.02%低下した。なお、この比較は公表されている最高販売手数料率の比較であり、(キャンペーンなどを考慮した)実勢の手数料率ではないことに注意を要する。
図表2:顧客本位の業務運営に関する原則導入前後の新規設定投信手数料の比較信託報酬率の比較
このように同原則が公表されて以降、日本株へ投資する株式投信の手数料は、販売手数料を中心に低下してきており、金融庁が目指す金融機関の顧客本位の業務運営に進展があったものと思われる。ただし、手数料を低下させること自体が顧客の利益に直接つながるかについては疑問が残る。運用会社の手数料収入は質の高い運用を追求するための源泉といえる。かつては、投信のアクティブ運用は平均的にはインデックスを下回るとされてきたが、最近の研究では、運用スキルがある(α>0)投信が多く存在する結果もある。手数料が低下すれば、調査に費用をまわせなくなり、このようなスキルを追求することも難しくなるだろう。手数料と運用スキルとの関係は今後検討していく必要があろう。また、今回は日本株へ投資する投信の信託報酬と販売手数料にフォーカスしたが、これ以外の投信も検証する必要があるし、運用会社や販売会社の利益が実際にどのようになったか検討する必要もあろう。
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北村 智紀

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(2020年06月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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