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気候災害への保険利用拡大に向けた制度検討の動き(欧州)-EIOPA等のディスカッションペーパーの紹介
保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
1――ディスカッションペーパーの発行
1 Policy options to reduce the climate insurance protection gap (ECB EIOPA 2023.4)
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-04/ecb.policyoptions_EIOPA~c0adae58b7.en_.pdf
2――気候関連災害と保険利用の関わり
現在、EU内で気候関連の大災害による損失のうち、保険が掛けられているのは約4分の1にすぎない。一部の国においては、保険によるカバーは5%にも満たないようだ。
これは、多くの人が、気候関連災害の損失を過小評価していることによる。それに加えて、気候関連の大災害による損失は、おそらく国の支援に頼れるだろうと安易に考え、保険を嫌う人もいる。
このような、損害額が保険でカバーされていない状況(ここでは「保険ギャップ(protection gap)」と呼んでいる。)は、今後も気候変動が予想される中で、中長期的には拡大する可能性がある。
2|保険会社の立場では
一方、保険会社側からみると、近年、自然災害が頻発し、災害が激甚化する中では、それに応じて保険料の値上げを検討せざるをえなくなることも予想される。あるいは保険会社の中には、保険による補償範囲を縮小したり、特定の大災害については保険を提供しなくなったりする会社がでてくることも予想される。こうして、保険会社側の事情によっても、保険ギャップは拡大する方向にあると懸念される。
3|さらに経済・金融全体に与える連鎖
こうして保険会社および(潜在的なものも含めた)顧客双方の事情により、気候災害をカバーする保険ギャップがさらに拡大することになれば、さらに経済全体や金融の安定に悪影響を及ぼす可能性がある。例えば、
損害が保険でカバーできない → 家計や企業が活動を再開する時期が遅れる → 景気回復が遅れる
あるいは
持続的なサプライチェーンの混乱 → ある企業から別の企業への支障の波及(スピルオーバー)
→ 企業の返済能力への悪影響 → 銀行の信用リスクエクスポージャーの増大
→ 政府による保険外の損失のカバー → 政府の財政状態の弱体化
などのように、悪影響が連鎖する。
また災害の地域的偏りにより、EU内の一部の国で、政府の負担が増大すると、国毎の経済格差が拡大する可能性もある。
3――保険やその代替手段利用の拡大の方向性
・保険会社が、自然災害後の迅速な保険金支払いができるような支援があること
・保険会社の引き受けるリスク軽減と適応策の奨励
・国、保険会社、資本市場など、それぞれの立場において責任とコストを適切に分担すること
・最初から国による補償をあてにするようなモラルハザードの防止
・大規模な自然災害からもたらされる、長期にわたる経済損失の軽減
EIOPAとECBは、家計や企業がリスクを軽減できるように、保険会社が充分な保険を引き受けることができるためには、政府が効果的なリスクの軽減や適応策を実施する必要がある、と考えている。以下様々な立場における役割と責任を挙げてみる。
(保険会社の役割)
保険会社は、高度な専門知識を前提として、迅速に損失を評価すること、保険金支払いを行うことが第一である。保険会社の方針としては、引き続き気候関連の災害に対する脆弱性をカバーできるような商品設計が求められる。
例えば、「インパクトアンダーライティング」と呼ばれるものが考えられている。これは引受方針・判断に際して、ESG要素の影響を考慮することや、気候変動リスクに対処する新商品を開発することなどの保険引受政策を指す。もちろん、そのための新しいリスク管理手法の組み入れも、同時に行う必要があるかもしれない。
(資本市場の役割)
また、保険そのものによるばかりではなく、経済社会全体における資金提供を支えるために、キャットボンドの利用を増やして、リスクの一部を資本市場の投資家に転嫁することができる。
キャットボンド(カタストロフィ・ボンド)とは、同程度の格付の債券に比べて高い金利が支払われるが、その代わりに大災害などの定められた条件下では、元本の償還が一部免除される仕組みの債券である。これはリスクの一部を、資本市場の投資家に移転する働きをもつものと解釈できる。
これにより、社会全体で損失を分担することができて、保険会社の負担だけに頼らないことを通じて、先に述べたような保険料の値上げをある程度抑える効果も見込まれる。
(政府の役割)
政府は、大規模な災害が発生した場合に保険会社が被る可能性のある費用を一部カバーするため、官民の協力(パートナーシップ)と金融援助(バックストップ)を設定することも考えられる。
まず国は、保険会社に対して「最後の再保険者」としての役割を果たせるような、法的な枠組みの整備が必要である。また国の政策は、無保険の損失に国の補償を与えることが目的ではなく、公的資金を効果的に使用するため、そして、災害後における国からの無条件の支援を最初から期待するようなモラルハザードを防止できるものであるべきである。
保険会社を財務上過度な負担から守り、公的資金が効率的に使用されるようにするために、そもそもの自然災害リスクを軽減するための強力なインセンティブを提供する必要もあるだろう。
資本市場の役割のところで触れたような、キャットボンドなどの代替手段の市場発展を支援していく政策も必要である。
(EU全体での取り組み)
特に「頻度は低いがいったん起これば大きな被害をもたらすような災害」については、国によっては、地震や洪水など地域の実情に応じて補償制度が既に存在する。また、EU全体におけるその支援策もあるが、これらは気候変動の要素も考慮したものにすべきである。「国レベルのモラルハザード」2に対処するために、加盟国で合意された適応戦略や、温室効果ガスの削減目標の達成などの条件をつける必要も考えられる。
2 筆者注:国で必要な準備もしていないのに、EUの準備金による補償を求める、といった意味か
4――今後のスケジュール
これらからわかる通り、この報告書で、特段の政策の決定を行うわけではなく、議論が始まったばかりという段階である。他の取組みにもよくあるが、気候変動や生物多様性の維持といったことに関する問題は、現在、幅広い意見が期待され、将来シミュレーションなどが企画されている段階であり、これからの大きな課題である。
この報告書の中の官民一体の協力による法的な補償の枠組みというのは、わが国でいえば、従来からある地震保険制度(自賠責も同様、ともいえるが、今回の自然災害の補償とは少し目的がずれる。)が連想される。上に述べたように、欧米あるいは地震や洪水など特定の自然災害が多い国には、同様の制度があるところがいくつかあるようだ。これらの制度はますます必要とされる反面、災害が頻発し大規模になる恐れがある中では、制度として、あるいは財源の面で、安定して継続できるのかという懸念もでてくるだろう。そうした方向の議論も進むことが考えられる。
03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
(2023年05月24日「基礎研レター」)
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