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「106万円の壁」だけではない主婦の就労を妨げるもう一つの壁~働いても老後の年金には男女格差

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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このような「手取りの逆転問題」はよく知られているが、それに加えて女性の就業を抑制するものとして筆者が注目しているのが、前述した女性の年金水準の問題である。
厚生労働省年金局の「厚生年金保険・国民年金事業年報(令和3年度)」によると、令和3年度の厚生年金保険(第1号)老齢年金の受給権者の平均年金月額は、男性は16万3380円、女性は10万4686円(図表1)。女性は男性の3分の2以下である。女性の方が低いのは、現役時代の賃金水準が低く、保険料を納めた期間が短いためである。また受給権者数も、男性1,083人に対して女性535万人と、女性は男性の半数にとどまる。
平均月額の分布をみても、男性のピークは「17~18万円」であるのに対し、女性のピークは「9~10万円」である(図表2)。正社員が加入する厚生年金の金額同士を比べても、このように女性の水準は男性よりも大幅に低い。
それに比べて、夫の扶養に留まっていれば、現役世代のうちは保険料を納めずに老後、老齢基礎年金を受給できる。万が一、夫と死別しても、夫の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3相当の遺族厚生年金を受給できる3。厚生年金保険・国民年金事業年報によると、令和3年度に遺族年金受給権者は約61万人おり、うち4割近くは遺族年金の受給額が月10万円を超えている。
このような状況では、主婦にとって、夫の扶養を外れてフルタイムや正社員として働き、自ら厚生年金等の被保険者となるよりも、就業調整をするなどして扶養に留まっていた方が、メリットが大きい、と考える人もいるだろう。
もちろん、主婦自らフルタイムなどで働いた方が、老後も、夫が健在の間は、夫婦それぞれに厚生年金まで受け取れるので、世帯収入は増えるが、「そこまでしなくても」と考える人は多いのではないだろうか4。既に、主婦は家庭で家事や育児、介護などの役割を抱えているからだ。多くの主婦たちにとって、家庭の仕事に支障をきたさず、目の前の社会保険料が免除され、老いても老齢基礎年金を受給でき、夫と死別しても一定の遺族年金が保障されている「第3号被保険者」に留まる方が、メリットが大きくなっていると言える。
一方で、既知の通り、国内では少子高齢化によって労働力不足が深刻化し、社会保険の担い手は減少の一途を辿っている。厚生労働省の「財政検証2019」によると、2020年から2050年までの30年間に、厚生年金の被保険者数は約1,100万人減少すると推計されている(出生中位、死亡中位、労働参加が一定程度進む場合)。保険料を納める人が大幅に減少すれば、将来、年金受給額が減少する可能性がある。加入者数の確保は、年金制度を持続可能にしていく上で、重大な課題であろう。
そこで、貴重な人的資本である主婦たちにフルタイムや正社員として働き、家庭の担い手から社会の担い手へとシフトしてもらうための課題を考えると、大きく二つが考えられる。一つは、従来から指摘されてきた扶養制度と遺族年金の在り方である。報道によると、岸田首相は3月の記者会見で「被用者が新たに106万円の壁を超えても手取りの逆転を生じさせない取組の支援」を導入すると述べており5、現役期間の手取りの逆転問題については、対策が進むと期待される。しかし、就業調整する主婦たちの背中を押すためには、現役時代の手取りの逆転解消に取り組むだけではなく、老後の年金にも目を向け、遺族年金制度の在り方についても、バランスの取れたものに見直す必要があるのではないだろうか。
もう一つの課題は、そもそもの女性の年金水準を引き上げ、自ら社会保険に加入するメリットを拡大することである。それには、当然のことであるが、賃金水準を引き上げ、賃金カーブを男性に近づけることが何よりの条件である。すなわち、出産・育児などのライフイベントを経ても、安定した賃金水準で働き続けたり、キャリアアップを実現したりできるようにすることではないだろうか。そのためには、男女ともに育児しながら働きやすい職場環境整備、いったん退職した女性への再就職支援、家庭における性別役割分業の見直し、女性自身の意識改革などが必要であろう。
「人生100年」と言われるが、平均寿命は男性81.47歳、女性87.57歳と、女性の方が6歳以上長く、女性はライフコースの最終盤で単身となる可能性が高い。男性以上に、女性の方が、より安定した年金保障を必要としていると言える。女性が安心できる老後を送るためにも、若いうちから女性に安定的な就労とキャリアアップを促し、これまで当然視されてきた男女の賃金格差と年金格差を縮小していくことと、その結果として社会保険の担い手を厚くし、社会保障システムを安定させていくことが必要ではないだろうか。
1 2023年3月16日朝日新聞によると、岸田首相は、3月に開かれた経団連と連合とのトップ会談「政労使会議」で、最低賃金の全国加重平均を、現在の961円から2023年に1,000円へ引き上げる目標を示した。
2 「令和3年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況によると、令和3年度の国民年金(老齢年金・25年以上)の平均年金月額は約5万6000円。
3 18歳以下の子がいる場合などは、遺族基礎年金の受給対象にもなる。
4 先行研究でも、夫が高収入ほど妻の再就職希望は減る傾向が見られることが分かっている。
5 毎日新聞2023年3月18日。
(2023年05月30日「研究員の眼」)
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03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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