コラム
2023年04月24日

「こどもがまんなかの社会」に必要な電車内の痴漢対策

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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4月から、「こども基本法」が施行された。こどもの基本的人権が保障され、こどもが差別的扱いを受けることがないようにすること、全てのこどもが適切に養育され、生活が保障されることなどが、基本理念として掲げられた1。「こどもがまんなかの社会の実現」を謳うこども家庭庁も設置され、改めて「子ども」の権利や幸福に社会的な関心が集まっていると言える。

そこで、新学期もスタートしたことから、子どもの通学経路の安全について考えると、子どもの人権を脅かす問題として、特に電車通学する場合の痴漢被害リスクという問題が挙げられる。
 
痴漢被害の実態に関する全国調査はほとんど存在しないが、警視庁によると、都内では、2016年に発生した痴漢約1,800件のうち過半数の52.7%が電車内で発生し、より悪質な強制わいせつでは、約800件のうち16%が電車内で発生している2。コロナ禍以降、公共交通の乗客が減少し、電車内の痴漢の検挙件数も減少しているが3、ゴールデンウイーク明けには新型コロナウイルスの感染症法上の分類がインフルエンザ並みに緩和される。電車で通勤通学する人が増え、「満員電車」に戻れば、電車内での痴漢被害も再び増加する可能性がある。
 
そのような中、政府は昨年度末、「痴漢撲滅に向けた政策パッケージ」を策定した。痴漢被害は従来からずっと続く問題だが、若者らで構成する「一般社団法人日本若者協議会」の署名活動やロビー活動の成果もあり、初めて関係省庁による網羅的な政策集ができあがった。遅ればせながら、という感はあるが、大きな一歩を踏み出したことは歓迎したい。

このパッケージでは、まず痴漢被害に関して、「被害者は一切悪くない」「被害者を一人にしてはいけない」「痴漢は他人事ではない」などの基本認識を示した(表1)。その上で、痴漢撲滅に向けた今後の施策として、痴漢事犯の実態把握や防犯アプリの普及、女性専用車両の導入、車内防犯カメラの設置などを挙げている。また被害者を支える取組としても、幅広い項目が盛り込まれた。例えば警察の捜査に関しては、相談の際に女性警察官を希望できることや、重複した事情聴取を可能な限り行わないようにすること、実況見分の際には被害者のプライバシー保護に配慮することなどが定められた。学校関係では、痴漢被害を理由として学校を遅刻や欠席をした場合にも、不利益を被ることがないようにすることなども盛り込まれた。
 
パッケージの中で示された基本認識や、被害者を支える取組には、被害者の心情に寄り添ってサポートし、被害の矮小化や無理解による二次被害、傍観による被害拡大を防ごうという姿勢が表れており、被害者の人権尊重のために、大変重要なものだと筆者は考えている。あとは、実際にどれだけ痴漢撲滅に向けて効果を挙げられるかだろう。
 
痴漢撲滅のためには、パッケージで今後の施策の冒頭に「痴漢事犯の実態把握」を挙げているように、まずは被害の実態を把握することがいの一番と言える。これまで被害全容を把握できていないことが、対策の遅れの一因となってきたと考えられるからだ。ただし、これまでのように、都道府県警による検挙件数をまとめるだけでは、氷山の一角であり、被害の全体像を捉えることはできないだろう。痴漢被害に遭っても警察に届け出た人はわずか2.6%という調査報告もあるからだ4
 
筆者のこれまでのレポートでも述べてきたように、まずは、車両の安全管理に責任がある鉄道事業者自身が、被害相談を集計・分析し、件数の多い路線や時間帯、場所等について整理し、例えば件数の多い路線から優先的に防犯カメラや女性専用車両を導入したり、警察と調査結果を連携して警戒活動に取り組んだりするなど、集計・分析結果を防犯対策に活かしていくことが必要ではないだろうか。また、学校関係者が生徒を対象にアンケートを取るなど、乗客側へのアンケートによって、被害のボリュームと発生状況、相談・届出の状況、被害者の心身への影響や二次被害の有無などを調査、分析する必要もあるだろう。
 
パッケージの中では、今後の施策として、「防犯アプリの普及」も挙げられた。痴漢被害に遭うと、恐怖心から声を挙げられないケースも多いが、アプリの機能を用いて周囲に助けを求められる場合もある。報道によると、防犯アプリを用いることで、実際に周囲の乗客が助けて、摘発につながったケースもあるといい5、このようなツールを警察と学校などが連携して広めていくことで、子ども自身による自衛手段につなげてほしい。

さらに、子どもが相談しやすいように、子どもにとって最も身近な学校の中で、相談の受け皿を整えることも重要だろう。パッケージの中では、被害者を支える取組として、スクールカウンセラーやソーシャルワーカーの配置に言及されたが、これらの専門職が配置されている学校でも、非常勤の場合が多く、生徒が相談したくても不在の日もある。専門職以外にも相談に対応できる教員を増やしたり、専門職が不在の日はSNS等で相談できるような工夫が必要ではないだろうか。
 
被害に遭うリスクのある子どもたちから見たら、願いは「痴漢をなくしてほしい」、「被害に遭ったら助けてほしい」、「周りの大人や友達に味方になってほしい」ということだろう。

これまで、日々多発しているのに当たり前のように見過ごされてきた痴漢という犯罪に対し、まずは大人たちが「絶対になくさないといけない」と認識を改め、子どもたちを安心して電車通学させられるような環境、自分の子どもが電車通学でも、安心して「行ってらっしゃい」と送り出せる環境を整えることが、「子どもがまんなかの社会」実現につながるのではないだろうか。
表1 「痴漢撲滅に向けた政策パッケージ」の主な内容(抜粋)
 
1 こども基本法では「こども」の定義は「心身の発達の過程にある者」とされ、特に年齢は定められていない。
2 坊美生子(2017)「首都圏で急ピッチで進む電車内の防犯カメラ設置~東京五輪で前進する痴漢対策、関西には遅れ~」(研究員の眼)
3 警察庁「令和3年警察白書 統計資料」
4 警察庁の「電車内の痴漢防止に係る研究会」が2011年3月にまとめた「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年3月)。
5 読売新聞朝刊2023年4月6日。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2023年04月24日「研究員の眼」)

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