2023年05月17日

長期投資のリスクに注意-25年間だと1年間の投資と比べて「リターンは25倍、リスクは5倍」は本当か?

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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3ハイリスク・ハイリターンの長期投資の場合√T倍ルールで算出した数値は過小評価かもしれない
ハイリターンの長期投資の場合、μの絶対値の大きさと投資期間の長さが、√T倍ルールに基づき算出したリスクとの乖離の原因となるが、リスクの大きさも乖離の原因になる。σが1(100%)を超えない限りσの(2×i)乗は、iが大きいほど0(ゼロ)に近づくが、σが大きいほど0(ゼロ)に近づくスピードが緩くなる。その上、Tが大きくなるほど、「T個の中から2個を選ぶ組み合わせの数」や「T個の中から3個を選ぶ組み合わせの数」は急激に大きくなり3、最後の行以外も無視できないからである。

先ほどと同じ手法で、σ=10%とσ=20%のリスクを計算した結果を図表4及び図表5に示す。リスクが大きいほど、√T倍ルールに基づき算出したリスクとの乖離は大きくなり、σ=20%、μ=4.0%、T=25のケースでは、3.2倍に及ぶ。
【図表4】期待リターン別、投資期間別長期投資のリスク(σ=10%の場合)
【図表5】期待リターン別、投資期間別長期投資のリスク(σ=20%の場合)
なお、過去の月次リターンを用いて推定した月率リスクを√12倍し、年次のリスクとするケースがあるが、リスクが高いと言われる内外株式でも月率のリスクは5%前後で、期待リターンも月次だと0.5%程度にとどまる。この程度なら、√T倍ルールに基づき算出したリスクとの乖離は小さい(図表3)。確定している預金金利や予定利率とは異なり、リスクを伴う資産の期待リターンは目安にすぎず、さらにそのリスクに高い精度を求めるのは無理があるので、多少の乖離がある近似値でも問題にならない。しかし、複利を前提に、長期投資のリスクを評価する場合、特にハイリスク・ハイリターンの金融商品に長期投資をする際のリスクを評価する場合は、理論値との乖離がとても大きくなるので√T倍ルールを適用するべきではない。
 
3 「T(≧n)個の中からn個を選ぶ組み合わせの数」はT!÷(T-n)!÷n!なので、n=2ならT×(T-1)÷2となる。

4――リターンとリスクの整合性を保つとどうなるか

4――リターンとリスクの整合性を保つとどうなるか

2章と3章で説明した通り、リターンの計算方法(単利か複利)によって長期投資の効果が異なる。「25年間だと1年間の投資と比べてリターンは25倍になるが、リスクは√T倍しか増えないので5倍にしかならない」という説明は単利かつ√T倍ルールを導出する上での様々な仮定の下では正しいが、「複利効果があるので、25年間だと1年間の投資と比べてリターンは25倍よりはるかに大きくなるが、リスクは√T倍しか増えないので5倍にしかならない」という説明は成立しないことがわかる。25年間だと1年間の投資と比べてリターンが25倍よりはるかに大きくなるためには、複利かつプラスのリターンが期待できることが前提であり、複利かつプラスのリターンが期待できるならリスクは√T倍では済まないからである。

また、長期投資のリスクを投資期間終了時点の利益の合計のばらつきで評価するか、投資期間終了時点の価値と初期投資額から計算した1年間当たりのリターンのばらつきで評価するかによっても長期投資のリスクに対する考え方が異なる。そこで、単利の場合と複利の場合に分けて、投資期間終了時点の利益の合計をリターン、そのばらつきをリスクと捉えるか、年率換算した1年あたりの利益率をリターン、そのばらつきをリスクと捉えるかによって、長期投資の効果がどのように異なるのかを整理する。効果はリターン、リスク、投資期間によって異なるが、本稿では1年あたりμ=4.0%、σ=20%で、投資期間が25年、初期投資額が100万円を前提とし、√T倍ルールを導出する際の様々な仮定の下で確認する。
1単利の場合
単利の場合は簡単である。まず、長期投資のリスクを投資期間終了時点の利益の合計は、複利効果が期待できないので、25年間で期待できる利益の平均値は100万円(4.0%×100万円×25年)だし、√T倍ルールが適用できるので、リスク(25年間の利益の合計の標準偏差)は、100万円(20%×√25×100万円)になる。そして、√T倍ルールを導出する上での様々な仮定の一つ、正規分布を前提とすれば、25年間の利益の合計がマイナスになる確率は16%程度で、エクセルなど表計算ソフトに含まれる関数を用いて簡単に計算できる。1年間の投資の場合、利益の平均値は4万円、リスク(1年間の利益の標準偏差)が20万円(20%×100万円)なので1年間の利益がマイナスになる確率は42%程度となり、明らかな差がある。

また、25年間の利益の合計が毎年の利益の合計になる単利の場合は、年率換算した1年あたりの利益率(リターン)も、そのばらつき(リスク)も、25年間で期待できる利益を初期投資額と投資年数で割ればよく、リターンもリスクも4.0%になる。

このように、単利は扱いやすいのだが、リスクを伴う金融商品に対する長期投資の効果を、単利を基準に考えることが現実的かどうかも考えるべきだろう。単利は、毎年の利益を回収し翌年以降の投資に回さない前提であるが、リスクを伴う金融商品に投資する場合、損失が発生する可能性もあり、そのような場合は補填する必要がある。果たして、これは現実的な投資行動だろうか。
2|複利の場合
複利の場合、25年間で期待できる利益の平均値は167万円程度(100万円×(1+4.0%)25年‐100万円)だが、√T倍ルールは適用できないので、リスク(25年間の利益の合計の標準偏差)は、320万円程度(100万円×319.9%)になる(図表5のシミュレーション結果参照)4。そして、毎年のリターンが正規分布に従うと仮定しても、価値(初期投資額と合計利益の和)が毎年のリターンに1を加えた値の掛け算で決まる複利の場合、25年間で期待できる利益は正規分布ではなく、25年間の利益の合計がマイナスになる確率も単利の場合ほど簡単には計算できない。3章のシミュレーション結果から25年間の利益の合計がマイナスになる確率を推計すると31%程度である。1年間の利益がマイナスになる確率、42%程度と比較するとリスクは低下するが、単利ほど劇的な効果はない。また、25年間で期待できる利益は正規分布ではないので、平均値と中央値にも乖離が生じ、中央値も3章のシミュレーション結果から推計すると68万円程度になる。平均値と中央値の差が100万円程度と大きい理由は、毎年のリターンが高いシナリオほど高い複利効果が発揮され、利益が莫大になるからである。一部の富裕層が多額の資産を保有しているために、保有資産額の平均値が高くなるのと同じ構図である。

年率換算した1年あたりの利益率のばらつきをリスクとして計算すると4%になるが、その代わりリターンの平均値は2.0%になる。算術平均と幾何平均の差2.0%(20%×20%÷2)だけ低くなるのである。そして、毎年のリターンが2.0%に一致する前提で25年間運用した場合の利益の合計は64万円程度で、シミュレーションで推定した中央値68万円程度と同水準になる。
 
4 前述の複雑な式に基づいて計算すると324万円だが、本稿ではシミュレーション結果を前提に説明する。

5――終わりに

5――終わりに(そもそも仮定が妥当ではないかもしれない)

長期投資によってリスクは増えるのか、それとも減るのかに対する答えは、1年あたりに換算するか否かで変わる。また、長期投資のリスクについて論じる際に√T倍ルールを利用するケースもあるが、複利を前提としている場合は、リターンがほぼ0(ゼロ)で、投資期間が短い等の種々の条件すべてを満たさない限り√T倍ルールを利用するべきでない。リターンとリスクの双方を勘案して投資判断を行うべきだが、その際、リターンとリスクの基準(単利か複利)そして、想定する投資行動(毎年の損益を翌年以降の投資に回すか否か)との整合性にも配慮すべきである。

ここまで、√T倍ルールを導出する上での様々な仮定を前提に、長期投資のリスクの特徴について考察し、複利を前提としたハイリスク・ハイリターンの長期投資の場合、√T倍ルールは不適切であり、過小評価になると説明してきた。それでも、筆者は、20年を超えるような長期投資は、1年間の投資よりリスクは小さくなる可能性もあると考えている。そのように考える理由は、1年間の利益がマイナスになる確率が42%程度に対して、25年間の利益の合計がマイナスになる確率が31%程度(4章の試算結果)になるからではない。√T倍ルールを導出する上での様々な仮定、特に今年のリターンは去年のリターンや2年前のリターンなど過去のリターンとは無関係に決まるという仮定が必ずしも適切ではないと考えるからである。リスクオン・オフといった投資家心理は複雑なので、今日のリターンが昨日や一昨日のリターンとは無関係であるといった仮定ならさほど違和感はないが、景気は数年単位で循環するので、年単位のリターンが過去のリターンと全く無関係であるという仮定を素直に受け入れることができない。では、各仮定の適否を検証すればよいと思うかもしれないが、長期間の収益率の特徴を検証するほどのデータは存在しない。仮にそのようなデータがあるなら、√T倍ルールを利用する必要がない。

内閣府が公表5する過去の景気循環に要した期間(山からその次の山までに要した期間、以下周期)を確認すると、最短で31か月最長でも87か月で一巡する。運悪く景気後退直前に投資した場合、投資期間が1年間なら、大きな損失を免れない。しかし、投資後数年内に景気拡大期が訪れるので、投資期間が8年間以上ならさほど大きな損失にはならないと考えられる。

結局のところ、十分なデータがあるわけではないので、長期的なリスクの定量化を試みても限界がある。いい年もあるけど悪い年もある、悪い年ばかりではあるまいし、均してみれば差は小さくなるだろう。投資期間が長ければリスクを取っても影響は小さいし、仮に短期的に損失が膨らんでも先が長いので気にしない。これくらいの考えが現実的ではないだろうか。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年05月17日「基礎研レポート」)

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