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「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か(2)-マクロとミクロの両面で把握を、当事者視点から発する重要性
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
では、こうしたマクロのデータだけで「実情」が分かるのでしょうか。残念ながら答えは「否」です。確かにデータを見れば「A地域では、××診療所が在宅医療を実施している」とか、「B地域では、○○事業所がリハビリテーションを提供している」といった「実情」は理解できるかもしれません。
しかし、データには住民の暮らしや専門職の実践などが反映した結果も多く含まれており、個別事例を通じたミクロの視点を加味しないと、データの意味を読み取れなくなります。
具体的には、ある地域から救急患者が流出している実態をデータで把握しても、その地域で何が起きているのか、十分に理解しなければ、「医師が不足しており、救急患者を受け入れられないのではないか」などの問いを立てられなくなります。
同様の事象については、軽度者の介護予防やフレイル(虚弱化)防止でも言えます。軽度者の状態が悪化している傾向が明らかになると、多くの市町村では、第1回で述べた通り、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」やフレイル予防の場を作ろうとしがちです。
しかし、そもそもの原因として、どんな病気や理由で高齢者が要介護状態になっているのか、十分に把握する必要があります。その際にはレセプトのデータに加えて、高齢者や家族が地域包括支援センターに相談に来た理由とか、要介護認定を受けた際の病名なども有用な情報源になります。
さらに、高齢者の暮らしも想像する必要があります。例えば、「『通いの場』に来ていない日の高齢者はどんな日常を送っているのか」「街の喫茶店やカラオケボックスなど、市町村主導の場以外に、どんな場に高齢者が集まっているのか」といった情報です。その結果、「住民同士の繋がりが希薄なので、集まる場が少ない」「自治体主導の『通いの場』に来ている男性が少ない」「ただ、午前中の図書館には男性が多く訪れている」といった実情を把握できるかもしれません。
こうしたミクロベースの情報とマクロのデータを掛け合わせることで、「A地域ではリハビリテーションの機能が不足しているので、急性期の患者が退院した後、状態が悪化している」とか、「見守りや在宅ケアが不十分なので、状態が悪くなった高齢者が相談に来ているのでは」といった仮説を立てることが可能になります。
つまり、マクロのデータを通じて全体像を把握する演繹的なアプローチに加えて、現場でよく見掛ける事例を積み上げる帰納法的なアプローチも加味することで、「地域の実情」を立体的に把握する必要があります。
さらに、「資源」「担い手」の情報もデータだけで把握できません。確かに病床機能報告などを使えば、役所のパソコンの前に座っているだけでも一定程度、情報は把握できますが、それだけで十分でしょうか。
例えば、経営者や専門職の意欲、医療機関や事業所の規模、他の医療機関・事業所との関係性、住民や患者・利用者の信頼感といった情報については、マクロのデータだけでは把握できません。
さらに、先に触れた「地域」という言葉の多様性も意識する必要があります。オープンソースなどで集められるデータは「2次医療圏」「市町村単位」など一定程度、区分けされており、2次医療圏や市町村の内部の多様性を考慮できません。さらに、住民の暮らしや医療・介護の現場は刻一刻と変わるので、定点観測も求められます。
このため、インフォーマルな場での交流や意見交換も含めて、自治体職員が現場に足を運んだり、医療・介護の経営者や専門職と膝詰めで意見交換したりして、丁寧に情報を集める必要があります。
こういう風に書くと、自治体職員からは「ウチの自治体では、事業者にヒアリングしています」「専門職を交えたワークショップを開催しています」といった反論を頂くこともあるのですが、「ヒアリング」「ワークショップ」の内容を確認すると、審議会での形式的なヒアリングとか、データや事例をベースにしない顔合わせ的なワークショップ、大名行列のような現場視察にとどまっているケースも少なくありません。
もちろん、これらの意義を全て否定する気はありませんが、こうした機会だけで現場の経営者や専門職、患者・利用者、住民の本音や悩みをどこまで聞けるでしょうか。もし筆者が医療・介護の専門職だったら、一度だけの視察やヒアリングでは、自治体職員の本気度を見極められないため、「下手なことを口にすると、仕事を振られて面倒な業務に巻き込まれるのでは」と懸念します。その結果、そうした場で自治体職員は現場の本音を聞けないし、むしろ自治体に対する要望(苦情も含む?)が先行してしまう危険性があります。
このため、「地域の実情」をリアルに知る上では、現場に何度も足を運び、数字には表れない部分や非公式な情報交換などを含めて、帰納法的に情報を収集、分析する努力が求められます。
こうした取り組みが不十分な可能性を示唆する調査結果があります。市町村を対象にした在宅医療・介護連携に関する厚生労働省の委託調査6では、「日常の療養支援の定性的な現状把握」のため、医療・介護事業者に対して、ヒアリングを実施しているかどうか尋ねる設問があり、40.0%の市町村が「実施している」と答えていました。これは8.3%だった「実施していない」という回答を大きく上回っており、市町村が何もやっていないわけではないことは事実と思われます。
しかし、同じ質問に対して、「未回答」という答えが51.8%を占めており、多数とは言えないことに留意する必要があります。
一方、「視察を実施していない」と答えた市町村は38.2%、残りの51.6%が「未回答」に上ります。これらの結果を勘案すると、情報収集のため、現場に足を運んでいる市町村は少数派と考えざるを得ません。この調査結果は在宅医療・介護連携に限定されていますが、筆者が市町村支援プログラム7などを通じて、自治体職員と接している感覚とも合致します。
もちろん、闇雲に現場に行けばいいわけではありませんし、訪れた現場が全てを反映しているとは限らないので、データに基づく仮説設定も大事なのですが、データ収集と分析によるマクロの把握と、事例を中心としたミクロの視点を組み合わせることが求められます。
6 富士通総研(2022)「在宅医療・介護連携推進支援事業に係る調査等事業実施内容報告書」を参照。回答数は1,717市町村。なお、在宅医療・介護連携推進事業は介護保険財源を転用した仕組みであり、市町村は地域資源の把握、医療・介護従事者との連携などを求められている。
7 藤田医科大、愛知県豊明市を中心とした人材育成プログラム(老人保健事業推進費等補助金)。2022年度は医療経済研究機構が事務局となり、政策形成支援にシフトした内容となった。
https://www.ihep.jp/agile_program/
http://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/kyouikushien-96009/index.html
3――当事者の視点から出発し、合意形成を図る重要性
上記のプロセスを自治体が取ったとしても、実は上手く行くとは限りません。往々にして、多くの自治体職員は「行政にとっての課題」から発想してしまうためです。ここでも第1回で指摘した「事業頭」「制度頭」が悪影響を及ぼします。
例えば、ある2次医療圏で、地域医療構想に基づく病床推計が2025年時点で300床余るという試算が出ていたとします。ここで、都道府県の担当者が協議の場で、民間医療機関の経営者に対し、「この2次医療圏では300床が余るので、皆さんご協力を」と言っても、誰の心も動かないと思います。300床が余るという話は所詮、「行政の課題」であり、現場の課題ではないためです。
実際には過剰な病床が維持されれば、その分だけ余分なコストを要するため、国民の保険料・税金負担が増えており、財政問題としては非常に重要なのですが、その点だけを声高に指摘しても、経営方針を変更するリスクを迫られる経営者は簡単に納得しないだろうし、職場を失われる専門職や、医療へのアクセスの機会を失う住民から反対運動が展開されるかもしれません。
むしろ、「当事者である患者・利用者にとっての困り事は何か」という点を意識する必要があります。例えば、「300床」の話で言うと、急性期病床が多い割に回復期病床が足りないのであれば、リハビリテーションを十分に受けられないまま、急性期病床から悪化した状態で地域に帰って来る高齢者が多いのかもしれません。こうした形で当事者の問題から発想することで、医療・介護専門職との合意形成を丁寧に進めていく必要があります。
少し皮肉交じりに言うと、医療・介護の経営者や専門職、住民などを集めた協議の場やワークショップなどを通じて、自治体サイドが「将来的に病床が余る」「通いの場が足りない」といった「行政の課題」を持ち出したとしても、長続きするとも思えません。
確かに最初の頃には、物珍しさに人が集まるかもしれませんが、自治体サイドが「事業頭」「制度頭」から抜け出せず、「行政の課題」しか語られないのであれば、参加者は会議の目的を疑問視するようになります。その結果、こうした官製の場に参加するのは「協議の場に参加することでメリットを得られる人」「役職上、参加しなければならない人」「アリバイ作りで参加している人」などに限定され、自治体が何か提案しても大して議論は盛り上がらなくなります。
こうした筆者の皮肉交じりの指摘に対して、幾つかの反論が予想されます。例えば、「もっとデータを精緻にすれば、人々の意識が変わるのではないか」という突っ込みです。確かにデータの専門家から見れば、図1~2は児戯に等しい入門編に過ぎないし、レセプトなどを使った精緻化の取り組みも一部で行われています。こうした努力は学術的に非常に重要と思います。
しかし、いくらデータを精緻にしても、ミクロの情報との突合が欠かせません。さらに、合意形成の場で「行政の課題」しか語られないのであれば、精緻なデータを持ち込んだとしても、結果は大して変わらなくなります。先に例示した「300床が余る」という話で言うと、詳細な数字を示されても、目先の経営に影響が出るのであれば、民間医療機関の経営者が二の足を踏むのは当然です。
このため、自治体担当者が「行政の都合」だけで考えるのではなく、様々な立場の視点を加味することで、合意形成の可能性を広げていく必要があります。以上のように考えると、行政が現場をデータで「制御」するという考え方は傲慢であり、「地域の実情」に応じた体制整備に向けた合意形成を妨げる危険性があります。「制御」という上から目線の言葉を真に受けた自治体の担当者が関係者の不信を買うような行動に出ていないか、少し心配になります。
4――おわりに
しかも、これらの取り組みを実践する上で、国の職員やコンサルタントなど外部の人による「岡目八目」的な支援、助言を受けることはできたとしても、「地域の実情」を最も知っているのは地域に居住・勤務している人達であり、「地域の実情」に沿った体制整備を主導できるのも地域の人達になります。このため、自治体職員が様々な関係者と合意形成しつつ、「地域の実情」に沿った施策を検討、推進する必要があります。第3回は合意形成に関して、もう少し深く検討したいと思います。
(2023年04月28日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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